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20/22

死生観は人それぞれ


 命懸けの尾行ごっこは父さんと飽きるほどやってる。主に気配遮断の訓練時に。


 気配を悟られないのはもちろん、視線や殺気、相手の表情から自分の尾行がバレていないか探る。そんな技術も教え込まれた。

 

 だからまあ、こんなお粗末な尾行に気づかないほど耄碌してない。

 

 そう、さっきリングを降りてからずっと尾けてるヤツがいるんだよね。具体的にはわたしの真後ろ5mのところに。

 

 足音を頑張って殺そうとしているのはわかるんだけど、普段の相手が父さんだったから、子供の遊びにしか思えない。

 

 どーしよっかな。撒く?


 いや、それじゃあ懲りない。これからも付け狙われる可能性が高い。

 

 この闘技場において、アホな一部の輩からはわたしはいいカモにしか見えてないだろうから。

 

 現在尾行中のヤツと、遠巻きに様子を見てる数人を同時に威圧して、わたしから確実に手を引かせる一手。それはなんだろう。

 

 ほどほどに叩きのめすか。それとも気づいてることを教えて、実力の差をわからせるか。


 あ、いっそのこと家名を教えちゃうとか。

 

 でもなあ、その辺はリスクが大きい。特に最後の一個は。

 

 じゃあいっそのこと、尾けてるやつを殺すのは?

 

 それだったら恨まれてあとあと変な刺客を送り込まれることもないし、見ているヤツらに与えるインパクトも大。リスクは小さめ。

 

 だってたかだか人一人殺したぐらいで、この世界は犯人探しなんてしないし。


 現行犯で捕まらない限りなんの問題もないし、周りにバレないように綺麗に殺すのは、相当上手い自信がある。

 

 殺す、という選択肢が思いの外すんなりと出てきてしまったことにちょっと動揺しつつ、向かう方角を調整する。


 殺す殺さないはともかく、人気のないところに行こう。

 

 闘技場の隅の方の、人気がない場所に移動する。

 

 後ろのヤツはラッキーって思ってるだろうな。獲物がわざわざ自分からちょうどいい場所に移動しようとしてるんだから。

 

 目的は何か知らないけど、後ろ暗い行為をしたいがために、尾行なんて手段をとってるんだろうしねえ。

 

 でも、ここで尾行を止めないことからして、多分素人。もしくは素人しか相手したことがないのか。

 

 だってターゲットが都合よくこんな人気のない場所に理由もなく行ったら、それはどう考えても罠でしかない。そんな稚拙な罠に引っかかっちゃうようなヤツがプロだったら笑える。

 

 負ける可能性がないぐらい強いから、って可能性もゼロじゃないけど、限りなくゼロに近いし。

 

 だって、魔術師じゃないから。


 魔術を使えない人間と、魔術師の間には超えられないほどの力の差がある。

 

 考えに考え抜いて、たとえ相手がどのような手を打ってきたとしても、わたしに手を触れることは叶わないだろうという結論に達する。

 

 ていうか、本当にわたしでは対処不能な相手だったら、半強制的にでも師匠が来るはず。

 

 わたしがわざわざこっちに移動してることも、誰かにつけられてることも師匠は気づいてる。


 わたしという商品にあれだけ執着している師匠が動かないということは、この男がわたしの身体を傷つけられる可能性は万に一つもないということ。

 

 

 きちんと考慮を重ねて、敵が自分に勝てる要素が完全にないという結論に達したら。

 

 その場合のみ、殺すことを許可する。

 

 

 その音が、父さんの声で脳内で再生される。

 

 いつも通り訓練していたら、唐突に父さんに言われた言葉。あの時はなんで言われたかわかんなかったけど、今だったら理解可能だ。

 

 父さんはわかってた。なんだかんだ言いながら、わたしには殺人に対する忌避感がない、もしくはとても薄いことに。

 

 そしてそのトリガーは、わたしが思っていた以上に緩かったってことに。

 

 思わず笑い声が漏れそうになって、慌てて隠す。バレたらここまで誘導してきたのが水の泡だ。

 

 完全に不審な動作を一切なくして、真っ直ぐに無人のエリアに向かう。

 

 完全に自分の周囲に人がいないことを確認して、パタリと足を止める。

 

 後ろのヤツもわたしがまだ気づいてないと勘違いしてくれたようで、安心しきった様子で肩に手を置かれる。

 

 びくんと肩を跳ねさせる。あー、ちょっとわざとっぽかったかな?

 まあ向こうが気づいてないなら結果オーライでしょ。

 

 そんなことを考えながら、表情を怯えたように作り変えていると、いよいよ後ろの男交渉? 恐喝、に入ろうとしているようで。

 

 

「なあ、嬢ちゃん。そのチケット譲ってくれねえか?」

 

 後ろからドスのきいた声がかかる。そして感じる妙な威圧感。

 

 ていうか、これは殺気?

