金のなる木
ある日の午後。太田は溜まった有休を利用し
新たな趣味として登山を始めようと思いさっそく、山に入ったわけだが……
どうも道を一本間違えたらしい。歩けども歩けども平坦な道。
山頂へ続いているわけではなさそうだ。
ハイキングと思えば、それも悪くはないわけだが代わり映えの無い景色が続く。
木、木、木、木、木。花などない。ここまでほぼ一本道。ただ引き返せばいいだけだし
これ以上、迷う不安はないものの、登山道に繋がる気配はない。
そろそろ引き返そうか。時間の浪費、徒労に終わるのは口惜しいが……。
と、太田が思った時だった。
道の先、どうやら開けた場所のようで陽の光が燦々と降り注いでおり
その向こうの木々が輝いて見えた。
もしや花畑であろうか。尤も、花を愛でる歳でも趣味もないが、今の景色よりは断然いい。
そう考えた太田が早足で林を出ると
「畑……?」
そう呟いた太田。その光景に目を奪われ、立ち尽くしていると声を掛けられた。
「おや、珍しいね。人が来るとは」
「え、あ、あの、ど、どうも……」
太田はとりあえず挨拶したが、その視線は目の前の初老の男よりも
畑、そしてそこに植わっている木に向いている。
「ああ、気になるかね? ふはっ! 我ながら上手いことを言ったもんだ」
「え、ええと……」
「伝わらなかったかね? 『木になる金』君が見ているそれは見たまんま、金のなる木だよ」
太田の瞳に映るのは金、金、金、金、金。
果実や花などない。つけているのは硬貨であった。
五百円玉が七、八枚ほど纏まって実のように木にぶら下がっているのだ。
その数は到底数えきれるものではない。そして一本の木だけではなく何本も。
まさかこの男がわざわざつけたのか? アーティスト? 現代社会の風刺か何か?
太田はそう考えたが男は軽く笑いながら畑の前にしゃがみ込んだ。
そして手招きをする。太田が近づき、屈むとそこには小さな穴。
「あんたも植えてみるかね?」
詳しく聞けば、ここにお金を埋めると文字通り、金のなる木が生えるらしい。
そんな馬鹿なと言いたいところだが、目の前の現実を否定するのは難しい。
木や硬貨を触って確かめてもみたが本物としか思えない。
「あんたはお金というものがどうやって製造されているか見たことがあるかい?」
「え、それは、ええと造幣局、工場で……いや、直接見たことはありませんけど
でもほら、テレビ番組とかで」
「ははっ! それが本物の映像と言い切れるかい?」
「え、いや、そんな陰謀論みたいな……。
それにほら、工場見学とかだってやっているでしょう? あ、それも偽物ってことですか?」
「そうともさぁ。ああ、紙幣は別だがね。植えても、はははっ、ボロボロになるだけさ」
「で、ですが、やっぱり木に果実として硬貨が実るなんてことは……」
「おかしいかい? 逆だよ。我々がただ、木の実を硬貨としているのさ。
その昔、貝をお金代わりに取引していたようなものさ。
ほら時々、新五百円玉とかデザインが変わることがあるだろう?
あれはね、実の方が形が変わったから仕方なく、政府がそういうお触れをだしているのさ」
「そ、そんなの……」
「ま、私はどちらでも構わないがね、信じるならここに
あんた専用スペースを作ろうじゃないか。
ふふふ、木はよく実をつけるぞ。その代わり、ここの存在は内緒ということで……」
と、言われれば断る気はしない。種となるのは今持っている五百円玉でいいらしいが
普通の土に植えたのでは苗にならないのだという。
因みに、ここの土を持ち帰って植木鉢で育てようとしても
栄養不足ですぐに枯れてしまうとの事。
太田はまさに埋蔵金。お宝を見つけたのかもしれない、と小躍りし
登山などどこへやら、ご機嫌で家に帰った。
それからしばらくが経ち、そろそろ様子を見に行こうかと
考えた太田は有休をとり、再びあの場所へと向かった。
あれ以来、仕事中も何をするのもどこか上の空。
わくわくそわそわと当たりの宝くじを懐に忍ばせているような気分。
ミスを上司に怒られている間も顔は弛緩し、さらに怒られ
時に心配され、そして気味悪がられた。
しかし、どうでもよかった。一攫千金。人生安泰。
「こんにちはー!」
挨拶に力がこもるのも納得である。だが……。
太田が男の返事を待たずに駆け寄った、自分の五百円玉を植えた場所。
そこには確かに苗があり、そしてもう実をつけていた。
しかし、その実は小さく、そう小さい。
「一円玉……?」
口を開け、呆気にとられる太田。その様子を見て男が笑った。
「はっはぁ! そりゃそうさ! 木だぞ? そんなに早く大きくはならないさ」
「でも、この前……」
「一度大きくなれば実をつけるのは早いがねぇ。成長は遅い遅い。
まあ、政府クラスになると安定して量産、供給できるんだろうがね」
「と、いうことは一円の次は五円と順に……」
「そうそう」
「ですが……たとえ五百円玉をつけるようになっても一本じゃ……」
「まあ、遊んで暮らすってわけにもいかないだろうねぇ。
でも『食べていく』ことはできるけどね」
「え、それは、どういう?」
「ほら、その一円玉の実をもいでごらん」
「はい……え、柔らかい」
「もぎたてはそういうものさ。ほら、ささ、食べてごらん」
「……美味しい。え、美味しい!」
「だろう? まあ実だからね。食べられるのも当然という訳さ。
ふふふ、のんびり気長にね。五円、十円と順番に味の変化を楽しむと良いさ」
「まさか……金額が上がれば上がるほど」
「美味しくなるねぇ。五百円玉なんてああ、ほら、私のを一つ分けてあげよう」
「……おお、おおおお! うまい! うますぎる!」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。楽しみにしておくと良いね。
長い目でじーっくりとね」
「……いや、もっと楽な方法が、あうっ!」
「はあ、考えることはみんな同じだねぇ」
「あ、う、すみ、すみませ……」
「いいんだ。ははは、欲に目が眩むってやつだ。
慣れてるさ。襲い掛かられることも。返り討ちすることも。その後の処理もね」
「やめ……たすけ、ずみ、すみません……」
「良い栄養になるねぇ。ふふふ、因みにここの存在は誰かに?
言ってない? ふふふ、でもちょっとは匂わせただろう?
そういうものさ、人間はね。あんたもこの辺りに来たのもそういう理由じゃないのかい?
まあ、知らずしてかどっちでもいいがね。
ふふふ、ははは! 最初に言っただろう『木になるかね』
あんたも木の一部になっちまったねぇ、はははははは!」
燦々と降り注ぐ陽光は汗と血と金を煌めかせた。