表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/22

平穏の夢

 そんな一通りのやり取りを終えると、父さんに部屋からぽいと追い出される。

 

 なんでもこれからジゼルの訓練時間だそうで。訓練という名の拷問だけど。


 それ、記憶とかない純粋な年齢一桁の子にはキッツイだろうな。でもまあ、生きるためには仕方ないって割り切るしかないんだけど。この家に生まれちゃった以上ね。

 

 部屋から出て自力で元の自分の部屋を目指す。

 

 トテトテと廊下を自力で歩く乳幼児。なんてシュールな光景。

 

 かなりの時間をかけて、それでもどうにか元の部屋に戻る。

 

 さて、ここまでで得た情報を元に、今後の計画を練ろうではないか。

 

 まず、やっぱりこの世界は力こそすべて系の世界だったことが判明した。

 

 いや、それは少し違うな。普通の技術職とかもあるんだろうけど、でもやっぱり強いということが相当なアドバンテージになる世界。


 その理由としては、前いた世界より命の危険がめちゃくちゃ高いってことがあげられる。

 

 だってそうだ。父さんがちらっと言ってた魔獣とかの存在もあるだろうし、それ以外にも結構殺すとか死ぬとかが当たり前な感じ。この世界での殺人の重さは、万引きと同じくらい。


 だって暗殺者みたいな職業が成立するってことはそういうことだし。

 

 まあその辺の倫理のバグは置いといて、とりあえずこの世界で平穏な人生を生きるためには戦う力が必要。

 

 最強なんてところは求めないけど、でも十分に身の周りの危機を撃退できる程度の強さ。それがほしい。

 

 次に特殊清掃員っていうものについて。

 

 特殊清掃員っていうのは、まあ簡単に言っちゃえば国のお抱えのアサシン集団ってとこなんだろうな。メチャクチャに強い個人をそうやって国は囲って、とてつもない特権階級においている。

 

 つまり、特殊清掃員になっちゃえば一生安泰。なんて幸せ。国の『掃除』のお仕事なんて報酬もどデカいだろうから、金にも一生困らなそう。

 

 いや、べつに億万長者とかになりたいわけじゃないよ。ただ平穏に生きるためにはどうしたらいいかってこと。


 金がいくらあろうがなんだろうが、どんなに強かろうが、それでもわたしはその力を使ってのし上がる気はない。


 だって平穏に生きるのが夢だから。凡人人生ばんざーい。

 

 うん、まあそれはともかくとして、とりあえず直近の目標は基礎魔術の習得及び、特殊清掃員認定試験合格、ってとこかな。

 

 それをクリアできれば、人生の八割がたの努力終了だ。だってそしたらあとは待つだけだもん。

 

 ジゼルが当主になる、その日を。

 

 そしてわたしがこのイカれた家から解放される、その瞬間を。

 

 そうねえ、それだったら資格をとったらジゼルの周りをちょこまかしてるのもありかもしれない。

 

 1日でも早くジゼルには成長して一人前になってもらえないと、ヘイゼル困ります。

 そのためだったらジゼルのフォローなりなんなりなんでもしますよ。むしろやらせてください。

 

 よし、じゃあとりあえずはそこを目標点として鍛錬しよう。目指せ魔術の取得!

 

 ベットの上でコロコロと転がりながら、魔力回路の中の液体状の魔力に意識を集中させる。

 魔力の流れを体で感じる。

 

 やっぱり、淀んでる。速さが一定じゃない。

 目をもう一度開いてからまた閉じる。

 目標点は父さん。力強く押し流されそうで、それでいて美しい流れ。

 

 あそこが、限りなく100%に近い魔術の領域だ。

 

 今は一ミリでもあの領域に近づくことだけを考えよう。

 幸い赤ん坊だ。時間だけはいっぱいある。正直寝てる時間以外のほぼ全てをこの時間に充てられるぐらい。

 

 なんにも努力せずに、平穏な人生を送ろうなんて舐め腐ってる。平穏を得るにはそれ相応の対価が必要なんだから。


 特にこの世界はそれが顕著だろう。努力して強くならなければ、命が失われるリスクは大幅に増加する。

 

 死にたくないし、幸せに生きたい。だからわたしは今努力する。

 

 我ながらなんて利己的な目標。もうちょっと他人救済の精神でも持ち合わせときゃよかったよー。

 

 そんなことを考えながら、ひたすらに流れる魔力を意識する。


 さあて、二ヶ月でどこまで仕上がるか。父さんに褒めてもらえるぐらいまでは練度、あげたいなあ。

 

 はっ、いかんいかん。これではファザコンのようではないか。ましてや現在の私は女の子。思春期女子といえばお父さん大っ嫌いが口癖のようなものだ。


 って、今のわたしは赤ちゃんですけどね。思春期差し掛かるまでにはあと15年ぐらいか。長っ!

 

 ちょっと待ってわたし。冷静に考えよう。

 

 父さん、あと一年で魔術習得しろって言ったよね?いや、確かに寄り道もせず1日のほぼ全てを修行に費やせばできなくはないと思うよ。うん、多分。

 

 でもさ、それやると、わたし1歳で魔術師到達じゃないですか。あの人何歳からわたしに仕事させる気だ?

 

 ………うん、考えないようにしよう。多分それが正解。いざとなったら考えようか。

 

 ふわあ、そんなこと考えてたら眠くなってきたなあ。もう寝るか。ていうかいま何時?


 部屋の隅にかかっている時計を見て…………って、え?

 

 

 偶然見た時計の真下に設置されている椅子。そこにはなぜか………紺色の着物を纏ったおばあちゃんが退屈そうに座っていた。


 は?なに?どゆこと?

