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育てて売り飛ばせ!


 轟音のようにそこら中から、声援と口汚ない野次が飛び交っている。

 目の前には、たくさんのリングとその上で戦う男共がいっぱい。隣には爆美女の師匠が一人。

 

 なにこれ。カオスすぎだろこの状況。闘技場ってどこもかしこもこんな感じなの?

 高校の部室の暑苦しさを50倍にしたみたいな感じだよ。こんなとこずっといたら、男臭が染み付くわ。

 

 はあ、と息を吐きながら、さっき通過したばかりの入り口に視線を戻す。

 

 闘技場の受付から階段を降れば、このだだっ広い空間に出た。イメージとしては横浜駅の地下くらい広い。

 階段を降りて入り口すぐが第一フロア。F級の試合が、ざっと見るだけで50はあるリングのそこら中で行われている。


 そこから勝利を重ねてランクが上がっていくごとに、どんどん地下へと下っていくわけだ。地下2階はE級、3階はD級って具合。


 つまりわたしの目標階層は地下7階。そこまで到達しないと、この男臭い闘技場からの脱出は果たせないというわけ。


 溜息一つ。もう既に帰りたいー。

 

 あれだけ止めて来た受付のお姉さんをスルーして選手登録できたのは良かったんだけどねえ。もう既にやる気ゼロだ。なんか、この雰囲気は普通に好きじゃない。

 

 そう、あれだけ拒んでいた受付のお姉さんに選手登録をしてもらって、闘技場内に入ることには成功したのだ。どうにかこうにか。


 経緯はシンプル。師匠と軽く戦っていたところを見ていたお姉さんは、わたしの実力を認めるしかなかった。Sクラスファイターの師匠とそれなりに殴り合えたわたしの実力を。

 

 そう、Sクラスファイターの師匠、だ。

 

 このスーツ姿の一見強そうには全く見えない師匠、どうやらSクラスの選手だったらしい。


 たまーにふらりと闘技場に現れては敵を薙ぎ倒し、そしてまたふらりと去っていく。そういう愉快犯の最強ファイターとして大人気の師匠。


 ちなみに本人曰く、マジでただの暇潰しだそうです。


 まあそれはともかくだ、この闘技場において師匠の強さは知れ渡っているわけで。その知名度を利用するような形でわたしはここに登録してもらった感じ。

 

 まあこの辺を考えるなら、師匠とうっかり出会っちゃったことも、一緒に行動することになっちゃったことも、そんなに悪い展開ではなかったのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、また小さく溜息を吐く。


 ちょうど今わたしの目の前のリング、そこで汗みずくのムキムキお兄さんが吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。勝負あり。一本。


 そして賭けに勝ったり負けたりした人たちが外からヤジを飛ばす。


 うーるーさーいー!!

 

 いや、ここ、確かに実践経験を積むって意味では優秀かもしれないけどさあ。こんなか弱い女の子突っ込むべきじゃなくない?

 

 だし、地下一階のこのエリアの人たちを見るに、本当に武道家としてやってけそうなのは一割いないし。


 あとはただの筋肉の塊。ひ弱なわたしよりも数段劣る。正直雑魚ばっか。

 

 家帰りたーい。またそう思って恨めしげに入り口を見る。


 はぁ、一体わたしはどれだけの間この闘技場にいなきゃいけないんだろう。

 

「ねえ師匠、魔術を知らない子供がこの闘技場で、Sクラスまで上り詰めるのにどれぐらいかかると思う?」

「軽く見積もって2年じゃない?」

「に……」

「だってさ、あんた。ストレートに試合に全勝して勝ち進んでも、大体二、三ヶ月は掛かるんだよ? 身体強化魔術も使えないガキがC級とかB級相手に楽々勝てるとは到底思えないし、負けて勝ってって繰り返しながら、好意的に見積もって2年」


 はー、なるほどね。肩を落とす。


 この闘技場で階級が上がる条件はシンプル。ある階級内での勝利数が一定を超えたら、次のクラスにステップアップできるって仕様。


 FからEは1勝、EからDは3勝、DからCは5勝、CからBは10勝、BからAは20勝。


 そしてAからSの昇格はちょっと特殊。Aクラス内では勝利数は関係なく、運営側に『一定水準を満たしている』と認められればSクラスに上がれるわけ。


 何その一定水準て、て感じではあるけど。まあいい。それはいずれわかるだろう。


 とにかく大事なのは一つ。この闘技場でSクラスに成り上がるのはそれなりに厄介。


 少なくとも魔術を知らないジゼルがSまでクリアするのには、師匠曰く2年は掛かるそう。


 ということは。

 

「うわ、じゃあわたし、2年は家に帰れないってことじゃん」

「ああ、そっか。あんたの姉がここ全クリするまであんたも帰れないもんね。……2年ね。2年後のあんた、幾らぐらいになってるかなぁ。ちょっと見積もりとっていい?」

「ダメです」


 ケチ、とぶうぶう不満を垂れている師匠はスルー。それよりも今は現状の問題である。

 

 2年かあ、2年経ったらどうなるんだろう。兄さんの身体操作魔法無しでも二足歩行できるようになるのかなあ。


 ていうか2歳の子供って喋れたっけ?


