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おはよう太陽、さようなら平穏

『地下闘技場は身分証明を一切必要とせず、ただ戦えば金が得られる、腕に自信があるものにとっては最高の舞台。ファイターはFからSまでのランクに戦績によって位置付けられ、階級が上がるごとに待遇が良くなる。武器も殺しもなんでもありの乱闘場』

 

 兄さんから聞いた地下闘技場の基礎情報を脳内で再生しつつ、トボトボとアスファルトを進む。

 

 そう、アスファルトだ。アスファルトなのだ。

 

 真上には燦々と輝く太陽。と、をここまで連れてきたヘレンザック家のプライベートヘリ。わたし、流石に実家太すぎ。


 さすが大国の首都だけあって街にはビルが立ち並び、煌びやかなお兄さんお姉さんたちが清潔な道を歩いている。


 のだけれども。


 そんな人たちとは逆方向をくるりと向いて、日陰の路地裏へと進む。


 何故ならばわたしの目的地はとっても素敵なデパートなどではなく、裏側の闘技場だからだ。


 暗殺者ってのはどこまで行っても裏業界ってわけ。


 とぼとぼ据えた油の匂いがする裏路地を歩く。あー、わたしもあっちの涼しそうなビルで美味しいパフェとか食べたいよー。


 とか言っても現状は何も変わらないので諦めよう。

 

 ていうか思ったより着物って歩きづらいな。


 おばあちゃんからもらったお下がりの着物の袂を蹴っ飛ばす。うー、このバッカみたいに暑い天気も着物もぜんぶイライラの原因。


 兄さんの肉体操作魔法によって成長促進され、スーパー美少女ボディに変貌を遂げたあと、とりあえず何かわたしのサイズに合う服はないかな〜って母さんとおばあちゃんに聞いたわけよ。

 

 したらさ、母さんはフレンチロリータ真っ青のフリフリドレスを出してくるし、おばあちゃんは和服しか出してこないし、究極の二択を迫られたの。


 ドレスと着物、どっちがマシか。わたしのこの日本人形そっくりの美少女フェイスにはまだ着物の方が似合いそうだったから、おばあちゃんの方を選んだん、だけどさ!


「あっつい!」


 そう八つ当たりみたいに叫べば、すぐ隣を歩いてたムキムキお兄さんが一瞬ビビったみたいにこっちを向いた。


 おう、すまん。そうよな。こんな和服美少女が急に叫び出したらびっくりしちゃうよな。

 

 ぐるりと周囲を見渡す。

 

 周りには、今ビビったお兄さん以外にも明らかにカタギじゃなさそうな愉快なひとたちがいっぱい。武器保有率の異常な高さについて小一時間ぐらい議論したいところだ。

 

 ていうかわたし、今からここに殴り込みにいくってのに武器とか持ってないんだけど。ステゴロ上等タイプの和服美少女になんなきゃいけないの? 


 流石にキャラ濃すぎじゃない?


 なんて戯言はともかく。


 まあわたしの最大の武器はどう考えてもこの魔術だし、そもそもある程度きちんとした体術を身につけるまで武器を使うことは父さんから禁止されてる。


 スパルタストイック教育なわけよ。手一本で首を飛ばせるようになるまでは武器封印。これだから我が家は。


 まあそれはいい。問題は、わたしは武器なしの基礎魔術しか使えない現状で、この完全武装お兄ちゃんたちと戦って勝てるのかってこと。


 せめてな〜、兄さんみたいにある程度系統魔術を使えればいいんだけどね〜。


 この間火事場の馬鹿力で感知魔術と固形魔術はちょっとだけ成功した、けどまだまだ実戦で使えるレベルじゃない。


 なんてったってわたしはまだ基礎魔術をどうにか覚えたばかりのピヨピヨひよこちゃんなので、系統魔術とかのことを考える資格すらないのよ。


 んなことしてる暇あるならいいから修行に励め的な。人生は世知辛い。


 はー、怖いよー。せめてナイフの一本でもあればそれに魔力付与して戦えるのになー。まあ今のわたし、ナイフ一本買う金すらない一文無しなんだけど。


 ……まああれよね、戦ってファイトマネーでなんとかせいってことよね。ヘイゼル、よくわかります。


 生まれてこの方このイカれ家族と散々付き合ってれば、何考えてるかぐらいお見通しになっちゃうってワケ。

 

 まあいいや。早いとこ戦って勝って、金を手に入れれば問題ないのだよ。そうそう。

 

 じゃあそうと決まれば、早いとこ中に入っちゃおう。このままここで佇んでたら日照りで死ねる。燃える。

 

