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中編 問題と決意


 恰幅(かっぷく)の良い中年軍人と乾燥気候に適した長衣の少女が、石と日干し煉瓦(レンガ)の町を見下ろしている。

 宮殿から見える城下町とその外側に見える砂を被った岩の丘や点在する緑を前に、軍人姿の男が言葉を漏らした。


「イエメンの地やバクダードに少し似ておるな」


 どこか懐かしそうに言うイッゼトへリリが振り返る。


「へぇ、異世界にも似たような場所があるの?」

「ええ、帝国時代の祖国は広大な領土を持ち、その半分以上はこのような砂漠気候でした。一時期赴任していたイエメンもそのような土地でしたな」


 丁寧な物言いをするイッゼトだったが、これは召喚主であるリリから強制されたものでなく、逆に本人が望んでの事だ。主従となる以上、立場を明確にしておいた方が良いと。

 謁見の時から決して偉ぶらず謙虚な態度を示し続ける彼に、何故彼が召喚されたのかと不満を抱えていたリリも、今では好感を持っている。これで能力さえあれば……と内心思ってもいたが。

 彼女はそんな胸中をおくびにも出さず、解説を始める。


「この国は大陸でも東の方にあって、国土の多くはこういう砂漠が広がってる。でも地下水が豊富だから十分農耕出来てるし、牧畜も盛んね」

「なるほど、儂のいた方の世界でも同じようでありましたな」

「それは良かったわ。召喚の懸念の一つが環境の違いだったけれど心配なさそうね」


 どうやらイッゼトの慣れ親しんだ環境とこの国の風土は似ているらしいことを、リリは心から歓迎した。

 被召喚者と召喚された地の気候や文化があまりに違うと、当然身体的にも精神的にも負担が大きい。だがイッゼトの場合、そういった面で憂慮することはなさそうであった。


「じゃあ、さっそく現状の詳細を把握してもらおうかしら」


 その言葉を受けて、傍で控えていた文官が地図を取り出す。国の全体図を見ながら文官の補足付きでリリの説明が続いた。


 王国を苦しめている魔物は主に南北から圧迫する形で侵入しており、二正面戦を強いられた王国軍はこれに対処し切れていない。

 このため少なくない数の南北の住民が中央部へと逃れ、食料の不足と治安の悪化を招いている。

 王国はなんとか保護と並行して彼らを東西の余力ある地域への疎開を進めてはいるが、焼け石に水でしかなかった。

 幸い今すぐに国が崩壊するという兆しはないものの、時間の問題であるとの試算は枚挙に(いとま)がない。


「だから、貴方が召喚された」

「事態打開の劇薬として、ですか」

「劇薬……確かに賭けではあったわね。もし一騎当千の強者でありながら王国と反りが合わなかったら、絶望的だったわ」


 話が魔物対策に戻る。魔物への対応は軍が中心になっているが、結果は(かんば)しくなく、冒険者に頼っているのが現状だった。


「冒険者?」

「魔物退治の第一人者って思ってもらっていいわ。様々な依頼を受ける何でも屋な存在だけど、今はやっぱり大昔みたいに魔物退治が主流ね。貴方達の世界に合わせれば傭兵が一番似てるって言ったら分かるかしら」

「ふむ……」


 イッゼトは二重顎に手をやって考え込む。とりあえず咀嚼(そしゃく)できたのか、頭をゆっくり上下させて続きを促した。


「冒険者のお陰で何とか深刻な人的被害は免れているけれど、結局数が足りていないわ。軍が立ち直らないとどうしようもないわね」


 そう言ってリリが意味ありげな視線を送る。すぐに中年の軍人は察した。


「軍へ手を入れろということですか。それなら多少は役立てるかと、祖国でも軍の改革に関わった経験があります」


 イッゼトの(げん)にリリは心の中で拳を突き上げる。

 召喚された者が軍人である以上、軍に関わらせるのは当然の選択だったが、彼が軍事改革の経験を持ち合わせているのは予想外の幸運であった。


 善は急げとばかりに、郊外にある練兵場へ巫女の権限で通知を送り、二人は連絡を伝えに行った騎兵の後を馬に乗ってゆっくり追い掛ける。


 城門を抜けて大通りに入ると、二人は先ほどまで宮殿から見下ろしていた町に今度は同じ高さで包まれた。多くの人々が行き交い、大いに賑わっている。

 少々砂埃が舞っているが、ここだけを見れば平和な砂漠の町といった風情で、とても王国が英雄を求める程に深刻な状況にあるとは思えない。

 しかし、馬の背より見える活気溢れた景色の中へ向けて、よく目を凝らせば、路地などに十人程度が(うずくま)っているのが確認できる。大通りから見えるだけでそれなら、裏路地の奥には何倍もの人間が屯ろしている筈だった。


「……首都でこれとなると、難民の問題は確かに深刻ですな」


 ぽつりと呟いたイッゼトは目付きを厳しくさせる。

 魔物の侵入が激しい南北の国境線から遠く離れた、中央の首都にまで少なくない難民の姿が見えてしまうのならば、南北の地方都市は一体どうなっているというのか。想像に(かた)くない。


