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魔人バラクロア  作者: ASD(芦田直人)
第5章 若き賢人
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第5章(その5)

「お前、こいつを知っているのか?」

 魔人にそのように問われて、リテルは思わず返答に詰まってしまいました。

 火の山に住むという魔人バラクロア……その古い伝承は一応は王国全土に流布したものでしたが、リテル自身が幼い頃からよく聞かされていたというわけでは決してありませんでした。開拓民としてこの地方に移住してきたさいに、土地に伝わる昔語りとして多少小耳に挟んだ程度で、生け贄としてこの洞穴に遣わされるにあたって、土地の老人からあらためて聞かされはしましたが、おのれの行く末を案じるのに手一杯でそれも右から左に聞き流していたという次第です。彼女が覚えていたのは、かつて王国で悪さの限りを尽くした魔人バラクロアをこの火の山に封印したというのが、賢者ルッソなる人物である、と言うことぐらいでした。

 ここにいる当の魔人本人は、その時の話のように決して悪逆非道という風には見えなかったのですが、おのれを封印したのが誰それであるとか、そういう話をするのはやはり気に障るのではなかろうか、とついつい余計な気を回してしまうのでした。とは言え、恐る恐るといった体の彼女からそのような話を聞かされても、魔人はいかにも他人事といった風情で、ふうんと生返事をしただけでした。

 あまりに昔過ぎてもはや覚えてはいない、という事でしょうか。それこそまるで他人事のように、気に留めた風でもありませんでした。それでもルッソと名乗ったその青年に対して、警戒を解く風でもありませんでしたが。

「もちろん、伝承の賢人といったところで不死身でもなければ不老不死というわけにも行かぬもの。私は魔王バラクロアを封じた初代のルッソから数えて、十六代目に当たる者だ」

「へえ……そうなんだ」

「かつて賢者ルッソはこの火の山に、悪逆の魔王バラクロアを封印した。人の身で魔王の息の根を止め、完全に滅ぼしてしまう事などとても容易に出来る事ではなかったのだ。それで彼はおのれの後継者を育て、火の山の封印を守る役目を代々に渡って引き継がせ、世の平穏を後世に託した、という次第だ。……残念なことに、その封印は私の代で破られ、バラクロアは世に放たれてしまったのだがな」

 ルッソは静かな口調でそのように語りましたが、端正な顔立ちにかすかに怒りの色が浮かび上がっているのがそれとなく窺い知れるのでした。なんとなく怖い感じがして、リテルは思わず魔人の背中に隠れてしまうのでした。

 そこまでの話にただ黙って耳を傾けていた魔人は、なるほど、と呑気な相槌を打ちました。

「つまるところお前は、おれを封印するなり討ち滅ぼすなりするために、わざわざこの洞穴にやってきたという事なんだな?」

 問うてよいものかどうか、という質問を、魔人はいかにも直接的に、ルッソに向かってぶつけたのでした。

 いかにもその通りだ、という返答が返ってくるものとリテルは思いましたが……実際の回答は、意外なものでした。

「お前が人々に害悪を為しているというのであれば、私の責務からすれば場合によってはそれも必要となろう。だが今のところ、お前のようなものにかかずらわっているような暇は、この私にはないのだ」

 そのルッソの言葉が意味するところを、リテルは一瞬理解しかねました。一体どういう事なのか、と釈然としない表情のリテルを後目に、魔人は大いに納得した、という様子で勝手にうんうんと頷いたのでした。

「……つまり、お前がいうところのその悪逆非道の大魔王バラクロアってのと、リテルがいうところのバラクロアっていうのは、別人、と言うことになるんだな?」

 魔人のその言葉に、リテルは思わずええっと声を上げてしまいました。

 ルッソはそんなリテルを見て……そして魔人を見やって、静かに呟くように言いました。

「……もしかして君は、この洞穴にいるこの魔人を見て、バラクロアだと思いこんでいた、ということか?」

「だ、だって! バラクロアというのは炎の魔人なんでしょう? この魔人さんだって、火の魔人じゃないの」

「それはそうだろう。ここは火の山だからな。妖躯のたぐいが何かしら住み着くとあれば、〈火の物〉以外のものが住み着くとは考えにくい」

「じゃあ……あなたのいう、本物のバラクロアというのは……」

 恐る恐る問うたリテルに、魔人が横から声を挟みました。

「それは別に、あらためて聞かなくても分かるだろ。さっきこの賢者さんは、そいつと一戦交えてきたんだからな」

 そう言われて、リテルはつい先ほど火の山の上空でぶつかり合っていた、二つの火の玉の事を思い出しました。そのうちの片方は例のあやかしの老人で、もう片方が今ここにいるルッソなのだとすれば――。

「あのお爺さんが、本物のバラクロア……?」

「その通りだ、娘よ」

 恐る恐る答えたリテルの言葉に、ルッソは苛立ちを隠しきれない声で肯定したのでした。


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