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憧れのタワマン最上階


 クロさん、タワマン最上階住みだった件について。


 はえー、と目を丸くする。クロさんが私たちを案内したのは、闘技場から歩いて10分くらいのところにある超高層ビルの最上階だった。


 高層ビル、ワンフロア貸切。そんなことって可能なんですね。一般市民は一生知り得ることのないだろう情報をどうもありがとうございます。


「……え、クロさんてめちゃくちゃな金持ち?」

「そう、金持ち。あ、そっちの部屋は入らないでよね。作業中だから」

「作業? 何の?」


 その問いには、曖昧な微笑だけ返される。ふむ、どうやら藪蛇っぽい。


 通路に面した部屋の扉は全部閉められるけど、ドアの隙間からちょっとだけ薬品の匂いがする。

 

 くん、と鼻を鳴らしてみれば何となく嗅ぎ慣れた匂いだ。ホルマリンっぽい刺激臭とか。


 ……うん、中で何をしてるかは聞かないでおこ。知らぬが仏。


 とりあえず不穏要素は一旦全部スルーして、師匠に倣って黙ってクロさんの後ろをついていく。


 真っ白な壁だけの装飾もない通路をひたすら歩いていけば、一番奥の突き当たりの扉をクロさんが開けた。


「一部屋だけ貸してあげる。家賃は言い値で払うって言ったよね。ブルーにはこの間の料金と合わせて請求しておくのでご安心を」

「ぼったくるにしても、法が許す範囲でぼったくってよね」

「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。僕は一介の修理士であって、詐欺師ではないから」

「はいはい、わかったわかった。じゃあアタシとこの子はとりあえず暫くここに間借りさせてもらうからね」

「暫くってどのくらい?」

「2年くらい?」

「にっ……」


 と、師匠のその言葉にクロさんは文字通り絶句した。そりゃそうよな。わかるわかる。私はクロさんの味方です。


 いやね、確かにしばらく闘技場周辺に宿が欲しいとは言ったよ? でもさ? いきなり知り合いの家に二年置いてくださいって、そりゃあ無理なもんは無理でしょ。


 ほら見てくださいなこのクロさんの顔を。無表情系イケメンフェイスが無惨にも歪んでるわ。


「君、本気で言ってんの?」

「アタシはいつだって本気。いいでしょ、どのみち作業に使ってない部屋はいつも持て余してんだから、あんた」

「今から出てけって言っても間に合う?」

「間に合わない」


 そう師匠はフリーズしたままのクロさんを脇に退かして、堂々と部屋の中に押し入った。暴君。暴君すぎる。


 まあね、師匠ってば自分の目的達成のためなら他人のこととか一切考えない系人間だからね。ハイパーゴリ押しタイプ。


 なんかこの感じじゃ、クロさんっていつも師匠のゴリ押しの犠牲者になってんだろうな。かわいそうに。


 とりあえず無言で凍りついたままのイケメンに手を合わせると、ぐりん、とクロさんの怒れる瞳がこっちを向いた。


「……何。元はと言えばお前が大体の元凶のくせして」

「いや、私も申し訳ないな〜とは思ってる」

「マジでいい加減にしろよ。ていうかなし崩しに流されかけたけど、お前誰? ブルーの戦利品?」

「違う、って言いたいんだけどなー」


 うーん、まあ私の現状といえば、師匠に二年後に売り飛ばされる契約結ばされてる商品だからな。まあ戦利品っちゃ戦利品か。


「……執行猶予付き戦利品?」

「なにそれ」

「説明すると長くなるから省くんだけど、二年後に師匠と戦って、負けたら売り飛ばされる予定の弟子」

「なにそれ」


 クロさんの黒と赤のバラバラの目が呆れたように細くなった。


「ブルーが意味不明なことをやるのはいつものことだけど、今回の狂い方は酷いね。イカれてる」

「あ、師匠っていつもこんな感じなんだ」

「まあね」


 そうクロさんはのっそり息を吐いた。かわいそうに。苦労人の相がよく見える。