 馬の脚が進む度にイッゼトの表情は険しさを増したが、すぐに今度はそれを緩めて常の表情へと戻していく。

 人の上に立つ人間として、周囲を不安にさせないよう感情を表に出さない術を身に付けているようだ。彼に対するリリの評価がまた一つ上がった。


 布を被ったり或いは頭に巻いたりして、強い日差しから身を守る格好をした人々の間を抜け、密集した家々を後にする。代わりに前方には防衛拠点を兼ねた練兵場が現れた。

 連絡を受けてか、入り口の門には既に出迎えらしき兵の姿がある。だがイッゼトにとってその兵の装備は奇妙に映ったらしい。


「何だあの格好は」


 そう呆気に取られた様子で驚きを漏らした。

 門前に立つ兵は軍服を着ており、腰には剣を下げている。リリにとっては一般的な軍装でしかなく違和感は感じられないが、彼にとっては違うようだ。


「これまで聞いた話や宮殿と街並み、人々の服装や品々を見るに、前近代的な世界と思っていたが……何故あんな軍服が?」

「あれは異世界から渡ってきたものを元に普及したのだけれど、そんなにおかしいの?」


 困惑するイッゼトにリリも首を傾げる。

 彼はほんの少しの間唖然とした後、かぶりを振って立て直す。余程驚いていたのか、リリの疑問に答えることなく己の思考を整理するために直接それを口に出した。


「地球から持ち込まれた物であれば、前近代的世界に軍服があるのはおかしくはない。だが、この乾燥した地で深緑はあまりにも……」


 視線の先にいる、濃い緑色の軍服を(まと)って腕捲(うでまく)りさせた兵士を、珍妙なものでも見るような目で眺めていたイッゼトに、リリの口から更なる驚きが襲い掛かる。


「他には青とかもあるけれど……」

「それは……儀礼用で?」

「実戦で使われるものにも青とか赤とか色々あるわ。でも他国も合わせて緑が一番多いと思う」


 彼は大きく天を仰いだ。慌てたようにリリが言い訳めいた言葉を紡ぐ。


「異界の人間達も緑が一番軍装の色に向いているって度々語っていたから、それで緑色の軍服が世界中に広まったの」

「一般的な軍装に向いているのは否定はしませんが……いくら何でも砂漠の真ん中で深緑の軍服はあり得ません。偽装効果などあったものではない。それに……どうやら問題は軍装だけでは無いようですな」


 兵の(たたず)まいを見て彼の瞳が鋭くなる。

 それを目撃したリリは首を傾けるばかりで、何が彼の心を逆撫でたのかは全く分からないまま、兵の案内を受けて練兵場に入った。



 横並びに立つ円形の的に炎や雷、土の矢弾が命中する。一つ残らず目標が吹き飛んだのを見て兵士達が構えていた杖を下ろした。


「今のが魔術というものですか」


 度肝を抜かれた様子で、イッゼトは信じられないとばかりに目を見開く。

 先に披露された剣と槍の調練を、つまらなそうな冷めた目で見ていた彼の表情が一変した事に、隣に立つリリが自慢げに胸を張った。


「そう、そして次に見せるのは魔銃。魔術を撃ち出す銃よ。異界人がこの世界に(もたら)した銃を魔術師向けに改良した武器なの」


 解説の間に整列した銃兵隊が筒先を揃え、新たに用意された標的へ狙いを付けた。


「撃てぇ!」


 指揮官の号令を合図として、一列に並んだ銃口から一斉に光が吐き出される。

 光線のような軌跡を描く魔力の弾丸は、的を貫くとその背後に設けられた土壁に深くめり込んでから消滅した。


 銃兵が光を吐いた己の相棒を肩に担ぐのを共に見ながら、先程の射撃を披露した指揮官の男が、リリの解説を引き継ぐ形でイッゼトに語り始める。


「魔術の方が応用の幅が広く強力ではありますが、魔銃は少ない魔力でも高い威力を出せるために、魔術が不得意な者も十分な戦力に仕立てられます」

「通常の銃はどのような扱いで?」

「火薬を使用する銃は(すす)の清掃や弾薬の装填などに酷く手間が掛かるため、軍ではほとんど採用されておりません。弾薬の重量も馬鹿になりませんし。対して魔銃は魔力さえ込めればよく、射程距離はあまり変わりませんが、精度や連射性は火薬銃の三倍近く。比較になりません」

「ほう」


 指揮官の説明に、イッゼトは興味深そうな視線を兵が担う魔銃へ向けた。

 続いて御披露目されたのは魔術師の集団による同時詠唱の強力な攻撃魔術。空を駆けた炎の砲弾が地平の先で炸裂する様を見て、この世界に召喚された小太りの軍人は考えを纏めるためか、ぶつぶつと口の中で反芻(はんすう)する。