 

 声の主を見ようと後ろを振り向く。

 

 うん、いたって普通の男。もちろん筋肉はついてるし、一般人よりは強いんだろうけど、わたしよりは弱い。

 

 まあ地下二階への入場許可ももらえないような雑魚ってことですかね。

 

 と、思って油断していた部分はあった。

 というか、あんまり予想してなかった。

 

 

 男の手には、拳銃が握られていた。

 

 

 そっか、さっき感じたかすかな殺気。それはこの拳銃が要因。

 

 闘技場で銃火器を使用した戦闘が行われることはあまりないけど、それでも持ち込み禁止なわけではない。

 

 思わず小さく笑いが口から漏れる。

 

「テメェ、何笑ってんだ!いいから早くよこせ!」

 

 焦ったように語気を荒らげて、拳銃を強調するようにチラつかせる。

 

 本当に、これぐらいしか脅す方法がないんだろうな。ちょっと可哀想。

 

 強さを持とうと努力できない、その弱さが。

 

 地下二階へのチケット、奪ったところでどうするんだろう。自分で上のエリアに入るわけではないだろうし。売るのかなあ?


 この程度の階のなんて、小学生のおこづかいぐらいの値段しかつきそうにないけど。

 

 そんなしょうもないことを考えながら、拳銃を構えている男に歩み寄る。

 

「おい!近づくんじゃねえ!」

 

 男が半歩後ろに下がる。

 それを見て、思わず口角が上がるのが抑えきれない。ああ、ダメだ。本当に良くない。


 心のうちに抑えていた殺人衝動、嗜虐癖がいよいよ誤魔化せないほど明確に顔を出す。

 

「いいね、もっと怯えてよ。もっと怖がってよ。もっと逃げてよ」

 

 そっちの方が、楽しめそうだから。

 

 

 男との距離がどんどんと詰まっていく。

 その表情が、恐怖に染まっていく。

 

 さっきの相手と、おんなじ顔だ。

 

「わたしのさっきの試合、見てたの? 自分でも勝てそうだって思った? ならどうして今、わたしから逃げようとしてるの? こんな弱そうな小娘から逃げることしかできないなんて、恥ずかしくないの? ほら、早く撃てばいいじゃん。その拳銃は見せかけだけなの? もしかして、人を殺す覚悟もしないでこんなことしてるの?」

 

 鏡を見なくても、自分が相当な表情をしているのが容易く予想できる。

 

 きっと、それはそれは残虐な悪魔のような笑みを浮かべていることだろう。

 

 そんな風に逃げることしかできないような無様な姿を見せられると。人としてのプライドを捨てたような怯え方をされてしまうと。

 

 とっても、苛めたくなる。

 

 

 うーん、なんでだろ? 生まれてこのかた、ご飯に毒薬混ぜられたり電撃加えられたり、どこぞのマゾもびっくりな拷問受けてきたから、逆に変な性癖に目覚めちゃったとか?


 それともそもそも前世でもそういうサディスティックな性癖だったのかな? そんな覚えはないですけど。

 

 まあそんなのどっちでもいいよね。今は今だ。

 

 ズリズリと尻もちをついて後ろに下がる男を見下げながら、壁際へと追い詰める。

 

 こいつは、間が悪かった。

 

 丁度さっき、戦った相手の顔を見て興奮しちゃったところで、雑魚のくせに言い寄ってきちゃったから。


 多分いつもだったらちょっと軽く殴って気絶させるぐらいで済ませてたのに。本当に、間が悪い。


 さっきの男との戦闘が、予測したとおりのものになって、つまらなかったていうのもある。わたしより身体能力は絶対に上のはずなのに、戦い方が巧くない。


 まあそういう意味では、この目の前に転がってるやつも同じだけど。

 

 とうとう男が壁際に追い詰められて、わたしとの距離が1メートルを切る。足先が、男に触れるほどに近づく。

 

「無様だね」

 

 男がひっ、と息を短く吸うのが聞こえる。

 

 わたしの今の言葉に怯えたのか、それとも表情か、それとも漂う狂気か。その三つ全てか。

 

 まあどれでも、こいつが雑魚であるという証明にしかならないけど。

 

「お、俺をどうする気だ。ここで殺したら騒ぎになるぞ」

「うん、そっか。で?」

 

 にっこりと微笑みながらそう返すと、男の表情がより一層引きつったものへと変わる。

 

 うん、とってもステキ。自分と相手の力量も測れないような雑魚には、お似合いの表情だ。

 

 男が未だに手に持って構えている拳銃を、足ではたき落とす。

 

「か、返せ!」

「あー、ごめん。偶然足が当たっちゃったみたい。でもこんな危ないもの、ここで振り回してたら危険だよね?わたしが預かっておいてあげる」

 

 そんな戯言を言いながら拳銃を拾い上げる。

 

 えっと、実弾は装備済みか。兄さんに教えてもらった構造と同じ。ということは本物。

 

 この世界に銃刀法とかそんな法律はなくて、銃は比較的誰でも持ってるらしい。ターゲットが持ってる率はナンバーワン。


 だから結構我が家の拷問メニューには、あえて銃弾を食らうとか、銃弾を1時間避け続けるとか、わけのわからないのがある。

 

