表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/22

あなたをここに縛り付けるもの

 兄さんの瞳の中のぐるぐるをじっと見つめれば、兄さんは困ったように首を傾げた。

 

「あ、わかった?」

 

 うん、薄々だけどね。

 

 話の内容にはそぐわないほどの軽いトーンで言葉を返す。と言っても脳内でですが。

 

 最初に違和感気づいたのはいつだったっけ。確か初めて訓練室に兄さんに連れられた日。

 

 あの日、兄さんの手を握ったあの瞬間、兄さんの無表情が一瞬揺らいだような気がした。


 困ったような、微かな笑み。それがそっと浮かべられたような気がした。

 

 でもそれはほんの一瞬の出来事で。そのかすかな表情は一瞬にして消えて、無表情へと戻った。


 その表情の変化はどこか……機械的だった。誰かに感情を操作されているロボットのような。


 兄さんは、感情の発露を決して行わない。そういう風に自身を操作している。


 ……つまりは多分、兄さんの脳みそには既に思考誘導が掛けられているのだ。個人的な感情を全て消し去って、機械的な暗殺者として生きることを強いるような。

 

 それが自分自身によるものか、はたまた他の誰かによるものかはわかんないけど、でもその呪縛は兄さんがわたしにやろうとした操作魔術と同じ効果を持っているはず。


 精神操作。マインドコントロール。自分自身の気持ちより、このヘレンザックの家を優先するという思想の植え付け。


 家のためだからと、躊躇いなく人を殺せるようにするための洗脳。

 

 だから兄さんはいつも無表情で、いつも感情がないかのように振る舞う。自分よりヘレンザック家を優先する。本人の意思などないように装って。

 

 多分あのぐるぐるが見えてる時は、兄さんの深層意識が抗ってるときなんじゃないかと思ってる。


 兄さんの本音はそんなことをしたくないのに、ヘレンザック家のためにしなきゃいけない時。そんな時、兄さんの瞳にはくろぐろとした呪いの痕が見えるのだ。

 

 例えば今みたいにわたしを………大切な妹を、家のために意思のない人形に変えなきゃいけない時とか。


 そういう時に兄さんの目にはぐるぐるとした渦が現れる。

 

 本心と反した行動。それを無理に行うために自分で自分に掛けた精神操作。

 

 そんなことをしないとでもできなかったんだろうなあ、殺人。多分、本来の兄さんは素面で人を殺せないほどの善人だったのだろう。


 けれどもこの家に生まれた以上、わたしたちは自分自身の道徳観念を追求する自由を剥奪されている。わたしが目覚めた最初の日に、おばあちゃんに脅されたように。


 殺さなければ、殺される。


 けれども兄さんは人殺しができるほど歪んでなかった。だから操作魔法で後天的に精神を歪めた。

 

 そんなにこの家のいろいろなことに抵抗感を覚えてるなら、自分で呪縛を解いて家を出ればいいのに。

 

 そう考えちゃうのはわたしがまだこの家に生まれてから一年も経ってないからなのかな。それとも別の何か理由があるのか。

 

「……殆ど正解。でも一点だけ間違い。これは……この精神操作は俺が自分でやったんじゃないよ。やったのは母さん。ヘレンザック家の後継者候補には代々こういうものがまだ魔術も知らないうちに仕込まれるの。もちろんジゼルにも」

 

 兄さんの口から唐突に語られる虐待話に呆然とする。いやまあ、この程度今更なのかもしれないけどさあ。

 

 ていうかヘレンザックの後継者候補?


 なにそれ。だってこの代の後継者はジゼルってみんな言ってる……。

 

 あ、違う。

 兄さんに後継者候補でもないのに、そんな操作魔法がかけられてる理由。それは。

 

 わたしがその答えに思い当たると同時に、イーゼル兄さんの口の端が歪む。

 

「そう。ジゼルが生まれるまで、俺が後継者の予定だったの」


 その最悪の答えに、わたしはそっと息を吐いた。

 

 イーゼル兄さんとジゼルの歳の差は、8つだ。ジゼルは8歳。兄さんは16歳。


 だからジゼルが生まれるまでの8年の間、母さんたちの期待は兄さんに向けられていたに違いない。

 

 だってそりゃまあ兄さんってココロねじ曲がってはいてもめちゃめちゃ強いし。ていうかねじ曲がってるの多分母さんのせいだし。

 

 兄さんが生まれてからジゼルが生まれるまであと8年。あまりにも開きすぎてる。

 

 兄さんとジゼルの生まれる順番が逆だったら。それだったら兄さんは多分わたしと同じ扱いで済んでたんだろう。


 次期当主を支えるための奴隷教育だけで済んでた。


 でも、現実はそうじゃない。8年間後継者としての教育(せんのう)を施されて、その上で才能溢れるジゼルの誕生とともに次期当主の席から引き摺り下ろされた兄さんは軌道修正不可能なほど狂ってしまった。

 

 そこまで考えると、なんかもうこの家がとてつもない魔境のように感じられる。


 本当に最悪だよ。結構本当に今すぐ脱出できるもんならしたい。無理だけど。

 

 ていうか兄さんと母さんだったら兄さんの方が強いじゃん。なんでその操作魔法解かないの?

 

 もうこの家にはジゼルがいるんだから、兄さんが縛られる必要ってなくない?

