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終編 世界よ照覧せよ


 灼熱の太陽が、砂の大地を照らしに照らしている。そしてその地を踏み締める軍勢は、王国の旗を高々と掲げて、熱で揺らぐ地平の先を睨んでいた。

 王国の巫女リリは、砂地や岩場に適合するカーキ色の軍服を着用し、直立不動で待機する兵士達を見て、感慨深そうに息を吐く。


 リリとイッゼトの二人が軍部への折衝(せっしょう)を終えてから、もう三ヶ月以上にもなる。


 王国軍の協力を取り付けて、軍の抜本的改革に乗り出したイッゼトは、軍制改革に携わった経験があるという、召喚当初に述べた言葉が真である事を示すかの様に、手慣れた様子で改革案を纏めては実行に移した。

 装備の改善や統一、軍内部の綱紀粛正など、少しずつだが着実に進めていく一方、対魔物戦術理論の構築も並行して行われている。


 今回リリが立ち会っているこの場は、改革が進んだ王国軍による初の大規模行動であり、改革の実効性と対魔物戦術の有効性を実証するものでもあった。


 魔物の動向を監視していた部隊から、大移動の兆候有りの報を受け、イッゼトが指揮する王国軍約一二〇〇が出撃。予測通過地点に布陣し、今は迎撃の準備を終えて魔物の襲来を待っている。

 緊張の面持ちで待機するこの部隊は、改革の模範となるようイッゼトが直々に整備訓練した部隊であり、対魔物戦術の実験部隊でもあった。


 軍全体の改革にはやはり時間が掛かる上に、魔物の大群がいつ活発化するかも分からない状況では、一部の部隊に注力する他ないというイッゼトの判断で編成された、独立連隊―― 一般部隊と違って上級指揮官の直接的指揮下にあり、独自に行動できる部隊――である。

 元々王都近郊に駐屯していた一個連隊を基幹にして、以前の濃緑からカーキ色に改められた軍装や規格統一がされた魔銃など、優先的に改革が為されていた。


 リリは兵士達に向けていた視線を大きく逸らす。次に目を移したのはイッゼトの姿だ。

 彼は将校に囲まれながら兵と同じく地平線を睨んでいる。ぴっと伸びた姿勢に真剣な眼付きは、正に経験豊富な将軍のそれだった。

 絵画の如く(さま)になる光景に、彼女の胸から熱いものが込み上げそうになるが、突然耳に入った足音に意識を取られる。


 伝令らしい兵が駆け足でイッゼトの下へ参じ、何事か報告すると、恰幅の良い将軍は威厳ある表情を更に引き締めた。そして、己の召喚主である少女へ歩み寄る。


「リリ殿、魔物の大群がこちらに接近しているとの報せが入りました」

「そう、いよいよね」


 リリの言葉にイッゼトは大きく頷く。


「来たぞ!」


 誰かの声に、軍勢に漂う緊張感が否応なく増した。全ての人間が砂漠の果てから立ち昇る砂煙に釘付けとなっている。

 それはみるみる内に大きくなり、砂塵の中にぼんやりと黒い影が浮かんだ。影はどんどん数を増やし、徐々にその正体を露わにしていく。


 巨大な(サソリ)の怪物、人の頭蓋骨を片脚で握る怪鳥、眼光を妖しく光らせる狼、角を生やした獣の頭を持つ悪鬼、ぼろぼろの衣服を纏った歩く骸骨、更には砂中を泳ぐ蛇竜(ワーム)といった魑魅魍魎(ちみもうりょう)共がこちらに真っ直ぐ向かって来る。

 数百、いや千に届かんばかりの魔物の大群だった。


「……」


 王国を滅びへと追いやりつつある魔物達。その実物を瞳に映したリリは、先程までの気力を全て吹き飛ばされてしまい、絶句する他なかった。


 ()()は駄目だ。人がどうにかできる存在ではない。


 思わず(かかと)が砂を()みながら後ろへ退がる。怯えた足が震え始めた、その時。

 彼女の左肩に優しく手が乗せられる。がっしりと頼もしさを感じる大きな手に、心底安心してしまう。


 ――父さん?


