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拷問って合法なんだっけ?

 部屋に恐る恐る入ると、中で父さんが待ち構えていた。

 

「イーゼル、遅かったな。3分の遅刻だ」

「……すみません、父さん」

「まあいい。それよりイグニアがお前を呼んでる。次の仕事だそうだ」

「了解」

 

 業務連絡のような、全く一切の感情が入っていない声。


 いや、まあ一種の業務連絡ではあるんだろうけど。家族同士のやり取りって言われても絶対嘘だろってなるようなトーンの低さだ。


 父と息子ってより、ボスと部下。そんな歪な関係。

 

 わたしがそんなことを考えてる間にも、イーゼル兄さんの手が離されて、するりと猫のように部屋から出て行く。


 つまりここからはいまいち何考えてるかよくわかんない父さんとサシってこと。うわあ、なにこの状況。


 部屋をぐるりと見渡すと、壁についている手錠とその近くに置いてある鞭が目に入った。結構マジのやつ。そして床にある血の跡。何したんだよ、全く。

 

 でも他人事みたいな顔はしてられない。何せ、おそらくあの血の跡を今から作るのはわたしだから。


 いや、結構本気でこの赤ちゃん柔肌にあんな鞭受けたら死ぬんじゃないだろうか? どうするの、わたし死にたくないんだけど。

 

 怯えたように鞭を見ているのに気づいたのか、父さんが近寄ってくる。しかもその見ていた鞭を持って。

 

 え、なになに。児童虐待反対だー。まだ死にたくなーい。

 

「安心しろ、さすがにお前のその状態でこれを使うのはリスクが高すぎる。今日はその前段階だ」

 

 そう言いながら、父さんは手に持った鞭を苦笑混じりに部屋の隅へと戻した。だよね、流石にそうだよね。よかったー、生まれてすぐ死ぬはめにならなくて。

 

 でも、じゃあ前段階って何?もうちょっと柔めの武器で慣れさせるとか?

 

 と、思った矢先、父さんがくるりと手を振った。次の瞬間手の中に現れたのは小ぶりのナイフ。仕込みナイフか?

 

 っていうか、ナイフ? 頭の中が真っ白になった。


 え、は? 何考えてんのこの人。バカじゃん、今自分で言ってたでしょ。死ぬって。


 刺されたら血が出る。この小さな身体じゃちょっとの出血量だって命取りになると思う。


 懸命に動かない足を動かして後退りした。言ってるじゃん。わたしは死にたくないのだ。

 

 けれどそんなわたしの挙動なんてお構いなしに、父さんの手の中でナイフが華麗に回転する。軽業師みたい。

 

「落ち着け。まあ見ていろ」

 

 まるでわたしの考えていたことを読んだかのようにそう言った父さんは。

 

 自分の腕にナイフを突き立てた。

 

 はあー!?何してるのこの人!バッカじゃないの!


 次の瞬間、父さんの上腕から血が噴き出すことを幻視して、顔を背けると。

 

 パキン、と音がした。

 カラカラと、金属が床を転がる音がした。

 

 その音が意味する可能性を、脳は自動的に連想する。ありえない、理屈に沿わない可能性を。


 わたしは半ば反射のように父さんの方を振り向いた。


 視界に、無傷のまま平然と立っている父さんと、刃が折れたナイフが映る。息を呑む。だって意味がわからない。ありえない。

 

 だって人間の皮膚は、金属より圧倒的にもろいはずだ。いくら父さんが鍛え上げられた肉体を持っているとはいえ、ナイフを勢いよく振り下ろして無事なはずがない。それが物理法則に従った当然の結果だ。なのに、どうして。

 

 まるでナイフより、父さんの手の方が数段硬いから。だから折れた。そんな解釈が一番しっくりくるような状況。

 

 口をパクパクとさせることしかできない。

 これが、この強さが。

 

 プロの魔術師の、力。

 

「今のが、魔術だ」

 

 今のが魔術? おうむ返しのように考える。


 だってそれはわたしの知ってる魔術と全然違う。魔術っていうのは、かっこいい呪文と共にどこからともなく炎を放ったり風を召喚したりするやつのはずだ。


 こんな、人に物理法則を超えた謎の力を与えるものじゃない。


 そんなわたしの疑問に答えるように、父さんは割れたナイフをくるくる回しつつ言葉を続けた。

 