 ふむ、と私は腕を組んだ。何かよくわからないが、とりあえず私とクロさんは師匠に振り回されてる被害者の会メンバーという点では分かり合える気がする。


「ねえクロさん。同盟組も、同盟」

「は?」

「師匠にいつも振り回されて泣かされてる者同士仲良くしようよ。ね?」

「……僕、生きてる人間と仲良くするつもりないんだよね」

「じゃあ私が記念すべき生きてる人間のお友達第一号ってことで」


 そうにっこり笑う。私の最強かわいい幼女フェイスを100%活かした最高の笑みだ。


 まあここまでゴリ押してでもクロさんと友好関係を作っておく必要はないかもしれないけど、私の勘と本能が告げているのだ。この人とは縁を繋いでいたほうがいい。


 師匠ほどはイカれてない、それなりの常識人。でも確実に犯罪に片足どころか全身頭までどっぷり浸かってる裏世界の住人。


 この人との繋がりはきっと、いざという時の助けになる。こういう私の動物的第六感はあんまり外れない。


「ね、よろしく」


 にっこり、完璧にかわいい笑顔のままでクロさんが折れるまでじっと見つめる。こういうのは根気の勝負。


 無言のままに30秒、クロさんはのっそり息を吐いて、それから諦めたように肩を竦めた。物分かりのいい人だ。まあそのせいで師匠に便利使いされちゃってる可哀想な人になってるんだろうけど。


「……師匠も師匠なら弟子も弟子だね。なんでこんな、よりによって仕事が立て込んでる時に厄介事が舞い込んでくるんだろ」

「疫病神とか憑いてるんじゃない?」

「最悪」


 そうクロさんは心底疲れ果てたように首を傾けた。はらり、とフードが少しだけずれて、白いうなじが見える。


 ん? あれ?


 目を瞬いてじっとその剥き出しになったうなじに一瞬釘付けになる。白い肌に浮かび上がった黒いタトゥのせいだ。


 丸っぽいような四角っぽいような図形。ちょっと歪な長方形っていうのが一番近いだろうか。その中央に飾り文字が入っているデザイン。


「……fegato? 何それ」

「あ、見えちゃった?」

「見えちゃったけど、見ないほうが良かったやつ?」

「まあ、そうだね。一応隠してるものではあるし。……でもまあ意味がわからないなら別に、それで問題はない」

「何の意味かは教えてくれないんだ」

「教えたら、僕は君を殺さなきゃいけなくなる」


 ああ、なるほど。そういうやつね。踏み込まぬが吉。知らぬが仏。さっきのドアの向こうのホルマリン臭と一緒だ。世の中にはアイデア成功しないほうがいいものの方が結構多い。


 だからまあ、クロさんの『修理』の対象は一体何か、とか。ホルマリン臭の原因は多分保存加工中の死体だろうなあ、とか。そういうことはあんまり考えない方がいいのだ。


 うんうん、私ってば賢い。というわけで、今見ちゃったクロさんのタトゥの存在も脳内から消去しておこう。


「まあいいや、とりあえずこれからよろしくね。大家さん。細かいことはあんまり考えないようにする」

「そうするのが身のためだよ。……はぁ、本当に最悪。僕の平穏で静かな日々を返して欲しいんだけど」

「それは師匠に請求して」

「無理」


 そうゆるく首を振られる。ふむ、どうやらこんな相当つよつよ魔術師に見えるクロさんでさえ、師匠には勝てないっぽい。やっぱ師匠って規格外バケモンなんだな。


 そうこくこくと一人頷く私に、クロさんはもう何度目かわからない溜息を吐いた。それから宝石みたいに綺麗なオッドアイが伏せられる。


「……お前、名前は?」

「あ、やっと友好の印を結ぶ気になってくれた!? やったー、私の粘り勝ちだね」

「違う。もうここで抵抗しても無駄だって悟っただけ。結局いつもブルーの思う通りになるんだよなぁ」

「諦めって肝心だよね」


 そうそう、ほんとに諦めって大事。異世界転生しちゃってもまあしゃあなしと飲み込むとかね。そういう割り切りが結局命を救うのです。


「私はヘイゼル。よろしくね、クロさん」


 そう差し伸ばした私の手を、やっとクロさんは不承不承取った。




 

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