 まあそれは今はどうでもいいんだけど。

 

 引き金を引く寸前で持ち上げて、男の頭にまっすぐと向ける。

 

 ジャスト脳幹。当たれば断末魔をあげることさえできない即死が待っている。誰よりも綺麗に殺すことに長けている兄さんらしい教え。

 

 こんな目立つ場所で殺るには、もってこいの技術だ。

 

 

 人を殺したことは、前世今世合わせても一回もない。

 

 ていうか、人にケガを負わせたことすらない。そんなど素人。

 

 こっちに生まれ変わってから、殺す技術についてはずいぶん教え込まれた。でも実際に命を絶ったことはない。

 

 実際の人の形に限りなく合わせた人形になら、何発も銃弾を食らわせたことはある。なんども心臓を刺した。何度も殴りつけた。


 単純な殴る、蹴る等はもちろん、手刀でだって手加減しなければ首を飛ばせる。今のわたしが本気で殺そうと思えば、ナイフや銃なんて必要ない。

 

 男の表情をもう一度じっくりと見る。

 

 

 確実に訪れるであろう死に、怯えて、逃げたくて、でも逃げることなんてできない。そんな絶望に満ち溢れた顔。

 

 

 

 この世界における死は、とても軽い。

 

 警察は殺人事件じゃ動かないし、ニュースにはならない。犯人探しなんて起きやしない。死体を適当に処理して、それで終わり。

 

 大量殺人犯は賞金首になるけど、政府が公的に捜査することはしない。そんな歪んだ死生観。

 

 それをわかっているから。理解しているから。だからこの男は、死を確実に訪れるものだと恐怖している。

 

 

 ならば、容赦する必要がどこにある?

 

 こいつはわたしを害そうとした。だから殺された。ただそれだけのこと。

 

 原因に対し、死という結果が導き出されたにすぎない。

 

 

「じゃあね。来世は相手は選びなよ?」

 

 

 人差し指に僅かに力を込める。その瞬間、火薬の燃焼とともに、鉛が撃ち出される。

 

 発砲音は騒々しい音にかき消されて、ほとんど聞こえない。

 

 鉛は真っ直ぐに空気中を突き進んで、それから真っ青な絶望をその瞳に湛えた男の脳幹へと突き刺さった。

 

 それから僅かに遅れて、返り血が舞う。

 

 僅かに顔にかかったそれをそっと指で拭いとって、それから舌でペロリと舐めとる。

 初めて舐めた他人の血の味は、ほんのり甘かった。

 

 そっとしゃがみこんで、男の首へと指を当てる。

 

 完全に脈が感じられない。体温はまだ残ってるけど、すぐに人形のような冷たさへと変わる。

  

 やっぱり痛いのかなあ。死ぬのって。

 

 銃弾を食らうのは正直耐えられる程度のものだ。まあせいぜい至近距離で食らうと熱いなあって感じ。

 

 魔力を遮断してる状態では手足にしか撃たれたことはないけど、でもまあ何回も繰り返せば慣れる。

 

 じゃあ死ぬのって、意外と苦しくないのかもしれない。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、つんつんと男の顔を突く。

 

 銃弾は………貫通してるか。放置でいいよね。そもそもこいつの持ち物だから、そこから何かが始まるわけでもない。意外と自殺処理とかされちゃったりして。

 

 苦痛は本当にほぼなかっただろう。恐怖も一瞬だったはずだ。

 

 上手く殺した。感謝してほしいぐらい。

 

 

 

 

「生きてる時より、ずっと綺麗だよ」

 

 

 

 

 聞こえるはずもない死体の耳元に、そうそっと囁く。

 

 自分の弱さも理解できず、騒々しい声を立てていたあの時より、音一つ立てられない今の方が、数倍マシだ。

 

 死んだほうが価値があるなんて、なんて可哀想な生涯だろう。

 心の底からそう思う。

 

 確かにこいつがやったことに対する対価として、死は少し大きいかもしれない。

 でも、こいつを殺して得る罪なんて、何一つ感じない。

 むしろ殺してやってよかったぐらい思ってる。

 

 

 だってわたしは、死という行為を通して、僅かでもこいつに価値を与えてやったのだから。

 

 身動きも取れない人形へとその身を変えることで、生前よりも価値の高い生き物へと昇華してやったのだから。

 

 

 そう考えながら、口元の笑みをそっと手で隠す。

 

 この思想がどれほど人の道から外れているか、わたしは自覚してる。狂ってるって、自分でもわかってる。

 

 でも、それでも、わたしはこの先も殺すという行動を止めることはできないだろう。

 

 だって、こんなにも、美しいんだから。

 こんなにも、愉しいんだから。

 

 

 わたしは自分が思っていたよりも、殺人に向いているみたいだ。

 

 

 

 立ち上がって死体を見下ろしながら、自覚する。

 わたしはこの瞬間から、本当の意味でこの世界に生まれ変わったのだと。


 

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