「魔術とは、簡単に言えば体内に存在する魔力炉からエネルギーを引き出し、身体中に張り巡らされた魔力回路を経由させて物理法則を超越した現象を引き起こすことを指す」


 物理法則を、超越した現象。なるほど、確かにね。


 そう言われてみれば、何もないところから炎を生み出すのも、ナイフも通らない堅い身体を手に入れるのも、どちらも物理を超えているという意味では同じだ。


「魔術師の体内には常に魔力が循環している。故に魔術師は、たかがナイフで斬りつけられようが、銃弾を受けようが傷つくことはない。魔力を流しているだけで身体は常に強化されているからだ。……最も原始的な魔術。身体強化魔術なんて呼ばれたりもするな」


 ほうほう、と父さんの講義に頷いておく。まあ言いたいことはわかる。普通の魔術師のイメージとは全然違うけどね。フィジカル優位すぎて。


 つまりはこの世界において、全ての魔術の基礎は肉体強化にあるらしい。だから父さんってこんなムキムキなんだ。


「そしてこの基礎魔術を覚え、魔術回路内の魔力を自在に操れるようになってはじめて、他の魔術が使えるようになる」


 例えば、と父さんの声が低く響いた。


 パチン、と父さんの指が弾かれる。その瞬間、わたしの目の前に落ちていた鞭が一気にバラバラに崩壊した。は? え? 何? デモストにしてはいきなりすぎない!?


「今オレはこの物体にオレの魔力をそのまま射出してぶつけた。所謂放出魔術の一種だな。他にも付与、操作、硬化、促進、変化、強化。ありとあらゆる魔術の系統がある」

「はぅ」

「ここまでは理解できたか?」


 まあ、なんとなくと頷いておく。


 うーんと、つまりは魔術のいちばんベースにあるのは身体強化魔術。身体の中で魔力を操作するってやつ。


 で、そうやって操作できるようになった魔力を外に向けて放出したり、物体に付与することもできる。これが次の段階の魔術系統、ってことだよね。


「そうだな、そこまで理解できているなら十分だ。……問題なさそうならまず、お前には基礎魔術を習得してもらう」

「あう」


 なるほど、と首を振った。うん、父さんの言いたいことは大体わかった。


 どうやらこの世界の魔術っていうのはわたしの知っているものとだいぶ違う。というか別物と考えたほうがいい。


 まあその細かい理屈はおいおい学ぶとして、今重要なのは目の前の父さん。


 父さんは、わたしに今基礎魔術を教えると言った。身体強化魔術。何故そうするのか、という理由にはわりとすぐ思い至る。


 だってわたしの身体はまだ赤ちゃんのふやふやの肉なのだ。ナイフ一本で傷つく肌では、拷問じみた訓練を受けれるはずもない。


 だからまず、魔術で身体強化する術を学ぶ。そうすればわたしが訓練で死ぬことはない。


 そういうこと? と問うように父さんを見れば、厳つい顔がこくりと頷いた。


「その通りだ。これが最も効率的な訓練方法だからな」

「なぅ」


 大当たり。そんなことしないで大人しくわたしがちゃんと成長するのを待てば良くない? と思わなくもないけど、この人権無視家庭にはそういう配慮はないので諦める。


 まあでも父さんのその計画は案外わたしにとっても悪くない。死亡リスクは低ければ低いほどいいに決まってる。だってわたしは死にたくないから。


 それに………なんだかちょっと面白そうだし。魔術とか。

 

 やっぱりまだ魔術なんてとんだファンタジーって思わなくもない。でもそこに、物理法則を捩じ曲げるほどの何かがあるわけで。


 まあ早い話が気になるってことだ。実際に自分でやってみればわかるだろ。うん、我ながら適当な終着点。

 

「では、まずは魔力炉を点ける。これは全身の魔力回路を流れる魔力にエネルギーを与える、魔術師の心臓とも言える器官だ。どの人間にも存在する普遍的なものだが、才能のない人間が迂闊に開くと、即座にエネルギーが暴走し、全身の魔力が一気に揮発して死亡する」

