おはよう血みどろ人生
脳死で読める頭ゆるゆるチート転生ファンタジーだよ
拝啓、前世の平凡な日々へ。
私、魔術師に転生しました。今は暗殺者やってます。
転生先では家族に殺されかけたり、師匠に殺されかけたり、知らない人に殺されかけたりの毎日で、ちょっとだけ大変だけど、でも頑張ってるよ。
もうきっと私は、そっちの世界に帰ることはない。前世を懐かしむこともしないと思う。
だって私は、こっちの世界でどうしても成したいことがあるから。そのために、私はこっちの世界で頑張って生きていくって決めたの。
だから、さようなら。わたしの平穏で幸せな人生。
♢
極めてありきたりな私の人生は、極めて平凡に幕を閉じた。
トラックにばーんと思いっきり跳ねられて、紙屑のように空を舞う。アスファルトに着地。出血多量。死亡。火葬場に運ばれて、はいさようなら。享年20歳。以上、完。
……だったはずだけどな〜。おかしいな〜。
おかしいよね。きちんと私は灰になるまで燃やされて死んだはずなのに。なのになぜ、まだ意識が残ってるんだろうか。
人は死んだら終わり。三途の川は一方通行。だよね。じゃあ今わたしが直面してるこの現象はなに?
どなたかー、事情説明を願いまーす。
天井に向かってそう唱えてみても返答ナシ。残念。最初に神とかによるガイダンスがあるタイプの異世界転生じゃないみたいだ。
まあいいや、とりあえず一旦さっきまでのことを思い出そう。
派手なクラクションとブレーキ音、それから自分の骨が砕ける音。そこまでは覚えてる。
そう、確か私は横断歩道を突っ切ってきたトラックに見事に撥ねられたのだ。それで、そのあとは?
……覚えてない。てっきりあのまま死んだと思ってたんだけど。
私の記憶が正しければ、私は超鋼鉄最強ボディの持ち主ではなかった。
故に私の柔らかタンパク質ボディはしっかり5トントラックに踏み潰されて、アスファルトの汚いシミに大変身したはずだ。
じゃあなんで私まだ生きてんだろ。や、生きてんのかなこれ。どっちでも良いか。
朧げな意識のままに、とりあえず立ち上がろうとベッドに手をついた、のだけど、体が全く思う通りに動かない。麻痺してるみたい。
溜息一つ。ひとまず自分の体の様子を見ようと視線を下に落とす、と。
やわらかな、ぷにぷにの両手。明らかに私のものじゃない、そう、まるで赤ちゃんのもののような。
一瞬思考がフリーズする。どういうことだ。
ひ、と喉から悲鳴が上がりかけて、未成熟な舌で喃語が紡がれる。
「あぇ、わ」
意味不明のハイトーンで幼い声。赤ちゃんの声。ふむ、なるほどね。
ここまで状況証拠が揃えば答えは自ずと見えてくる。
最後の悪あがきに、今度は足をバタバタと動かしてみた。あー、やっぱり。こっちも同じくぎこちないけど、私の思ったとおりに動く。
結論。なんかわたし、転生して赤ちゃんになったみたいです。
え、なんで?
それが頭に浮かんだ率直な言葉だった。すみません神様、一旦事情説明お願いしていいですか? あ、この世界には神はいないと。なるほどね。最悪。
そうパニックになりかけた思考を宥めるように、ベッドの上で一度大きく息を吐く。
よし待て、一旦落ち着こう。
今ここで泣こうが喚こうが何の解決にもならないことぐらいわかってる。
まずそもそもここはどこだ。
ベッドの上から部屋を見渡した。高級そうなベビーベッドと広い部屋。天井には普通の電灯が付いている。どうやらこの世界には電気は通ってるらしい。よかった。
ということはまあ、ファンタジーあるあるの剣と魔法の中世ヨーロッパに異世界転生したわけではないらしい。
次。なんとなく周囲を見渡せばカレンダーがあった。数字、普通の算用数字。問題なく読める。文字は……読める。全く知らない言語なのだけれども、何故か最初からその言葉を知っているように問題なくスラスラ読めた。
なんでだろう。これがいわゆる言語チートってやつ? もしくは私が急に語学の才能に目覚めたのかも。
まあいい。今は細かいことを考えている場合じゃない。
一つずつ頭の中で状況を整理してみる。
まず私はトラックに轢かれて死んだ。で、この赤ちゃんの体に生まれ変わった。
ただし生まれ変わった世界は普通に電気も通ってる、現代日本に限りなく近い世界だったんだけど。
マジでイミフ。赤ちゃんの喉でそっと息を吐く。いやさ、転生なんてやらかすならちゃんとラノベのテンプレートに乗っ取ってよって思わない?
転生したら剣と魔法の世界ってのがお決まりでしょ。何が現代日本だよ。
そんな八つ当たり気味の、横道に逸れた思考を戻すように頭を振る。
だから落ち着けって私。焦ったって一つも良いことなんかないんだから。
まずは混乱と動揺を収めるため、頭の中で現状の疑問点を並べ立てる。
と言っても疑問点しかないんですけどね。
一体ここはどこなのか。わたしの身に何が起きたのか。これから何が起きるのか。何一つわからない。バクバクと心臓が鳴っていた。
せめて誰か、事情を説明してくれるような、自分以外の人間と接触したい。
そう胸の中で唱えた願いに応えるように、カツカツと少し遠くで靴音が聞こえた。扉の向こう。部屋の外だ。
その音に一瞬、ぴくりと肩を竦ませる。
人、だ。わたし以外の人間。それがこのすぐそばにいる。
誰だろう。医者とか、もしくはこの身体の両親とか。そんな感じだろうか。
それかいきなり敵、っていうか殺されかけるとか。なくもない話ではない。だってこの状況がどういうものかわたしは全く把握できてないし。
予想外の事態なんて、いくらでも起こりうる。
そんなことを想像して震えている手を、意識的に止める。
覚悟を決めろ、わたし。
震えようが何をしようがこの身体じゃ逃げることも隠れることもできないのだ。なら腹を括ろう。どうせ一度死んだ身なのだし。
靴音が扉の前で止まる。それから、ガチャンと扉を開く音。思ったよりも重そうな金属の重低音だ。少なくとも普通の家じゃなさそう。
部屋の中を靴音が横切る。
一人分のヒールの音。それから、よくよく耳を澄ますともう一人分の音が微かにあるような気がする。足音とも呼べないような、強いて言えば気配って感じの。なんだこれ。とにかく普通じゃない。
靴音がベットの前で止まる。
誰かが、わたしのすぐそばでわたしを見ている。赤子の身体に生まれ変わった、何一つ抵抗する術を持たないわたしを。
気絶しそうなほどの恐怖。だってわたしはまだ何一つわからない。この人が敵か味方か。わたしを生かすのか殺すのか。
何秒が何時間にも感じられるような、気の遠くなるほどの長い時間が流れて。
最初にベットを覗き込んできたのは、摩訶不思議な仮面で顔を覆った女性と思しき人物だった。