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ふたりだけのせかいだった。   作者: あまゆす
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1章 みえるもの

かんそうください・・・


 朝起きると、ソファに座っている母親の顔に靄がかかっていた。

 目をつぶって、目をごしごしこすってもその靄は取れなくて、というか他の所はしっかり見えているのに母親の顔だけ靄がかかっていることの意味が分からなくて。

「未奈、何そこに突っ立ってんの?立ち眩み?」

「……あれ、お母さん、昨日お酒でも飲んだ?やけに声ガサガサじゃない?」

「いや、飲んでないけど。そんなに枯れてる?別にそんなことないと思うけど」

「いや、枯れてるっていうか、なんか……」

 ノイズがかぶさっているみたいに、変に聞こえる。

「いや何か、耳が痛くて」

 そこでようやく、それが、母親ではない何かなのかもしれないという考えに思い当たった。

 顔もはっきりと見えない上に、声は変なノイズがかかっている。そんな化け物が家の中にいる。現在の状況を文章化すれば、どこをどう考えてもホラー小説の一幕だ。

 例えば、家族を皆殺しにした後、そこに居座って茶をたしなむ、サイコパス殺人鬼のように。

「ごめん、ちょっと頭痛いかも。部屋で休むね」

「大丈夫?顔色もそんな良くないし……ご飯冷凍庫に入れとくね?」

「うん」

 顔を見たくなかった。声を聴きたくなかった。急いでドアを閉めて二階へと向かう。分かっているのだ、家族の間で、彼女が本物の母親であることを。階段昇降の音だけで父か母か兄弟かをなぜか判別できるように、家族というものは、そういうつながりがあるから。

 部屋に入ってベッドに転がる。目を閉じると、眠気が襲ってくる。

 意識が途切れる。


 目が覚めると、正午を過ぎていた。

 変な夢を見ていたのだろうか。おかしな夢だった。母親の顔だけに靄がかかり、声だけにノイズがかかるなんて。

 そうはいっても、恐る恐る下に降りると母親はおらず、ご飯と薬についての書置きだけ残されていた。普通の文字だ、あたり前だが。

 スマホを開けると、一件の不在着信があった。一瞬不穏な妄想が頭の中をよぎるが、なんてことのない、学校からの無断欠席についての電話だった。とはいっても、それを気にするほど優等生ではない。後に多少受けるであろう叱責がだるいなぁと思うだけだ。それより、私を気遣うlineが一つも来ていないことの方が悲しかった。

 今から学校に行こうか迷う。行きたくはないのだが、特に調子が悪いわけではないのに一日中家にいるのも癪だ。少し考えて、コンビニにお菓子でも買いに行くかと思い立つ。こういう時は多少無理にでも着替えないと一生ベッドとソファの下僕になるだけだ。初春なので少し寒いが、天気も良いし。

 適当に着替え、現金を持って、外に出る。予想外に眩しくて目を細めた。吸血鬼なら数秒で灰燼に帰している所だ、あぶない。


 外に出てしばらくして、なぜだか、ふと違和感を覚えた。どこが、と言われても明確に指摘はできないのだが、何かがおかしいような。

「あれ、そういえばこんな広い道なんてあったっけ」

 周りの風景にはそりゃあ勿論見覚えがあるので、何回か通ったはずなのに。やけに歩道が広い気がする。というか、歩道と車道の間に木が植えられていたはずなのに、いつの間にかなくなっているような。

 というか、全然人が通行していない。それだけならまぁ、平日の昼間ということで納得も行くものだが、なんというか、車すら通らず、人の声すら聞こえないとは。とはいえ静寂というわけではなく、木の揺れ動く音などの環境音は聞こえるのだが。

「……いや、おかしいでしょ」

 歩道が明らかに広い。さっき見た時よりも、随分と。いつもは2mもないのに、今ではどう見積もっても5m近くある。

「こんな広かったっけ」

 そういって、歩道の、車道側の端に寄る。


 空間が湾曲した、感触がした。ぐにゃりと。


 湾曲しているのは私の方だった。


 違う。突如として圧倒的な衝撃に見舞われたのだ。何に?やけに延長された時間の中、私は横を見ると、そこには確かに車があった。存在したのだ、確かに。

 そこでふと自分は今、そこそこ車通りの多い車道のど真ん中にいることに気づいた。

 なんで私がこんなところにいるのだろう。やけに運転手の顔がはっきりと見える。その顔には、今朝の母親と同じような、靄がかかっていた。だのになぜだろう、そこには驚愕の表情が浮かんでいるであろうことを、容易に想起できる。

 これは弾き飛ばされる系のやつではなく、ひき潰される系だなと妙に冷めた心で考えた。


 ぼきっと、背骨が折れた音がして、そして再び。今日二度目の、意識の断絶。

 不思議と、痛みはなかった、




 目覚めると布団にくるまっていた。時計を見ると午前八時だった。道理で寒いわけだ、と考える。起きて布団を渋々手放すとやはり冷える。ちょっと奮発して買った羽毛布団は、そこそここの寒さを遮断してくれていたようだ。

 変な夢を見ていたようだ。

 そもそも始まり方からして意味不明だし、話の展開に脈絡がなさすぎる。どうやら夢の中で車にひかれた衝撃で起きたようだ、それにしては妙に感触がリアルだったが。

「そんなことぼおっと考えている時間もないか」

 早くご飯を食べて学校に行かなければ。階下におりる。

「おはよー」

 寝ぼけ眼をこすりながらリビングに入って、そこには、何かがいた。


 なにこれ。


 最初に思ったのはその一言だった。声に出さなかったのは、理性が抑止していたのではなく、発声の仕方すら記憶から飛んでいたからだ。


 そこには、染みがあった。人間大の、染みが。

 いや、染みという言い方は不自然だ。油彩画で、遠くの人を描くときのような、べちゃっと均一に塗りつぶされた物体がそこにあった。いや、在るという言い方すら不自然だ。まるで空間にこびりついているような。光がそこに投影されているかのような。

 ああ、それなのになぜだろうか。

 それが確かに母なのだと、私は分かってしまったのだ。


「「「「「あれ、どうしたの未奈。そんな所に突っ立って。」」」」」


 ハウリングしているかのような、妙にこもる、ノイズ塗れの声も、確かにそれは母親特有の抑揚があって。

 ああ、やっぱり今までのことは夢じゃなかったんだ。

 あれ、でも、あれの中では私死んでなかったっけ。

 それじゃあ正夢ってやつなのかな。


「「「「「ちょっと、未奈なに立ち尽くしてんのホントに」」」」」

 その声がトリガーになったのかは分からないが。

 私は、失神した。


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