 そもそもこの魔術掛けられてる状態でも普通に成長するんだろうか? 止まるとか言われたら、普通に泣ける。

  

 うーん、イマイチ系統魔術についてはよくわかんないんだよね。父さんは基礎魔術だけしか教えてくれなかったし、兄さんから断片的に聞いた知識しかない。


 てか、魔術についてもぶっちゃけよくわかってないし。早いところ教えてもらわないとな。


 さっき師匠が使ってた、糸みたいな魔術も謎だし。

 

 師匠の服の袖をちょんちょんと引っ張る。

 

「ね、師匠。そういえばさっき使ってたあのピンクの糸の魔術って何? わたし見たことないんだけど」

 

 そう尋ねると、師匠に不思議そうな目で見られて、それから品定めするような目つきへと変わる。

 

 あ、まただ。


 さっきからたまーに師匠はこういう顔をする。


 わたしを商品として鑑定しているのとはまた違う、ちょっとだけ苛立ったような顔。

 

「あんた本当にイーゼルから教わってないの? 系統魔術の中でも簡単な方に当たると思うけど」

「系統魔術に関してはほぼ何も教わってない。あ、感知魔術って言うのはちょっとだけできるけど。わたし、なんか得意みたいだから」


 感知魔術とは、兄さんに半分殺されかけた時にうっかり発動した、魔力で周辺情報を全部認識する魔術のことだ。


 感知魔術を発動していれば、わたしの魔力が伸ばされている範囲の全てのことがわかる。

 残念なことにわたしの脳の処理能力じゃ、まだその全てを理解することはできないけどね。


「まあでもマトモに使えるのは感知魔術だけかな。あとは練習もしたことないし」

「へぇ。なるほどね」

 

 首を横に傾げながらそう返すと、ますます師匠の目つきが肉食獣へと近づく。ていうか、超えてる。

  

 思わず目線に気圧されてジリジリと後ろにあとずさると……って!

 

 また腕を掴まれているような感覚。今度はわざわざ探らなくたって見える。

 

 睨み付けるように師匠を見ると、その右手はわたしの腕に向かって伸ばされている。でも、手は触れてない。

 

 つまり、魔力の糸を使ってわたしの身体を抑えてるってことだ。

 

「これさ、放出魔術の一種なの。練った魔力を細く糸上に変形させて、対象に放出して付着させる。便利だよね」

「そうだね。便利なのはわかったんだけど、わたしの身体で実演する意味あった?」

「もちろん。あんたがやっぱり、才能だけはあるくせにそれを全く活かせてないクソガキであることがよくわかった」


 そう師匠は、髪を掻き上げながら目を細めた。


「感知魔術が使えるなら、常に全方位を警戒して意識を払っていればアタシのこんな糸に囚われることはない。じゃあなんでアンタは二度も、アタシのこの魔術に引っかかったのか。……アンタが油断しているから」

「ゆ、だん」

「そう。アタシはそれが気に食わない」


 怒ってる。たぶんめちゃくちゃ。


 闘技場の人混みの隅っこで、蛇に睨まれたカエルみたいに小さくなる。


 師匠がくるりと指を回転させると、またぎちりとわたしを拘束する糸が強く締まった。


「あんたはアタシより魔力量も多いし、その歳で基礎魔術は使いこなせるくらいの才がある。その才をもっと死に物狂いで磨けば遥かに強くなるはずなのに、あんたには強くなろうって意思がない。……そういう、磨けば光る宝石が原石のまま大人しくしてるのがアタシは許せない」