 既に病で他界した父を思わせるその手へ動かした視線を持ち上げると、自身が召喚した中年の男が微笑んでいた。

 リリの顔から怯えが消えたのを確認したらしいイッゼトは、彼女の肩に置いていた手をそっと離し、柔らかかった表情を軍人のものに変えると、周囲に命令を飛ばす。


「魔物が目標地点を通過次第、魔術師は攻撃を開始せよ。魔銃兵は散兵隊形で展開、以後は次の命令を待て」


 魔銃を担いだ王国軍の兵士達は、規律立った動きで右腕を伸ばした程度の間隔を空けて二列に並ぶ。そうして二重の散兵線が敷かれると、兵士は片膝を着き、いつでも構えられるように魔銃を身体の前で保持した。

 魔銃兵が展開を終えた頃、魔物の群れは白く塗られた岩がぽつぽつ置かれた地点を通り過ぎる。


 その瞬間、五〇名の魔術師は一斉に強力な魔術を放った。

 空を駆けた火炎球が炸裂し、雷が地面を抉り、巨大な土塊が降り注ぐ。遠距離の攻撃魔術をまともに喰らった魔物は、焼け焦げるか四肢が弾け飛ぶか砂地の染みとなるかといった、憐れに思える程の惨状である。

 それでもまだ九〇〇はいるであろう魔物の大群は止まらない。仲間の死骸を押し退けて突き進む彼らに恐怖の色は欠片もなかった。


「撃ち続けろ。狙いを付ける必要はない、精密性より連射を優先せよ。一発でも多く撃ち込んで弾幕を維持するように」


 イッゼトの冷静な声に応えてか、魔術師らは再び魔術を撃ち出した。五〇門の砲列に匹敵する火力が魔物達を襲い続ける。

 怪鳥が撃墜され巨大サソリも甲殻を砕かれる中、砂蛇竜(サンド・ワーム)が先頭に泳ぎ出た。

 が、即座に遠距離魔術が何発も降り注ぎ、砂を激しく噴き上がらせる。立て続けの衝撃に堪らずといった様子で砂上から飛び出した。最早ただ図体のでかい的となった蛇竜(ワーム)は、そのまま原形を留めない程度に叩き潰されてしまう。


 巨体を持つ魔物が次々と倒れていくものの、たまたまそれらが弾除けの傘となって、中型小型の魔物が魔術の砲火を潜り抜ける。

 咆哮を上げながら突進を続ける彼らは、鋭い牙や爪を王国軍へ突き立てるべく肉迫せんとした。


「魔銃兵、撃ち方始め」


 だが、それら届くよりもずっと先にイッゼトの命令が下り、筒先の揃った魔銃から一斉に閃光と共に魔力弾が放たれる。

 一斉射撃によって魔物達がばたばたと藁束(わらたば)の如く倒れ、身体のあちこちに空けられた穴から鮮血を垂れ流す。転がった仲間の死体に足を取られ、動きが一瞬鈍った魔物も次の瞬間には魔力弾を受けた。

 続々と折り重なっていく魔物達に、王国軍の兵士はこんな簡単に倒せてしまうのかと驚きの表情を浮かべつつ、調練通りの動作を繰り返して、魔物の死骸を増やしていった。


 視界一杯に広がる魔物の大群は一方的に撃たれ続け、その数をみるみる減らす。

 しかし、圧倒的火力をもってしても全てを撃ち倒すことは叶わない。魔術攻撃と魔銃の弾雨を辛くも潜り抜けた一部の魔物が、血と汗、唾液を振り撒きながら猛然と王国兵へ襲い掛かる。

