表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔人バラクロア  作者: ASD(芦田直人)
第2章 王国軍登場
9/39

第2章(その4)

 右往左往する兵士達とは裏腹に、手早い動きを見せたのが村の人たちでした。さすがに王国軍の糧食をこのどさくさにまぎれて黙って盗み取ろうというような大胆な愚か者こそいませんでしたが、兵士達が炊き出しをして食事にありついているのを羨ましく思っていたのは確かなので、貴重な糧食がごうごうと燃えているさまをみて、いても立ってもいられなくなってしまったのでした。もちろん、村の中での火事というだけでも一大事ではあるのですが。

「砂だ! 砂をかけるんだ!」

 まるで常日頃からそれだけを一心不乱に訓練でもしてきたかのように、村人達の動きはそれはもうてきぱきとしたものでした。火はあっという間に消し止められ、積み荷のかなりの分が延焼を免れたのでした。……ただし、その大半が消火のために被せた砂にまみれてしまったのでしたが。

 ですが、王国軍の兵士たちにしてみれば、そんなことにかまけている場合ではありませんでした。いよいよ姿を現した魔人バラクロアが、方々に火を放って――実際には姿を見せたのはほんの少しの間の事でしたし、派手に燃え落ちたのもくだんの荷車一つだけだったのでしたが、何もないところに突然炎が吹き上がるという怪異を目の当たりにすれば、さしもの兵隊たちも慌てふためかない方が難しかったでしょう。

 そのバラクロアはと言えば、兵士たちをさんざん驚かせたかと思うと、そのまま夜闇にうっすらと山陰の見える方角に向かって、はっきりとした光跡を残しつつさっと飛び去ってしまいました。

 その山が、魔人が封じられたとかいうかの火の山であるとすれば、それはいよいよ持ってバラクロアの実在を人々に深く印象づけたのでありました。果たしてそんな魔人を今すぐにでも追跡するか否か、兵士たちはその場で見苦しく紛糾を始めたのです。

 ……そんな一連の様子を、リテルは高い場所からじっと眺めていたのでした。

「……? あれ?」

 ふと気がつくと、彼女は村のどこかの民家の屋根の上に身を潜めて、兵士たちの様子を窺っていたのです。自分ではそんな場所によじ登った記憶もありませんでしたし、一体いつからそこにいたのかも分かりませんでした。

 ふと隣を見ると、今しがた火の山へと飛び去っていったはずの魔人が、少年の姿で同じように息を潜めて下の様子を見守っていたのでした。

「さっき、山の方に飛んでいったんじゃなかったの……?」

「飛んでいったけど、また戻ってきたんだよ。悪いか?」

 悪いか、と開き直られはしましたがべつだん魔人も気を害したという風でもありませんでしたので、リテルもそれ以上、自分を置き去りにした件について非難する気にもなれませんでした。自分が姿を現したり消したりというだけではなく、リテルの身までもあちらこちらと好き勝手に移動できるくらいですから、何をしたといって今更いちいち驚いているものでもないのかも知れませんでした。

 やがて、王国軍の兵士達はどういう結論を得たものか――あるいはそういう命令が下ったのか、やがて整然と隊列を組むと、一路火の山を目指して行軍を開始したのでした。何も夜中に慌てて追いかけなくても魔人は逃げはしないのですが、一方的にかき回されて黙っているわけにもいかない、という事なのでしょうか。

 その一方であとに残された村人達はというと、荷車の火を消し止めたあとの燃え残りをしばし恨めしげに、遠巻きに眺めていたかと思うと、誰からとなく砂地に埋もれた、半ば炭になった食糧を拾い始めたのでした。そのようなものを持ち帰ったところで満足に人の食べるものでは無いのかも知れませんでしたが、そうまでしなければならないほど、村は困窮していたのです。

「ね、魔人様」

 そんなあわれな人々の姿を遠巻きに見つめながら、リテルはふと呟いたのでした。

「兵隊さん達が食糧を皆に配ってくれれば、村の人たちは助かるのにね」

「そんな気前のいい連中には見えなかったけどなぁ。お前をどやしつけたときの連中の態度を見ただろう?」

「じゃあせめて、軍隊が村にいる間ならば、あれっぽっちのおこぼれだったらあるかも知れないのよね……」

 そんな風にまるで独り言のように呟いたリテルの表情は、まるで何か面白いいたずらでも思いついたみたいに、妙にいきいきとしていたのでした。



(次章につづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