 

 いや、別にわたし、周囲の気配感じられるとかいうわけじゃないけど、それでも魔力に集中してたから流石に他の人いたら気づくと思うんですけど。


 魔力は空気の流れみたいなもんだ。だから別の噴出口がある状態で魔力に意識を集中させたら、それに気づかないはずがない。

 

 でも、気づかなかった。

 

 それはどういうことかというと。

 

 おばあちゃん、全く魔力を発していないのだ。気配が文字通りゼロ。こうやって視界に収めてても、ちょっと気を抜くと見失いそうなくらい。

 

 まさか魔術師じゃない? いや、そんなはずはない。

 

 だっておばあちゃん、わたしに初めて会った時魔力とか言ってたもん。それにわたしの魔力量がどうとか言ってたことからして、魔力が見えてる。


 それはすなわち魔力炉が点いていることを示す。だけど、今の彼女からは魔力が一切感じられない。

 

 ごくり、と喉を鳴らす。本能的に今おばあちゃんが何をしているのか理解した。


 おばあちゃんは、体内に巡る魔力を完璧に支配下において、今は冷え切った氷のように黙らせているのだ。だから気配がない。


 魔力は水みたいなもの。エネルギーを与えれば揮発し、下げれば凍る。下げれば下げるだけ体内を回る魔力の動きは遅くなり、気配は薄れる。


 つまりはおばあちゃんのこの気配遮断は、とてつもない精密な魔力操作の上にあるのだ。


 化け物、父さんに次いで二体目。ったく、なんでさっきからこんな実力の差のわからせ案件が発生し続けてるんだ。

 

 

 ていうかなんでおばあちゃんが今ここにいるの? ここいらで一発ホンモノの強さでも見せつけとくか的な?

 

 そんなことを考えながらおばあちゃんをじっと見つめていると、またあの人の良さそうな笑みを返される。

 

 この裏表激しい婆さん。なんでこんなにポーカーフェイスうまいんだろ。謎だー。

 はっ、これが年の功か!

 

「そんな年寄り扱いしないでくださるかしら。これでもわたくし、まだ若者に引けを取るつもりはなくてよ」

 

 げっ、考えてることばれてた。

 

 って、さっきの父さん曰くわたしの思考は全部読まれてるんだから当たり前か。これ、よくよく考えるとまずいじゃん。隠し事とか一切できないよ。

 

 あ、そういう監視の意味も込めてのものなのか、これ。

 うわ、この家やっぱり容赦ないわ。怖っ。

 

「まあいきなり記憶持ちの子が生まれたら警戒態勢に入るのも当然でしょう? 内側からじわじわ攻められでもしたらとっても厄介ですもの」

 

 そう言いながら、椅子から立ち上がるおばあちゃん。と、その瞬間。

 

 おばあちゃんの魔力が、解き放たれた。

 

 部屋がアホみたいに揺れる。風がビュンビュン吹き荒れてる。

 部屋の隅に積まれていた紙がひらひらとそこらじゅうに舞う。

 

 そんな紙吹雪が舞う様子は、どこか幻想的で、狂気的でもあった。

 そんな光景に呆然としながら、改めておばあちゃんを見る。

 

 まあそれは、気持ち悪いほど美しかった。

 なんかもう、この世のものとは思えないほど。

 

 父さん見て絶望したと思ったら今度はこっちかい。なんでこんな奴らばっかり。

 

 強い。強すぎる。一ミリも勝てるビジョンが浮かばない。


 まあ歩くこともおぼつかない幼な子ですけどね。木の棒すら振りまわせる自信ありませんけどね。


 そんなわたしの思考も読んでいるであろうおばあちゃんは、また例の顔で笑顔を作ると、魔力の循環を切る。


 途端に吹き荒れていた風が止んで、ギシギシとなっていた音が消える。やっぱり馬鹿みたいに完璧な魔力操作。

 

 なんだろ、この台風が去った後みたいな気分は。

 

「どう? お手本を見た気分は」

「りゃえ」


 最悪。心臓バクバク。死ぬかと思った。てかこの人の前じゃわたしの魔力操作なんて本当に子供の遊びだ。まあわたし、マジで子供だから正しいんだけど。

 

「そうね、児戯にも満たない。魔力の流れが汚すぎて、わたくし見ているだけで苛立ってしまいそう」

 

 そう言いながら軽く鼻でこちらをあざ笑うおばあちゃん。

 くうー、ムカつく。確かに未熟は認める、しかしムカつく。

 

 こうなったらちゃっちゃと覚えて、吠え面かかせてやろうか!

 

「あと300年は早いわよ。まあその無謀な負けん気だけは認めてやらなくもないけれど」

 

 くっそー、この婆さん本気でむかつく!

 確かに冗談抜きでも300年ぐらいかかりそうだなって思ったけど! で、それもまた悔しい!

 

「そうよ、そうやって悔しがりなさい。悔しがって、努力を重ねなさい。その先にあなたの思い描く道があるのだから」

 

 わたしの望む道?

 

「あなたが望む平穏で平和な日々。それを手に入れるためには、誰にも侵されない力が必要なの。……いずれあなたもそれに気づくでしょう。この世界の歪みにね」

 

 そんな意味深なことを言って、おばあちゃんは部屋を去っていった。

 

 おばあちゃん、本当になんでここに来たんだろ。今の言葉を言うためだけ? まあいっか。考えてもわからないことは保留する。そういう割り切りは大事。


 とにかく今は強くなること。それだけを考えよう。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