 

 死亡て。そんなおっそろしいものを娘にしようとする父とか。なにそれ。こわ。

 

 だけども、びびってても仕方がない。一つずつ父さんの言っていることを頭の中で翻訳していく。えっと、まずエネルギーを放出する炉を開くんだよね。けど放っておくと全身から魔力が出てしまう。であ、だから。


 魔力をどうにか操作して、体内回路の中に滞留させる。それが基礎魔術ってことか。

 

「そうだ、それがわかっているならいい。始めるぞ」

 

 はーい、っと上機嫌に言いそうになって。

 とてつもない違和感に気づく。

 

 さっきから父さん、わたしの心を読んでる?

 

 いや、そもそも子供というか赤ちゃんにこんな話をするなんて、おかしい。理解できるはずがないって普通思う。


 まるでこれじゃあわたしの心の中が最初から見えてて、それで話してたみたいだ。

 

 じいっと父さんの顔を見つめる。


 しばらくそうすると、父さんは隠し事がバレたこどものようにふっと笑った。

 

「そうだ。これも魔術の一種だな。操作魔術の一種を使えば、他人の頭の中に干渉して中身を覗くのはそう難しくない。つまりはお前がその胸の内で考えていることは、オレには全て見えている」

 

 はあ、なにそれ? 全て見えるって。背中に生ぬるい汗が流れた。


「それなりの高等魔術だが、お前なら2年もあれば簡単に習得できると思うぞ。無理をすれば1年かからずにできるようになると思うが」

 

 そう言いながら、ニヤリと笑う父さん。


 あ、なんかすごく嫌な予感。それでこの身体に生まれ変わってから今のところ、こういう嫌な予感は外れたことがない。

 

「悪いがお前には無理をしてもらう。魔力炉の成長期は第一次成長と重なっている。その時期に魔術を習得すれば、成長スピードも最終能力値も跳ね上がるはずだ」

 

 出たー、この家特有の結果のためなら思いやりとかぜんぶ捨て去る体質ー。げっそり肩を落とす。


 つまりはもう、わたしが半殺しにされながら地獄の訓練を受ける未来は確定したってことだ。


 最悪、だけど、でもまあ。

 

 うん、でもまあそれが強くなるための近道ならば、まあ受け入れられない話じゃない。


 何故か。その理由をわたしはこの一ヶ月の情報収集で完璧に理解していた。

 

 この世界は前の世界にとてもよく似ているけれど、前の世界よりもずっと死との距離感が近いのだ。暗殺者もいるし、マフィアも人身売買組織も海賊も盗賊も元気いっぱいに活動中。


 故に人はそこかしこでぽこぽこ殺され、そして何事もなかったかのように処理される。まあ弱かったお前が悪いよねって。

 

 つまりはここでは、前の世界よりもずっと単純な個々人の力が重要視されているのだ。

 

 それだったら、20年後のジゼルが当主になってからのわたしの人生フリータイムをよりフリーにするためには戦える力はあったほうがいい。

 

 そう自分の中で意見を纏めると、こくりと父さんに向かって頷く。


 オッケー、覚悟はできてる。いつでもこいや。

 

「なかなかの度胸だな。……では行くぞ!」

 

 父さんがそう発したとともに、部屋の空気が急激に変わる。

 

 部屋の電気がチカチカと点滅して、部屋の調度品がガタガタと揺れる。まるで荒れ狂う嵐の最中にいるような。そんな感覚。


 全身がばらばらに引き裂かれるみたいに翻弄されて、自分の中の自分でさえ知らなかったスイッチが強引に押される。


 心臓のすぐ横。そこに父さんの魔力が入り込んで、強く圧迫される。心臓マッサージで肋骨ごとへし折られるような、強引な干渉。

 

 だけど、それは一瞬だった。部屋中に漂っていた『なにか』が勢いよく父さんに向かって収束する。

 

「炉は点いたな。あとはお前次第だ」

 

 父さんにそう言われて慌てて全身を見ると、何か白いものが体からゆらゆらと立ち上っている。蒸気みたいな、柔らかい何か。その流れを目で追いながら指先で触れてみてもなんの感触もない。


 これが魔力? こてり、と首を傾げながら視線を父さんの方へと投げた。これをどうしたらいいの?

