第6章(その4)
そうやって、どのくらい両軍が川を挟んでにらみ合っていたでしょうか。
ホーヴェン王子を引き廻していた魔物の一団はすでに対岸の軍勢の元に引き下がってしまっており、橋の上には人間も魔物もだれもおりませんでした。
動きがあったのは人間の側でした。一人の男が、両軍が差し向かい合うそんな大橋の上に、ゆっくりと進み出てきたのでした。
言うまでもなく、それは賢者ルッソでした。
「魔王よ! 聞いているか! 我が名はルッソ、そなたをかつてあの火の山に封じ込めた、かつての賢者の末裔たる者だ! 祖先の偉業を、今ここでこの私がもう一度成し遂げてみせようぞ! いざ、この私と勝負しろ!」
ルッソがそのように口上を述べると、夜闇に包まれた空のずっと上の方に、星明かりさえもさえぎる黒いもくもくとした雲のようなものが湧き起こってきて……それが次の瞬間一斉に炎を吹き上げたかとおもうと、夜空にあっという間に先ほどの炎の魔人像を浮かび上がらせたのでした。
(えらそうに口上など述べるから何者かと思えば、火の山でこのわしの前からおめおめと逃げ出した、あのときの若造ではないか。ひとたび遅れを取っただけではまだ懲りぬか!)
「そうやって侮っているがいい! 次は負けぬ!」
ルッソはそう叫んだかと思うと、果敢にも炎の魔人像に挑みかかるべく、ふわりと宙に浮き上がったのでした。空を一直線に上昇していくその姿は、勇敢であると同時に、はっきりと言ってしまえば無謀そのものでした。
人々の期待を一身に集め……それでも、誰もがしかとその勝利を確信できぬ、悪い方の結末がどうしても人々の脳裏を過ぎってしまうという中で、ついにその戦いが始まろうかという、まさにそんな時でした。
不意に――今にも激突しようかという両者の間に無粋にも割って入るかのごとく、一筋の光線がさっと横切っていくのが見えました。
それはまるで夜空をかける流れ星のようでいて、それでもそのような遙かな高みというわけでもなく、幾分空の低いところを走ったものであることが、下で見ている人々にも窺い知れたのでした。
その光跡は、さっと魔王の前を横切っていったかと思うと、目にも止まらないものすごい速さで魔王の軍勢のまっただ中へと、最後には螺旋の弧を描くようにして墜落していきました。
いや……それを墜落と言っていいのかどうか。光はいったん地面に落下したように見えて、すぐさま取って返したように唐突にもう一度宙に舞い上がって、対岸でそれを見守っていった人間たちの陣地をめがけて飛んでくるのでした。
「こっちに来るぞ!」
「逃げろ!」
あやしい光跡がこちらに向けてまっすぐに飛んでくるのを見て、兵士達は見るからに浮き足立たずにはおれないのでした。魔王がついに攻撃を開始したのだ、という風に捉えた者も多かったに違いありません。
ですが、中にはめざとい者もいて、そうではなさそうだという事に気付いて声を上げたのでした。
「何か飛んでいる……落ちてくるぞ!」
何かといって、光がこちらにやってくるのは確かでしたが、よくよく目を凝らせば、そこには何かしら物体のようなものが実際に虚空を飛来してきているのが見えました。その物体が、光の尾をたなびきながら、実際に風を切る音をたてながらこちらにやって来るのです。




