転生ったらやっぱり無双してなんぼ
「2381番、ヘイゼル様。5番リングへお上がりください」
と、やっとそのアナウンスを聞いて、意識が現実に戻ってきた。あ、そうだ。わたしってば今闘技場にいるんでした。
まあ師匠云々は置いといてまずは試合試合。ぐるんと肩を回して気合いを入れる。
闘技場の一番最初のFクラス。選手登録をすれば、誰であろうと皆最初はこの階級に振り分けられる。なのでFクラスにはとにかく大量の選手がひしめいていて、もの凄い回転率で試合が行われてるわけだ。
まずはここで勝てば第一段階突破。こんなところで止まっている余裕は全くないので、パパッと終わらせてしまいましょう。
闘技場の地下一階は、とにかくだだっ広い空間に50個のリングが設置されている。で、その間に観客の人たちがひしめいているわけだ。
そんな人たちの海をかき分けるように進む。あー、人多すぎ。酔う。既に萎えてる。
そんなこんなで汗臭いおじさんの合間を掻き分けて、どうにか目的地とうちゃーく。
リングへ至る階段をコツコツとおりながら、思いっきり伸びをした。
武器……はないし、使う気もない。身体強化魔術も基本的には封印の予定。だって反則臭いし。わたしが魔力を加速させた状態で蹴りとか入れたら、魔力なしの人は本当に抵抗手段ないじゃん。
だから魔術は使わず、純粋なわたしの身体のみで戦う。この10歳前後の、幼い少女の身体で。
ぶっちゃけそれで勝てるかはわかんない。体術は一通り仕込まれてるから、まあ何とかならんことはないと思うけど。
だってまだわたし、普通の人間と戦った経験が全然ないから自分がどのくらい強いのかもよくわかんないんだよね。
確実にわたしは兄さんや師匠みたいな化け物には全く敵わないほど弱い。でも、じゃあ魔術のまの字も知らんちょっと腕の利く人間相手ならどうなるか。
検証できるいい機会だ。
よっこらせ、とリングに登ると、すでに対戦相手は待ち構えていた。
「おい審判、こんな嬢ちゃんが対戦相手か? 俺も舐められたもんだな」
ぶんぶんと腕を振り回しながらそう宣う大男。単純な体格だけで考えれば縦はわたしの二倍、横はわたしの五倍。
てか今この人、わたしがガキだからって舐めた? はえー、新鮮。今まで女とか幼いっていう理由で容赦されたことないからなあ。
相手に向かってにっこりと微笑みかけると、大男の表情がより苛立ったものに変わる。
できる限りこの人にはいい踏み台になってもらう。次のクラスに上がるためにも、初めての対人戦検証相手としても。
審判のゴーサインが耳に伝わるのをじっと待つ。
「始め!」
その言葉とともに、わたしの足は勢いよく地面を蹴りつけた。
自分と相手の距離、約5m。わたしの間合いに入るまでの時間、約0.7秒。
おそらく相手の方が間合いは大きいけど、一撃の素早さはわたしの方が上。いかにして急所に叩き込むかが勝負、か。
勢いよく間合いを詰めても、相手は動かずに静観してる。やっぱり早さに自信がないから故の行動と見て間違いない。
「おにーさん、いいの? 動かなくて?」
嘲るように笑いながら、間合いに入ると同時に勢いよく跳躍する。
まずは一発。場所はどこでもいいや。
大男の上を飛び越えるように高く舞い上がって、そのまま足で一発蹴りをぶち込む。頭にクリーンヒット。
それを見た周囲の観客から、声援と沢山のヤジが飛ぶ。
「ほらほら、早く反撃しなくていいの?」
「黙ってろガキが!一発蹴れたからっていい気になんじゃねえよ!そんな軽い攻撃、いくら当たってもなんの意味もねえ!」
「ふーん、じゃあやってみる?」
大男のこめかみがピキピキと音を鳴らすかのように浮き上がる。うわー、これって漫画の中だけの表現かと思ってた。
と、そんなことを考えていると、真横をびゅんっと重い拳が通り過ぎる。
「チッ、ちょこまかと」
「そんなおっそい拳、当たるわけないじゃん。子供だからって舐めすぎだよ」
とか言いつつ、じんわりと背中に冷たい汗が流れる。
あれ、当たったら結構マズイ。今は魔力は内側に押し込めてる状態だから、見た目通りの耐久力しかない。
小学校低学年程度の体であの威力を受けたら、軽く吹っ飛ぶどころの話じゃ済まない。骨が数本はもちろん、当たりどころが悪ければ内臓まで行くかも。
いくら弱いって言ったって敵は大人。子供の身体能力しか持たないわたしには圧倒的な不利がある。
わたしの軽い体重じゃダメージはほとんど与えられないし、敵の一発はわたしの致命傷だ。
敵の腕の動きを全力で注視しながら、考える。
確かにこうやって避け続ければこのまま試合は終了する。でも、それは勝利じゃない。
考えろ。どうやったらダメージを与えられる? どこを打てば行動不能に追い込める?