 魔銃を構えていた兵士は咄嗟(とっさ)に銃身を握って、棍棒代わりに銃床を振るい抵抗を試みたが、強靭な魔物は付け焼き刃な打撃をものともせず鋭利な爪で肉を裂いた。

 肩ごと腕を切り裂かれて崩れ落ちる兵士に、魔物の非情なる追い打ちが迫る。真っ赤に染まったままの鉤爪が、死神の鎌の代わりに持ち上げられた。


 そして、今振り下ろされんとする魔物の腕が、魔力の弾丸によって吹っ飛ばされる。


 魔銃兵の点線で作られた散兵線の背後に、直立で魔銃を構える予備部隊がいた。十名程度ずつの分隊で散らばる彼らは、弾幕を突破してくる魔物を的確に撃ち抜く。


 魔術師による砲撃もどきに、魔銃兵の弾幕、最後に射撃の腕が立つ者を選抜した予備部隊による狙撃。この三段構えにより、魔物の突撃はほとんど無効化された。

 既に大型の魔物は全て魔術攻撃の集中砲火で沈み、それ以外の魔物も魔力弾の暴風雨でぼろぼろである。

 猛火力の中を上手く抜けたとしても、予備部隊の狙撃で仕留められてしまう。更には、運良く仲間を盾に王国兵へ襲い掛かったとて、身体のどこかを撃ち抜かれて弱っている魔物など、近接戦闘が不得手な魔銃兵でも十分対処可能だ。


 戦闘開始から僅か数時間。たったそれだけの間に、千にも上らんとした魔物の大群は、今や十分の一程度まで減っている。完全なる壊滅状態と言っていい。

 流石にここまでやられては、恐れ知らずの魔物達も濁流もかくやという勢いが鈍るどころか、算を乱してしまう。中には生物として当たり前な生存本能に従って逃げ出そうとする魔物までいた。


「魔銃兵、漸進(ぜんしん)射撃始め。これより掃討に移る」


 魔物の恐慌を見たイッゼトの淡々とした命令が、各指揮官へ伝えられ、更に兵へ達せられる。

 散々に撃ちまくっていた魔銃兵が一度射撃を中止し、予備部隊が最前線の魔銃兵と同じ散兵隊形をとって、前衛と合流した。


「第一列、撃てぇ!」


 号令が飛ぶなり魔銃兵が斉射を行う。そしてすぐに己の相棒へ次弾のための魔力を込め始めた。すると後列に立っていた魔銃兵が前進して、魔力充填中の味方を追い越し魔銃を構える。


「第二列、撃て!」

「第三列、前へ。構え、撃て!」


 また魔銃を放った兵の背後から、今度は予備部隊だった三列目が前進し、一斉射撃を残敵へお見舞いする。そして一列目が再び前に出るなり魔銃を無慈悲に構えた。

 この繰り返しで、逃げ惑う魔物達を追い立てながらすり潰していく。まさしく(ほうき)で掃く様な掃討戦だった。気付けば魔物の群れはほとんど姿を消している。


「え……終わったの?」


 あまりにも呆気ない終わりに、リリは呆然とするしかない。戦士が己を囲う魔物を次々に剣や魔法で倒していくといった、想像していた激戦とは全く異なる戦いに、衝撃を受けていた。

 一方のイッゼトは、整然と前進する兵士達を凝視しながら震えている。瞳からは筋を描いて流れるものがあった。それにリリはまたも衝撃を受け、一言も発せられずに立ち尽くすしかなかった。


「くっ……これこそ、これこそあるべき火力戦。我が祖国の成しえなかった事が今、目前で……おお、(アッラー)よ……」


 大の大人、それも中年の軍人が感涙するのを、少女は黙って見ていた。


 剣と魔力の世界を揺るがす英雄が降り立ったのだということを理解した者は、この時にはまだいなかった。だが、王国に救国の英雄が出現した事は、一人の少女だけが理解していた。

 後に彼女は語る。


 ――照覧せよ、戦いを一変させたその一歩を。彼こそ最も力無き英雄にして、最も世界を変えた英雄である。


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