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後編 英雄


 翌日、リリとイッゼトの二人は、これからの魔物対策を話し合うべく、王国の軍部首脳と顔を突き合わせていた。


 軍長官に宮廷魔術師長、近衛司令官といった歴々を前に、リリは王の御前だった時以上の緊張を味わっている。

 王は気性の穏やかな人であることを知っていたが故に、ある程度落ち着きを持って相対できたが、軍部を相手取るとなれば随分勝手が違う。心身共に強張(こわば)るのも無理はなかった。


 だが隣席のイッゼトは何ら(おく)する様子もなく、軍首脳陣と向き合う。


「昨日の視察で得た所感ですが、やはり抜本的改革が必要かと。王国軍がこのままの状態では、魔物どころか通常の軍隊を相手にするのも厳しいと言わざるを得ません」


 互いの紹介が終わるなり口にされた彼の率直な意見に、王国軍の頂点に立つ男達が眉をひそめた。


「それは一体どういう事かね、英雄殿」


 軍長官を務める男が、ターバンの下にある両目を鋭くさせて立派な顎髭を撫で付ける。

 不信感たっぷりの視線を注がれたイッゼトであったが、水を掛けられた(カエル)の様に平然としたまま言葉を続けた。


「まず兵の装備に問題が。気候風土に適合していない軍服は勿論の事ですが、聞いたところによれば、魔銃は規格が統一されていないどころか輸入品も少なくないそうですな」


 軍長官はそれの何が問題なのだと目だけで問う。イッゼトは座席から少し身を乗り出した。


「魔物対策は急務中の急務故に、魔銃の完全国産化はしばらく棚上げするにしても、せめて装備の統一は図るべきです。補給や整備維持の観点から、雑多な魔銃が(あふ)れる現状は早々に改めなければなりません」


 王国軍のトップらは考える素振りを見せる。軍部の頂点に立つ者達である以上、彼らは決して愚鈍ではない。

 しかしながら、改革という面倒事に躊躇(ためら)いを覚えているらしく、踏ん切りをつかせるにはまだ一押しは必要なようだった。


「最低限でも部品の共有ができなければ、戦闘を繰り返す内に発生するであろう魔銃の故障や破損を迅速に修理できず、魔銃兵はあっという間に戦闘能力を喪失(そうしつ)してしまうでしょう。戦線復帰にも時間が掛かってしまいます。補給の他、継戦及び復帰能力の向上という点でも、武器の統一化は進めるべきかと」


 目蓋を下ろした軍長官は顎を上下させる。一応は納得してくれたらしい。リリはほっと息を吐く。

 だがすぐに、イッゼトの雰囲気が一変した。


「次に、これは装備より重大な問題ですが……兵の規律がなっておりません! 軍服を平気で着崩すのは勿論、傾注時でも直立体勢で待機し続けることすらできず、私語も多い。挙句、国王陛下の周囲を固める衛兵までにも姿勢のなっていない者が混じっている。例を挙げればキリがない程です」