「魔銃は射程が短いことを除けば後装式小銃に匹敵し、魔術は迫撃砲や前装野砲に相当し得る。儂の持つ近代戦の知識を十分活かせるな。だが一番の問題はやはり……」


 こちらに視線をちらちら送りながら談笑している銃兵達を、じっと見つめるイッゼトであったが、突然リリが水を向けた。


「ねぇ、貴方の魔術も見てみましょうよ」

「はい?」


 それは彼にとって意外過ぎる言葉だったようだが、リリを含めこの世界の人間であれば至極当然の話題である。というのも――


「召喚された人は強力な魔術を使えるのがほとんどなの。勿論例外もあるけれど、軍人なら戦闘系の英雄としてなんらかの能力が付与されている可能性が高いわ」


 彼女は今度こそという期待に満ちた目を露わにした。

 召喚された人間の肉体は高濃度の魔力から形成されており、多くの場合はそれが元となって強力な能力を保持している。

 武将や軍人であるなら、強力な攻撃魔術の他、自らや周囲の味方を強化する魔術などを行使できる可能性が高い。


「身体の中を巡る魔力を感じたら、それを一点に集中させて――」


 リリはその事情と魔力の扱い方を説明し、イッゼトの行動を待つ。彼は瞑目(めいもく)すると、言われた通りに己の中にある魔力を操ろうと集中する様子を見せた。が……徐々に顔は険しくなっていく。


「……リリ殿、魔力とやらが全く感じられぬのですが」

「え」




 日が沈みつつある中、宮殿の通路を沈み切った表情の男女が歩いている。通り掛かりの衛兵や文官は、二人の落ち込みように首を傾げていた。


「まさか魔力を持っていないなんて……」


 練兵場の一件から宮廷魔術師らによる検査が行われたのだが、イッゼトは被召喚者として魔力から肉体を構築されたにも関わらず、魔力をほとんど有していないことが判明してしまった。

 魔術師らによれば、魔力はほぼ全て肉体への変換に消費されてしまったのだろうということだが、その場合は驚異的な身体能力を持つ強靭な肉体となるのが普通である。

 だがしかし、イッゼトの身体は何の変哲もないものだった。

 これに当人を含め誰もが頭を抱える。これでどうやって数多(あまた)の魔物に対抗するのかと。


 暗い顔をする二人は宮殿の一角に用意された部屋の前に辿り着いた。


「とりあえず今日はこのまま寝てしまいましょうか。色々あって疲れたのは貴方も同じでしょうし」


 リリはそう言って扉に手を掛けようとする。しかし先んじてイッゼトが扉を開き、入室を促した。その紳士的な行動に礼を言って彼女は部屋へ足を運ぶ。


「では良い夜を」

「え? 貴方は?」


 振り返ったリリの言葉に、外で突っ立っているイッゼトは片眉を上げた。


「女性と二人きりで同じ部屋に居るわけには参りません。当然のことでは?」

「……えぇ? 親子ほどに歳が離れてるのに?」

「関係ありません。……ああ気候、文化が似ていても宗教や慣習までは似ないのですな」


 彼女の困惑顔から、価値観のすれ違いに気付いたイッゼトはそう呟く。そしてきっぱりと言い放った。


「宗教上の理由で、第三者無しには妻子以外の女性と同じ空間には居られんのです。リリ殿がこの部屋で休まれるなら、私は宿でもとって別の場所で夜を明かさねばなりません。それでは」


 (きびす)を返すべく大きな身体を(ひるがえ)そうとする彼を、リリは驚きながらも引き留める。


「いやいや、そういうわけにはいかないわよ。日没が近いから宿ももうほとんど閉まっているでしょうし」

「ですが……」

「ここは我らが王国の宮殿よ、部屋の一つや二つ新たに用意するくらいわけないわ!」


 結局、普段使用されていない賓客室をイッゼトのために急遽用意してもらい、リリは最初から用意されていた部屋で床に就く。

 やれやれ全くといった空気を纏いながら寝具の上に横たわるが、胸の内は安堵で一杯だった。


 英雄、色を好む。


 召喚術者は女性である事が多いが、その理由の一つは英雄の色欲を受け止めることであった。肉体関係を通じて英雄との信頼を深め、国に繋ぎ留め続ける事が最大の狙いである。

 リリもそのことは十分覚悟していた。部屋の扉を開けた時は、心臓が縮こまり、拳を握り絞めるのを必死に抑えている。


 しかし、イッゼトの言葉を聞いて全て杞憂(きゆう)に終わった。

 ほっとして思わず腰が崩れそうになるのを見事に耐えて、不自然にならぬよう選んだ言葉で通常の会話に持っていけたことは、彼女も正直に言って自画自賛したいと思っている。

 だがそれ以上に、イッゼトの態度に救われたとも感じていた。


「……頑張ろう。魔力もなく前線に立てるほどの能力がなくても、あの人は私が召喚した英雄なんだ。私だけは絶対、味方であり続けないといけないのよ」


 そう決意をしたリリは、明日に備えて瞳を閉じた。


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