 目をぱちぱちさせながら、師匠が何を言いたいのか必死で脳内で翻訳する。


 つまりは師匠は、わたしが持っている能力や才能を活かせずに弱者に甘んじているのが嫌なんだ。


 適切にカットされれば光り輝くダイヤになれるはずなのに、ただの汚い石っころに甘んじているわたしを師匠は許せない。なんでだろ。うーん、わかんない。


 でもそれが、たぶん師匠の美学なのかな。


 その素材が一番輝き、一番の高値を付ける状態まで押し上げたい。そういう欲求が師匠には多分ある。


 そうして育て上げた素材を、最高値で売り飛ばす。それが師匠の趣味。


 悪趣味ー。最悪人間じゃん。そう頬を膨らます。


「じゃあ師匠は今、わたしをツヤツヤキラキラのダイヤに育て上げたくて仕方ないってこと?」

「そう」

「それでキラキラになったわたしをどうするの?」

「売る」

「やっぱそうか」

「何にせよ、今のあんたの油断しかしてない姿のせいで本気になっちゃった。……ねえヘイゼル」


 師匠の怜悧な水色の瞳が、うっすら微笑む。


「さっきは半分冗談で師匠になってやるとか言ったけどさ、ちょっと本気でやるわ」

「な、にを!?」

「2年。この2年であんたを本物の魔術師にアタシが育て上げる。容赦はしない。死に物狂いで、最強になってもらう」


 そして師匠は、うっとりとわたしの顎に手を掛けた。


「それで2年後、アタシはあんたを売り飛ばすの。イーゼルを敵に回すとか、もうどうでもいいや。そうね、あんたはそこかしこに噛み付く野良犬だから、生きたまま売るのには向いてないかなぁ。……その綺麗な眼球も、臓器も、魔力炉も全部取り出してオークションにかける。外側は剥製にでもすればとんでもない値がつくだろうなぁ」

「まっ、て。師匠……?」

「久々に最高の商品に出会えた。どうしよう、ヘイゼル。今アタシ、こんなに高揚してる(イッちゃいそう)


 そうわたしの右腕は師匠の糸によって強制的に動かされ、師匠の心臓の上に置かれる。ばくばくと脈動が皮膚越しに伝わる。


 師匠のその脈動ととろけるような笑みを見て、理解した。


 この人、イカれてる。


 快楽殺人犯のような。そんな感じ。師匠はヒトを売り飛ばすことに快楽を感じる異常者らしい。


 可能な限り高く。可能な限り美しく。可能な限り強く。自らの手で丹精込めて育て上げたそんな立派な弟子(しょうひん)を、殺して解体して皮膚の一片まで売り飛ばす。


 その瞬間を夢想して、師匠はこうも官能的に身を捩らせている。


 恐怖で凍りついた頭の中で考える。だめだ。不味い。この人の狂気の前じゃ、兄さんもヘレンザック家も何のストッパーにならない。


 このままじゃわたし多分、本当に2年後に殺される。


 最悪。神様、何でわたしにこんな不幸ばっかり与えるの。


 生まれ変わった家はイカれた暗殺一家だし、出会った師匠は狂人の人身売買フェチ。もう変な祟り神でも付いてるとかしか思えない。お祓いしたい。


 とにかく、わたしは今この状況をどうしたらいいんだ。手首に巻きついたままの師匠の魔力は引き剥がせない。


 今度こそ師匠はわたしを逃すつもりがない。


「……師匠は本当に、2年後にわたしをバラバラ死体にするの?」

「勿論。ああ、それまでの間あんたをちゃんと育ててやるってのは嘘じゃないから。アタシ、売り飛ばす瞬間の快楽のためならどんな苦労も惜しまないタイプなの」


 ふうん。そっか、なるほどね。息を吐く。


 現状を正しく認識する。今わたしはこのとんでもない格上の師匠にマーキングされていて、師匠はわたしを手放すつもりがない。つまりはわたしは逃げられない。


 いつかわたしを殺すために、師匠はわたしを飼うつもりなのだ。


 ……でも、そのいつかは2年後。そう、今すぐじゃない。背中の裏で拳を握る。考えろ。死にたくないなら。


 わたしは師匠の狂気に満ちた瞳を見つめ返した。余裕そうに。恐怖なんて少しも感じていない顔で。虚勢って大事。


「ねえ師匠、じゃあ例えばさ」

「うん」

「2年後に、わたしが師匠より強くなってたらどうする?」


 それを聞いて、師匠の目が一瞬虚を突かれたように瞬かれる。それから、今のわたしの言葉を正しく理解して、口角が上がった。


「……本当に活きのいいガキ。最高に趣味に合う」

「どうも。でもさ、わたしってば自分で言うのも何だけどすごい才能でしょ? そんなわたしが2年も師匠に師事してたら、多分師匠より平気で強くなるよ。そんなわたしを、師匠は2年後殺せるの?」

「いい啖呵だね。そうね、ヘイゼル。その可能性をアタシは否定しない。だから、こうしよう」


 師匠はわたしを抱き寄せると、その耳元に怪しく囁いた。師匠のやわらかい肉が、わたしにぴったりと押し付けられる。


「アタシは今から2年、あんたを何の手心も加えず育てる。アタシの全てを持って、あんたを最強に仕立て上げる」


 それで、と師匠の声が妖しく潜められた。


「それで、2年後。2年後の今日、アタシと殺し合おう。 きちんと育ったあんたが師匠超えを果たしたなら、好きにすればいい。アタシのことは煮るなり焼くなりご自由に。でもあんたが失敗したら、アタシはあんたを売り飛ばす」

「――いいよ、そうしよう。契約成立ね」


 わたしがそう微笑むと、師匠はわたしの額に唇を落とした。マーキングするみたいに。


「本当に最高の弟子(しょうひん)。つまみ食いしないように気を付けなきゃ」


 こうして、わたしと師匠の間の歪な師弟関係が築かれた。


 

師匠はバイです

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