 

 そう脳内で問いかけると、兄さんが一瞬不思議そうな顔をする。

 

「解いたら、多分俺の精神が保たない。てか壊れる。ヘイゼルぐらいの年齢の時からずっと思考誘導を受けて、その通りに行動して、母さんの思想を刷り込まれてきた。今更その思想壊して、今までの行動を……今までの殺しの全てを自分のものとして受け入れられるぐらい、俺の元のココロは多分強くないし」

 

 あまりにも辛すぎる、死刑宣告の一歩手前みたいなことを兄さんはさも当たり前のように言った。

 

 この家に生まれてしまったが最後、わたしみたいに期待されないようにしないと、問答無用でこの家に縛り付けられる。


 イーゼル兄さんもジゼルも逃れないようもないぐらい深い、精神っていう部分で、結局家に結びつけられちゃってるんだ。

 

 確かにヘレンザック家の繁栄っていうその一点だけを見た場合、それは正しい判断にも思える。

 

 でもわたしは前の世界の道徳観念とかそういうのを引き継いでいるわけで。それを軸として考えた場合、この家の行動は正直言って理解しがたい。

 

 端的にまとめると、マジ無理。逃げたい。って感じ。

 

 だってそうだよ! わたしそんな命かけてまでこの家に尽くしたくないよ! 普通な人生送りたいってあれだけ言ってるじゃん! アホなの!?

 

 早く。早くこの家を出れる力を身につけないと。

 

 そうじゃないと、わたしにいつこの家の魔手が迫ってくるかわかんない。ていうか実際に兄さんに操作魔法掛けられそうになったし。

 

 てかどうするんだよその精神操作魔法。いつまでもあんなヤケクソの交渉で逃げられるわけないぞ。


 あれ、ほとんど不意打ちみたいなやつだからね!? 二回目が成功するとかあり得るわけがないから。

 

 願わくは、兄さんがもうこれでわたしを従順な犬に仕立て上げるのは諦めてくれることを………。

 

 兄さんに向かって手のひらを合わせて拝むと、心底呆れたような目で見られる。

 

「それさあ、俺が受け入れたところで俺が得られる利益なんにもないじゃん。むしろマイナスだよね。だってヘイゼル、操作してないとこの家から全力で逃げようとするでしょ」

 

 ……ひ、否定はしない。けど、でも。

 

 わたしはとにかく操作されたくなくて、それで兄さんはわたしに言うことを聞いてもらいたい。

 

 じゃあ、わたしを操作せずともわたしがある程度言うこと聞いたら全部オーケーなんじゃないだろうか。てか、そうじゃないとイヤ。


 操作されたら兄さんと同じ運命を辿ることになる。そんなのわたしは嫌だ。

 

 わたしはわたしが思ってるほど心が強いわけでも、殺人に抵抗感がないわけでもないと思う。そんな状態で無理やり精神操作されて殺人なんてさせられたら、文字通り心が折れる。バキッてなる。

 

 そうなったら、自由なんてどこにもない。死んでもこの家に従い続けるしかない。

 

 うわー、改めて考えると本当に無理。わたしそういうの向いてないもん。誰かに仕えるとか死んでも嫌。

 

 首をフルフルと横に振りながら、兄さんの腕にぎゅっとしがみつく。


 ふっ、これで手は動かせまい! 大人しくわたしの提案を受け入れることだな!

 

 いや、ほんとお願いします。できる限り言うこと聞くよう努力するんで。洗脳とか思考誘導とか怖すぎるんで勘弁。

 

 死にかけの病人が医者にすがるように、兄さんの温情に全てをかける。ん? 兄さんに温情なんてあるんだろうか?

 

 ………ま、それはともかくだ。知らない知らない。

 

 そんなわたしの死に物狂いの願いが通じたのか、はたまたただの気まぐれか。


 いや、多分後者だけど。

 

「……わかったよ。今から提示する条件を呑めるなら、お前に洗脳は施さない。これは契約だから、俺が破ることはない」

 

 何かを諦めたように、ていうか面倒くさそうに、兄さんがそうボソリと言う。


 いよっしゃ! これで生き延びられる!


 ニコニコと満面の笑みを浮かべると、兄さんにすごく呆れた目で見られた。解せぬ。

 

 まあそれはともかく、条件ってなに?

 

「全部で2つ。一つ目は、今後どのような立場にヘイゼルが立ったとしても、ヘレンザック家に歯向かう行為はしないこと」

 

 ふんふん。それぐらいはまあ言われなくてもって感じだね。


 さすがにわたしだって兄さんとか父さんとかおばあちゃんの強さは理解してる。願わくは敵に回したくない。

 

「二つ目、今からジゼルが成長するまで、俺の命令を遵守すること」

 

 んー、これもある程度予測はしてた。

 

 ただこの命令っていうのが、結構怪しい。だって極端なこと言えば、今兄さんがわたしに死ねって言ったら死ななきゃいけないってことになるもん。どの程度までを含むのかってとこを明確化してくれないとやだ。

 

「ヘイゼルが明らかに身体及び精神に異常を来すであろう命令はしない。実行不可能なことも」

 

 うん、それなら呑める。そう思って、首を一度縦にふる。


 契約成立。


 わたしはこれから兄さんの下僕。ちょっとばかり反骨心は抱いているかもしれないけど、そこは諦めてくれ。命令はちゃんと聞くからさ。

 

「OK、じゃあ早速最初の命令なんだけど」

 

長い髪を泳がせながら兄さんが放った命令は。

 

「地下闘技場、行ってきて」

 

………は?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