ちらりと審判の方を見ると、残り時間の表示はあと2分に変わっていた。Fクラスの試合は数が多い代わりに短い。
思わず焦って動こうとする体にストップをかける。ここで慌ててもなんの意味もない。
相手の体をよく観察する。
鍛え上げられた上腕二頭筋、腹筋、背筋。上半身はほぼダメージが通らないと考えていい。と、なると………。
後ろから首筋に一発。それしかない。
「おい、何よそ見してんだよ!殺されてえのか!」
「えー、おにーさんごときに殺されるぐらいわたし、弱く見える? 心外だなあ。」
そんな軽口を飛ばしつつ、相手の拳を避けて、くるりと後ろに回り込む。
慌てて振り向こうとする大男。でもそれも織り込み済み。
相手が後ろを向こうと回転する方向、それと逆の向きから思いっきり飛び蹴りを叩き込む。
よし、さすがに全体重を掛ければ多少はよろけるか。
ぐらりと重心がズレたタイミングを見計らって、首筋めがけて跳躍。
「ばいばーい」
耳元でそう呟きながら思いっきり手刀を食らわせる。父さん直伝のお味はいかが?
打ち込み方。角度。力加減。すべて完璧。魔力による強化がなくとも、十分に威力を発揮する一撃だ。フィジカル系魔術師の面目躍如。確実に昏倒させることができたと確証を持てる。
一瞬大男の動きが完全に静止して、それからぐらりと前向きに倒れる。
どしんという音が静かな場内に響き渡って、それから勢いよく周囲から歓声が上がった。
よし、これで勝負アリかな?
うつ伏せに倒れている男をてこの原理で足を使って無理やりに仰向けに返す。
目を見ると、完全に気絶している。よかったー、あれで動くようなタフな相手に当たったら今は決め手がない。
ふう、と気が緩んで全身の力を抜くと、ぼんやりと相手の表情が視界に入った。
倒される恐怖と、屈辱に歪んだ顔だった。
思わずゴクリと喉が鳴る。
あー、ダメダメ。そういう戦闘に快楽を覚えるような事しちゃったら、戻れなくなる。普通の感覚に。わたしはあくまで平凡な人間。快楽殺人犯に堕ちるつもりはない。
頭をぶんぶんと振って、さっきの邪念を消し去ろうと努力する。早く忘れよう。そういうのは弱い者にとっては命取りにしかならない。
もっといたぶれば、一撃で倒さなければ、それだったらもっとイイ顔をしてくれたんだろうか。もっととろけるような歪んだ顔を見せてくれたんだろうか。
思わず浮かんだそんな思いを揉消すように、大男から視線を離す。
「2381番、Eクラスへの昇級を認定します。このチケットを地下二階のスタッフに見せてください」
そう審判がかけた声がわたしをどうにか正気へと引き戻す。
危ない危ない。変なスイッチ入るところだった。
審判に向き直って、チケットを受け取る。何の変哲もない紙切れ一枚。
ふーん、こんなちっさい紙なんていくらでも偽造可能に見えちゃうけど、その辺は大丈夫なんだろうか。
あー、でも偽造して別のフロアに上がっても、そのフロアに見合った実力がなければ即落ちるし、まあ死ぬだろうからその辺の対策は別に必要ないのかもしれない。
だってねえ、今わたしがいきなり地下7階とか行っちゃったら即ボロボロにされるだろうし。偽装によって得られる利益が全くというほどない。
そんなしょうもないことを考えながら、リングを降りて師匠の方へと向かう。
なんかなし崩しに師匠の存在を受け入れつつあるんだけど、マジで何なんだろうなあの人。何でわたし、初対面の犯罪者と割と仲良くなっちゃってるんだか。
まあそれはともかく。
初戦の勝利には成功。そして初めての対人戦闘経験もゲット。その結果わかったんだけどさ。
これ、わたし普通に強いわ。
いや、別に無双できるほどの強さじゃないよ? でも魔術なしで、純粋な身体能力だけで人間一人くらいはぶっ飛ばせるって思うと、まあまあいい線行ってない?
はー、実家での地獄のトレーニングこなした甲斐があったわ。
あと普通に、思ったより敵が弱いって話もある。このぐらいのレベルだと、軽く魔力纏わせた手でで殴っただけでも殺しかねない。さすがに騒ぎになるのは面倒。
とまあ、そんなことを考えながら、師匠の方を見やる。
えっと、師匠がいるのは入り口側のところか。うーん、このまま行ってもいいんだけど………。
師匠、こういう輩に絡まれたら、後先考えずに殺しちゃうような性格してそうだからなあ。それだったら自分で目立たずに処理すべきか。
それに師匠ってばよく目立つもんね。やっぱりこういう場合にはお引き取り願いたい。
例えば、後ろからずっとついてきてる見知らぬ男を、隠密下で処理したいときとか。




