壮大で簡単な手品のような
途中で頭がこんがらがってきました。最後まで読んでいただけると本当に嬉しいです。
「二週間ぶり…?いいえ、ひょっとすると二ヶ月ぶりかもしれませんね?」
にこりと微笑みながらそう言えば、王子は顔を赤くした。
ふむ。愛らしいとは何度も言われてきたが、王子はなんと単純なのだろうか。
そもそも、私を視認していたのも驚きではあるけれど、なによりもやはり王子の頭の中身の無さに対する驚きが圧倒的に大きい。
というか、こんな論破のような事をせずに、ヘンリーとアースロット嬢の両名に幻覚作用のある煙を嗅がせる、もしくは自白剤を飲ませればよかったのではと今更ながらに後悔をしている。
(…あの姿、割と女性に好評だったからもうすこし隠しておけばよかった。)
そう無念に思っていると、急に黙っていたヘンリーが口を開いた。
「…何故、男装を?」
…口調がすこし変化しているな?
変に思ってヘンリーの顔をまじまじと見ると、何かおかしいなと思った。
いつもの、馬鹿げた顔ではない。大真面目に言葉を発しているような、視点がきちんと定まっていてなにも表情に出さず、ただ淡々と話しているような。
王子からも、身体を離していた。
「女2人の旅行では危ないと、私が男装することとなったのです。」
「そうなのですか。納得です。」
…。
いや…なんだこれ。
こんなにも物分りが良く、なおかつさっぱりとしている子だったか?
周りも違和感に気づいたようで、ヘンリーを凝視している。
「…私は、何なのでしょう?ここのところ認識が曖昧なのです。…私はわからない…。」
(なんだその言い回しは…?私に、なにを気づいて欲しい?)
ヘンリーを凝視すると、少しの変化かもしれないことに気づいた。
…目の奥の本質が、僅かに変わっている…?
私は、目の奥の色を見ることでその人の本質を見ることができる能力を生まれながらにして持っている。静かな人物は海のような青、明るい人物は黄色、色欲に忠実なものは桃色などそれは僅かに違いがあって、でもまるっきり全部違う。
ヘンリーは、先程までは桃色と緑の入り混じった瞳をしていた。ただ今は、緑の成分が強く、そう…緑の本質を、桃色のベールで覆っているような…。
すうっと、体が冷えた。
今まで見てきた彼女の痴態が、誰かに操られてしたものだったら?
そして彼女の本質は、そんな事をするはずのない静かで深い緑であるはずだ。
なのに桃色のベールが全体を覆って、存在のあり方を変えている。
そう、それは毒のような。
ああ。
私は、私は。
何故、この目を情けで与えられたというのに、すぐそばにいた人間のことも見抜けなかった?
(王子…なんて事を!)
私はある確信を抱いた。そして辺りを見渡し、動機がありそうで尚且つ微かに『匂い』の付いている人物を探す。
まず、ヘンリーの本質…その在り方の変化。
アースロット嬢がターゲットにされたこと。
そしてヘンリーの出身地に代々伝わる香水が壊されたこと…きっとそれは、今も壊した本人の手についている。
あれは中々落ちない。昔、水浴びしても匂いが消えないような香水を女王が求めたのをきっかけに作られたそれは、水で擦っても落ちない。がしかし、本人の鼻はだんだん匂いに慣れて落ちたと錯覚を起こす。…それが理由で、あまり作られなくなったのだけれど。
「…王子、ヘンリー様に近づいても?」
にこりとまだ微笑みながら静かに足を踏み出す。まるで沼のような緊張感。これに失敗したら、ただの阿呆である。
「許可する。」
(…貴方様のものではないのに…)
若干そう反発しながら一歩一歩近づく。するすると距離が縮まる中、あの香水の香りと、そして不自然に浮かび上がる甘い何か。
ヘンリーの虚ろな目が至近距離まで来た。
愛らしく、小鳥のような容姿に対し、匂いは強烈である…。
いや、本人が臭いとかではない。それは断じて否定しておこう。
そして私は。
「てやっ」
奇声を発しながらその艶やかで白い肌―要するにヘンリーのおでこを―思いっきり人差し指で弾いた。
つまり、デコピンである。
「な…っ!は?!」
辺りがヘンリーから私を引き剥がそうと近づく。
対して私は、崩れ落ちたヘンリーを横抱きにして立った。
「何をする!ヘンリーから離れろ!」
焦ったように王子はこちらへと手を伸ばすが、私はそれを避ける。
「な…、な…、お前…!王子の命令が聞けないのか!」
ふるふると拳を握りしめて再度顔を赤くする王子。まるで地元でよく食べられるたこの茹で上げのようだと、私は少し笑いそうになった。
「…ヘンリー様に魅了の魔法をかけましたね?」
なんの前触れもなくそう低くつぶやくと、王子は目を見開き、周りは近づくのをやめ、代わりに私と王子を中心に輪の様な形で止まった。側から見たらなんとシュールだろう。