 明らかに目つきが凄いおじさんとか、懐にナイフ隠し持ってるお兄さんとかの間を縫って、受付のお姉さんの前に立つ。

 

「すみません、選手登録をお願いしたいんですけど」

「え? あ、あなた何歳?」

「……何歳、なんだろわたし?」

「もう、良いから子供がこんなところに来るんじゃないわよ。早く親御さんのところに帰りなさい」

「や、だからわたし、選手登録したくて」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 お姉さんにとてつもなく怪訝そうな顔をされて、それからすごい止められる。


 そっか、わたしってまだ未就学児ぐらいの見た目だもんなあ。そりゃ止めるか。

 

 んー、でもここをどうにかしないと中に入れないわけで。そうするとお仕事できないわけで。

 

「とにかく親御さんが心配するし!」

「あー、それは大丈夫です〜。むしろ親に行って来いって突っ込まれた感じなので」

 

 そう何気なく言うと、お姉さんが絶句する。おかしいな、ここは笑うとこだと思うんだけど。なんかめちゃめちゃスベッた。


 うーん、まあでもそうか。急なネグレクトか、もしくは虐待の危険ありの話ぶっ込まれたらそうもなるか、普通。


 なんかヘレンザックの常識のせいで、ちょっとずつ一般世間からズレ始めてる気がする。


 まあそれはいい。今に始まったことじゃないし。それより目の前の、わたしの入場を拒むお姉さんをなんとかせねば。

 

 うーん、どうしよう。まさかここでこんなに詰まるとは思わなかった。

 

 むむー、と打開策を考えていると……いると!?


 ふと、背後からとんでもなく強い殺気を感じた。


「へえ、すごいじゃん。ガキ、あんたいくつ? その年にしちゃすっごい魔力の量。練度は浅いけど、()()()()()()()()()()()

 

 ぞわりと背筋が凍った。

 全身のすべての感覚神経がアラートを鳴らした。今すぐ逃げろと。

 

 魔力が即座に加速して、臨戦体制へと入る。

 

 声がしたと思われる位置から飛びのいて、5mぐらい距離を離す。


 そして、完全に警戒した状態でその声の発信源を見ると。

 

「その反応もいい。いい値段が付きそうだ。誰かに戦闘時の立ち振る舞いも仕込まれてんの? アタシに全く気づかなかった探知能力はお粗末だけど、危険からの反射回避速度はまあまあいい」

 

 青髪の、女だった。


 ねっとりとした魔力。おぞましい殺気。

 本能的に理解する。この人は。

 

 

 兄さんと同じくらい強い。

 

 

 おばあちゃんや父さんや兄さん。途方もなく強いあの人達と同じくらいの魔力の練度。

 勝てない。勝てる未来が見えない。逃げたい。でもそれも敵わない。

 

 あの時の兄さんと同じぐらい、怖い。

 

 死にたくない。

 頭を駆け巡るのはただそれだけ。硬直したかのように、体が動かない。

 

「に、いさん」

 

 兄さん、助けて。

 思わず口がそう動く。今ここに兄さんはいないのに。


 馬鹿か、落ち着け。命の危機で誰かに縋るな。


 死にたくないなら、自分で戦うしかないってわたしはもう分かってる。


 息を浅く吸って、吐く。落ち着け。落ち着け。大丈夫だ。

 

 だって兄さんに操作魔法をかけられて、自我のない人形になりかけた時。あの時もちゃんと生き延びられた。それはなぜか?

 

 冷静に考えられたからだ。

 

 冷静になれ。

 

 頭に酸素が回る。硬直していた体が動きを取り戻す。


 女。馬鹿みたいに高いハイヒールに包まれた足に、とんでもない高級品であることが見るだけでわかる黒のスーツ。

 

 こんな路地裏には全く似つかわしくない。


 女はまた一歩わたしとの距離を詰めた。


「見栄えのいいガキはそれだけで結構な値になんだよね。その上魔力持ち。……あんた一人でアタシの今月の売り上げランキングトップは堅い」

「……誰、お姉さん」

「へえ、パニックから平静になるまでも早い。いいね。5点加点」


 ぺろりと女は唇を舐めた。わたしを値踏みするように全身を女の視線が眺める。

  

 思わず下がろうとしてしまう足を、無理やり止める。この人は多分、今が背中を向けたら、即座に殺す。根拠はない。でもそうわかる。


 ここに踏みとどまることが、わたしの最低限守らなければならない条件。死にたくなければ。


 地下闘技場の目の前。そこに入る前に、わたしはとんでもない女のターゲットにされてしまった。

 


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