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お師匠様のこと

 何かに気づいたようにじいっとわたしを見つめたお姉さんは、ふと思い出したようにぽんと手を叩いた。


「あ、あんたもしかしてヘレンザック家の人間?」

「……は?」


  や、なんでいきなりバレた。冷や汗が背中を流れる。マズいぞ。


 ただでさえ商品価値が高いわたしが、その上ヘレンザックの血筋効果をプラスされたらとんでもないことになる。


 あー、どうしようー、と黙りこくったわたしを気に留めることもなく、お姉さんは一人で頷いた。


「なるほどね、こんなちっちゃいガキがそれなりの魔術使ってるから変だとは思ったんだよね。ヘレンザックの子なら納得」

「……なんで分かったの」

「その目。目の色も、あとよくよく見ると顔立ちもなんとなくあんたイーゼルに似てるし」

「兄さんを知ってるの!?」

「そりゃ知ってるさ」


 お姉さんは、そう胸を張った。


「アタシの専門は『生きてる商品』の取り扱いだけど、たまには臓器だとか眼球だとかさ、そっち系統にも手を出すわけ」

「……普通に犯罪じゃん」

「で、そうなると殺しが絡むでしょ? なんで、イーゼルに依頼出してみたり、逆にイーゼルの仕事手伝う代わりに目玉だけもらったりね。ビジネスパートナーってやつ」

「びじねすぱーとなー」


 人身売買組織構成員と暗殺者のビジネスパートナーか。犯罪のダブルコンボ二乗じゃん。


 凶悪とか、もうそういう話じゃないって。


 そんなわたしのツッコミは置いてけぼりに、お姉さんは熱々のアスファルトに転がったままのわたしの手を取って助け起こしてくれた。


 わ、急にやさしい。


「ったく、ヘレンザックの子なら最初からそう言ってくれれば手出さなかったのにさ。流石にイーゼルに喧嘩売る気ないし」

「じゃあわたしを売り飛ばすのはナシになった?」

「当然。アタシもそこまで命知らずじゃないよ」


 うん、そのお姉さんの判断は正しい。


 だってほら、わたしに手を出すということはヘレンザック家の所有物に手を出すということ。


 そんなことしたら犯人は兄さんにフルボッコにされるだろう。楽には死ねないだろうなー。


 まあそれはともかく。


 ふう、と崩れた袂を整えて息を吐く。とりあえずピンチは免れた。


 この激ヤバつよつよお姉さんが偶然兄さんと知り合いだったおかげだ。兄に感謝しよう。


 ピンチ回避。じゃあ次は何か。逃走だ。


「よし、じゃあわたしはこれで! さようなら! もう二度と会わないといいですね!」


 そう手を振ってそそくさとお姉さんから踵を返して逃げようと走り出したら、3歩も進まないうちに身体が強制的に止まる。


 ううう。やだよお。嫌な予感しかしないよお。


 そんな気持ちで半泣きで後ろを振り返れば、お姉さんはわたしの背中に向かって人差し指を伸ばしていた。


「まあ待てって、アタシもう少しあんたとはおしゃべりしたいことがあんだよね」


 お姉さんの指先から伸ばされた、ピンク色の魔力が見えた。


 その魔力はわたしの背中とお姉さんの指先を糸みたいに繋いでる。


 いつそんな糸を結びつけられたのか。ぜんっぜん気づかなかった。


 冷や汗をダラダラと垂らし始めたわたしを引き寄せるようにお姉さんが指を引く。


 と、わたしの身体は一気にお姉さんの方へと引きつけられて、腕の中に転がり込んでしまう。


 逃走失敗。無事確保されちゃった……。


「ねえあんた、なんでこんなとこいんの?」


 お姉さんは腕の中のわたしにそう問うた。答えるまで逃しません、みたいな感じで目が猫みたいに尖る。


 もういっか、別に何も隠さなくても。大人しく自白しよ。


「兄さんに言われて来たの。三ヶ月後くらいにわたしのお姉ちゃん……ジゼルが闘技場に叩き込まれる予定なんだけど、その前にSクラスファイターになっておいて、ジゼルが到着したら監視任務って」