 この世界に召喚されてから初めて、自分以外の王宮の人間へ語気を強めたイッゼトに、リリは目を丸くさせる。


「国防を担う者としての自覚が足りていないのかと問わざるを得ません。魔物の危機に対する緊張感もまるで感じられないとは、一体どういうことですかな」

「それは……」


 その場にいる人間全員が静かな怒りを感じ取り、王国軍の首脳らも反論の言葉を詰まらせた。重い沈黙がのし掛かって、誰もが唇を固く閉ざす。

 息をすることも気まずい空気の中開口したのは、この沈黙を作った張本人だった。


「……既に事情は兵から粗方聞いております。給料の支払いは日常的に滞っているそうですな」


 軍長官の顔が引き攣る。


「財政的な問題かと思いましたが、話を聞く内に察しました。兵の給料が横領されていると」


 イッゼトは大きく溜息を吐きながら首を振った。


「近代以前の軍隊ではよくあった事ですが……異世界でも変わりませんな」


 呆れ果てる彼に、とうとう軍長官の隣に座る近衛長官が、整った髭面を怒りのものへと歪める。

 イッゼトの発言の中に、王の身辺警護を担う近衛兵への苦言が混じっていた事が、今になって気に障ったらしい。


「貴様っ……いくら召喚された英雄といえども我が軍を愚弄するとは、許せぬぞ!」


 これに乗ずるかの如く、軍長官や宮廷魔術師長も口角から泡を飛ばす。


「そうだっ! まだ昨日今日の者が全てを知っている風で何を言うか!」

「そもそも英雄と言いつつ、魔力も無い異界人が偉そうに!」


 溜め込んでいた不満を一気に吐き出さんとばかりにがなり立てる。元から彼らは英雄召喚を支持していなかったようで、イッゼトに向けて強い敵意を露わにした。


 軍部からすれば、異界の英雄に救国を願うということは、公然と軍部が頼りないと見做されているも同然である。誇りを傷付けられたと思っている彼らは、決してイッゼトの事が認められないのだろう。


 飛び来る罵倒(ばとう)に対して、イッゼトは感情のない瞳を返すだけだった。そしてゆっくりと瞼を閉じる。


「……英雄、か」


 ふっと自嘲するような一笑に、軍長官らは呆気に取られたのか意外そうに目を見開く。

 国を救う英雄として召喚された筈の男は、目を伏せたまま暗い声で続けた。


「確かに私は、祖国では参謀総長、陸軍元帥、外務大臣などに任じられました」


 口にされた輝かしい栄達に、隣席のリリも彼の声色と正反対な表情と瞳を向ける。

 だが、イッゼトは首を力無く振った。


「しかし私は己の国を守れなかった。何も出来ず指を(くわ)えて、祖国が……偉大なる“オスマン家の帝国”が滅んでゆく様を見ていたのです」


 そう言う彼は(すす)けたような陰のある顔で、己への(あざけ)りを浮かべる。


「何も守れなかった者が英傑として呼ばれるとは……」

「何を言うの!」


 高く鋭い叱咤の叫びが部屋中に響く。イッゼトの自嘲に我慢ならなくなったリリが、頭上にある軍人の渋面を睨み付けた。

 彼女にとって、被召喚者であるイッゼトが自身を低く評価すればするほど、憤怒が湧いて出る。何故ならそれは召喚の儀に関わった全ての人間、いや準備に少なくない負担を負った王国そのものが、(おとし)められるも同然であるからだ。


 リリは軍部の前である事も忘れて、思いをぶち撒ける。


「儀式によって召喚された以上、貴方は我が国に仕える英雄。我が国の持ち得る力と私や仲間の全力を()ってして、呼び出されたのが貴方なのよ。その被召喚者が英傑でないなんて決して認められないわ!」


 自分より遥かに年下の少女から叱咤されたことに、恰幅の良い軍人は目を丸くさせる。


「これは……(リリ)というより雌獅子(マッテシール)ですな」


 そう言ってイッゼトは表情を緩めた。とても温かみのある面持ちだった。


「御安心を、役目を放棄するつもりは一切ありませんので。寧ろ逆ですな」

「逆?」


 打って変わって顔面を引き締めると、精悍(せいかん)にも見える雰囲気を(かも)し出す。


「私は偉大なる祖国が敗北し崩壊する様を見てきました。あの時味わった苦難、いやそれ以上の惨禍が、この国の人々に襲い掛かろうとしている。まさに目の前で、一つの国が滅びんとしているのです。そのような事……」


 そこで言葉を切ると、六〇〇年を超える歴史の末に滅亡したオスマン帝国の重鎮だった男は、今までで一番の声を張り上げた。


「座して見ていられるわけが無い!」


 その大きさと力強さに、声の主を除くその場の全員が仰天する。しばし沈黙が降りたが、ややあって落ち着きのあるどっしりとした響きが紡がれた。


「故に、私は全力を尽くしてこの国を守るつもりです。たとえ二度目の生となる我が身命を捧げようとも」


 覚悟の言葉と決意の瞳に、王国軍首脳はただ気圧されるしかない。彼らが対していた男は、紛れもなく、英傑と形容する他なかった。


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