 

 そう父さんを見れば、なにも言われずとも次にしなければいけないことを理解した。

 

 さっきまでと何一つ変わらない姿勢で立っている父さん。けれど、その身体にあの白い湯気みたいなものが無数に漂っているのが今度は見えた。ごくり、と喉が鳴る。


 同じ白い何かとはいえ、その在り方は今のわたしのものとは全く違っている。指先から頭の端まで、その白い蒸気は泰然と循環している。


 その様子は大河を思わせるような、力強さと美しさに溢れていた。

 

 これが、父さんの強さ。本物の魔術師の強さ。それから、わたしが求められている強さ。わたしもいつかはここに到達しなければならないのだろうか、なんて考えながら生唾を呑み込む。


 あまりの美しさに見惚れかけて、けれど今はそれどころじゃないことを思い出した。

 

 自分から流れ出ている白い魔力を見つめる。


 さっきの父さんの言葉から判断すると、今わたしの魔力炉は強制的に叩き起こされて、全身の魔力にエネルギーを与えて沸騰させているところだと思う。つまり、今見える白いモヤは魔力だ。このまま突っ立っていたらわたしはせっかくの魔力をぜ〜んぶ失って、そのまま死ぬ。


 死にたくない。ならわたしは、自分でこの力をコントロールしなきゃいけない。

 

 心臓のすぐそばが熱い。体の内側から湧き出るエネルギー。それを、落ち着かせるように深呼吸をする。自分で体感すれば簡単に理屈は理解できた。


 つまりは魔力炉はボイラー室で、体内に張り巡らされた魔力回路という名のパイプ内の温度を制御しているのだ。


 そこまで分かれば簡単。今は少し温度が高すぎて、魔力は水蒸気になってしまっている。だからあとは温度を下げてあげて、液体になった魔力をパイプ内に循環させればいい。

 

 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。


 魔力の流れだけを。ただ、それだけを意識する。

 

 真っ暗な世界に、私と魔力だけ。

 

 わたしの体から逃げようとする魔力にそっと呼びかける。


 頭頂部から顔を下に降りて、心臓を通過して、足を下って、もう一度上に上がって。ルートを丁寧に指示していけば、縦横無尽に動き回っていたそれは少しずつ意思を持ち始めた。


 自由な気体から、静かな液体へ。それを流れるように。いつまでも繰り返す。

 

 だんだんと逃げようとしていた魔力が言うことを聞くようになる。少しずつ冷めて、パイプの中を大人しく巡る。わたしのために、わたしの指令下で、ぐるぐると体を回る。


 力が、漲ってくる。

 

 そこまで感じると、そっと目を開いた。


 体を見ると、魔力はどうにか逃げ出さずにわたしの身体に纏わりついていた。父さんに比べれば、薄くて、弱くて、乱れていて、全然綺麗じゃない。それでも、どうにか纏えた。力を利用できた。

 

 父さん、これで正解?


 そう尋ねるように父さんを見やると、とてつもない威圧感に息を飲む。

 

 点いたからわかった。実際に纏ったからわかった。


 父さんは、強い。


 とてつもなく、化け物のように強い。あんなナイフなんて、かすりもさせないぐらい強い。

 

 これがわたしやジゼルやイーゼルに求められている領域。その強さ。

 それを感じて、わたしは知った。

 

 わたしって、弱いじゃん、と。

 

 ほら、だってやっぱり記憶持って転生とかチートが定番の世界じゃん。そういうもんじゃん。


 でもこの感じ、わたし普通の子だよね。だって父さんのこの圧倒的強さからして、そうとしか考えられない。

 

 いや、まあこの家に生まれたのがチートなのかも。

 だってここにいたら嫌でも強くなるしかないし。しかも前世の思考能力つきだったら、効率よく強くなれるじゃろ。うん、そうだよ。

 

 てか、そういうことにしとかないと、既に心折れそうだよ。

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