「ああ、なるほどね。じゃあやっぱりこの闘技場目当てだったわけか」

「そりゃね。そうじゃないとこんな辺鄙な路地裏来ないでしょ」

「正しい。……ね、じゃあさ。あんたちょっとアタシとしばらく一緒に行動しない?」


 は? 何で? 一個も意味がわからないんですけど。


 お姉さんは、地下闘技場の受付を指差した。


 その受付から地下に下っていった先が目的地。わたしのお目当ての場所、なんだけど。


「アタシも最近この闘技場入り浸ってんだよね。暇つぶしにちょうど良くてさ」

「……へえ」

「でもやっぱ雑魚殴ってても楽しくないでしょ? ほんっとに最近退屈でさ〜。そんなとこにあんたみたいな面白いオモチャが飛び込んできたわけ」

「わたしはオモチャじゃないです」

「あんた、観察してるだけでも面白そうだし。あ、じゃあついでに魔術でも体術でもなんでも教えてやるからさ。師匠、ね? あんたの師匠やらせてよ」

「何それ」


 何そのめちゃくちゃな話。


 古今東西、師匠には弟子が頭を下げて入門するものであって、師匠側から売り込みに来るケースってあってはならないと思うんですけど。


 もー、本当この人意味わからん。意味わからんけど、めっちゃしつこい。


 ほらだって、今もわたしがイエスって答えるまで絶対に離しませんって顔してるもん。


「お願い! ね! あんたの兄さんの知り合いなんだから怪しくもないでしょ?」

「怪しいよ。だって人身売買してるじゃん。めちゃめちゃ怪しいって」

「お願い!」

「てかなんでそんな……教えるだとか師匠だとかさ。お姉さん側に全然メリットないことやりたがるの?」

「将来的に高値がつきそうな商品とはやっぱり繋がり作っときたいし、あんたを鍛えれば鍛えるだけあんたを売り飛ばした時に入る金の量が増える」

「まだわたし売ろうとするの諦めてないじゃん!!」


 守銭奴、守銭奴だ。目の中にコインの絵柄が見えてそうなくらいの守銭奴だ、この人。


 わたしがヘレンザックの子だとわかってもまだ諦めないネバギブ精神にはちょっと尊敬すらできる。嘘。しないけど。


「……マジで言ってるの?」

「いつだってアタシはマジだよ。ほら、早く頷いてよ。アタシ、高く売れそうな商品を自分で磨いてる時間が一番好きなの」

「だからわたしは商品じゃないんだってば」


 その何度目かもわからん反論は聞き流される。


 ああ、ダメだこれ。これ絶対、わたしが頷くまで話が終わらん。


 ……んー、まあ別にそこまで酷い話でもないしね?


 だってほら、このつよつよお姉さんに戦い方だとかを色々教えてもらえるのはわたしにとってメリットだし。


 実際はお姉さんが食べる用の家畜に餌をやるみたいな動機で行動してたとしても、まあ別にそれもそれでいい。


 だって現実問題、お姉さんはわたしの後ろに兄さんがいる限りわたしに手は出せないはずだもん。


 商品としてマーキングはされつつも、それなりの安全圏にいられる。兄さん様々。


 つまりはメリット大。デメリット小。結論は出た。


「……わかった、いいよ。闘技場にいる間はお姉さんと一緒に行動することにする」

「物分かりのいいガキは嫌いじゃないよ」


 そうお姉さんはふふん、と鼻を鳴らした。それからやっと腕の中から解放される。ふう、息がしやすーい。


 あ、そういえば。


「ねえ、お姉さん名前は何て言うの?」


 これから一緒に過ごすなら名前ぐらい聞いとかなきゃね。


 これだけ会話しといてまだお互いまともに名乗りあってもないっていう。


「ああ、アタシ? ブルーよ」

「ブルー? そのまんまじゃん」


 青髪のお姉さんの名前がブルーって、何それ。と、呆れた目を向ければ、お姉さんはちょっとだけ寂しそうに笑った。


「親につけられた名前がないからね。だからアタシは実質名無しなんだけど、でもそれじゃあ不便でさあ。自分で適当に付けたの」

「ふうん」


 なんか重そうな過去だ。まあいっか。こんな初対面で掘り下げて聞くことでもなさそうだしスルーしよ。


「なら師匠って呼ぶことにする」


 わたしがそう言うと、お姉さん……師匠は何度か目を瞬いた。


「いいね、それ。……じゃあヘイゼル、これからしばらくの間よろしくね」


 そう師匠とわたしは真夏のアスファルトの上で握手を交わした。

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