魅了の魔法。
それは古代、ある女神がひとりの神を好きになったが、その神には既に女神以外で思う者がいた。
その女神は酷く悲しんで…子孫に、そんなことがないようにと相手を自分の意のままに操り、自分のものにする禁術…魅了の魔法を伝えた。それが起源であるらしい。
この国の神話のうちの一つなので、大抵誰でも知っているが、使えるものはいなかった。
だってそれは、女神は信仰されているのにいないと思われているから。
多分だけれど、女神の子孫は王家で、今まで王家の間にずっと内緒で引き継がれていたのではないだろうか。
私は過去に見た彼を思い出し目を細める。
「…そして王子、貴方は…協力者がいたはずです。魅了の魔法をかけやすくするために、自分に心を少しでも開かせる為に。彼女は虐められ、助けて欲しいと望むように誰かに協力してもらう必要があった。」
…。
なんというか欲に誠実なのに詰めが甘い。
一番の被害者はヘンリーだったとは。
そして私はある人と目を合わせ、口を開く。
「…ナタリー様。貴女は、王子の協力者ですか?」
ナタリー・ヘン。
アースロット嬢の、侍女である彼女にそう問いかけた。
そして彼女は、静かに微笑んだ。
「はい、そうです。」
ひっと、アースロット家が息を呑んだ。それはそうだろう。下手をすれば、爵位が下がってしまう。
アースロット嬢は…分からない。
ただ、曖昧な色を濃くしただけだ。
「…きっかけは、王子の寵愛がヘンリーに傾いたと思ったことです?」
こくりと、可憐な首が動いた。
ナタリーは、アースロット嬢に深く忠実を誓っていた。理由はよく知らないが、見ているだけでも分かるほど。
多分、の話だけれど。王子は余程頭を回したのではないだろうか。ナタリーは多分、王子がヘンリーに近づき始めたことに過剰に反応し、寵愛が傾いたと焦った。ナタリーはアースロット嬢の頑張りを一番近くで見ていたし、そんな事は一番防ぎたかったのだろう。
ただしナタリーが気づいたことを王子は逆手に取った。主人を信じきれていない、ましてや王子に対する不敬だと脅され、ナタリーはやむなく王子のいいなりになるほかなかった。きちんと言葉に出したわけではないが、王子が不敬だといえばもうそれは不敬に当たる為、アースロット家に迷惑がかかると考えたのだろう。それに、アースロット嬢本人にばれたくはなかったというのもあると思う。
まず、ナタリーにヘンリーを虐めてくれと王子命令した。
上記の理由があってナタリーは応じた。主人に対する裏切りだと思っていても、ヘンリーを虐めて彼女が退学になれば…という浅い願望があった。王子が何か企んでいるのには気づいていたが、まさか魅了の魔法までは分からなかったのであろう。
しかし、王子はもう一つ秘密にしていたことがある。
恐らく、ナタリーはナタリー彼女の姿のまま行為に及んだのだろうが、それは証言が食い違ってしまう。
実はあの香水には、恋を叶える為ならば嘘はついてはいけないという女神の考えのもと、嘘はつけないようになっている。…めんどくさい。
なのでヘンリーは嘘をつけない。彼女は見たままを正直に話した。
アースロット嬢本人がやったと。
その仕掛けはこうだ。
まずナタリーはヘンリーを虐めた。その時系列は様々な彼女の浮名が流れるよりも前のことだろう。
そしてヘンリーは壊れかけた。もともと緑が本性の、穏やかで折れやすい性格だ。少し、そのようなものに弱かったのだろう。
ある時、ヘンリーは王子に偶然を装って助けられた。それからヘンリーにとって王子は救いの手だった。恋愛感情はないにしろ、当時の彼女にとっては大切な相手だった。そして彼女は王子に心を開いた。
そして、王子は魅了の魔法をかけた。
魅了の魔法をかけてからは簡単だ。魅了の魔法をかけた側の相手の言う事はなんでも従うことができるし、他の魔法にも守備が弱くなってかかりやすい。王家なためか魔法量が多かった王子にとって、操るという動作は簡単。そこから操って今までの噂通りのことをしてきたのであろう。
さらに、王子は記憶を改ざんした。
つまり、虐めた相手であるナタリーの姿をアースロット嬢の姿に上書きをして、虐めたのはギリス・アースロット本人であるとヘンリーに信じ込ませたのである
なんて酷い仕掛け。王子ながらのそこそこの魔力量がなければ成り立っていなかった作戦である。そもそも、魅了の魔法どころか人を操る、記憶を改ざんするなどの魔法も極一部の人以外は禁じられているのに…
一番の被害者は、ヘンリーである皮肉。
そして正義ぶった王子が、一番の加害者。
…最悪。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今回は少し長くしてみました。
楽しんでいただけると幸いです。