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魔人バラクロア  作者: ASD(芦田直人)
第5章 若き賢人
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第5章(その3)

「確かに、我ら王国軍には屈辱的な光景であろうさ。だがあれを見る限りでは王子が無事なのだけは確かなようだし、それが確認出来ただけでも、今は良しとしておくより他になかろう」

 フォンテ大尉の言葉は実に薄情かつ臆病な物言いでしたが、結局それ以上強硬に反撃や奪還を主張する者は現れませんでした。そのまま天幕もたたまず、糧食などの荷物もそのままに、彼らは慌てて村を出て行ってしまったのです。

 これに唖然とさせられたのは村人達でした。軍隊が自分たちを守ってくれるどころか、我先にと真っ先に逃げ出してしまったのです。どうせ貧しい村ゆえ運び出す家財道具もなし、とばかりに兵士達に続いて村を飛び出していく者もあるにはありましたが、それでも村人の多くは逃げおおせるあてもなく、村に残ったまま成り行きを見守るものが大半でした。リテルの一家もそういう人々のうちでした。

 残された村人達はとにかく戸口を固く閉ざし、息を潜めているより他にありませんでした。隣人同士なるべく一つの建物に集まり、身を寄せ合って、一言も喋らず物音も立てず、灯火をともすこともなくじっと嵐が通り過ぎていくのを待っていたのです。

 嵐――そう、それは嵐にも似ていたかも知れません。異形の者達は整然と隊列を組むでもなく、さりとて暴徒のように押し合いへし合いして殺到してくるでもなく、不思議と歩調をあわせつつ、黙々と進軍してくるのでした。

 果たして言葉を解する者達なのかどうか分かりませんが、私語をするでもなく、何かを喚き散らすのでもなく……雄叫びやいななきのたぐいもなく、ただ不揃いな足音ばかりが、夜闇に高々と響きわたるのでした。

 やがて集団は村にさしかかりましたが……意外にも彼らの行状は大人しいものでした。立ち並ぶ家屋をさり気なく避けるようにして、村の目抜き通りを黙々と通過していくばかりでした。哀れな人間達を狩り立てたり追いつめたりして、一人残らず皆殺しにしてしまおうという惨劇は、実際には何も繰り広げられる事はなかったのでした。

 それでも、家屋の中にじっと息を潜めている人々は、そんな外の様子もろくに知ることもできないままに、ただ打ち震えていることしか出来ずにいました。リテルの幼い弟も、何が起こっているのかわけも分からないままに母親にすがりついていましたが、それが恐ろしい事態だと理解していないからなのか、あるいはあまりの不安がそうさせたのか、落ち着きのない様子でそろそろと戸口に近づいたかと思うと、ひょいと背伸びして戸板の隙間から外の様子を見やったのでした。

 見れば、村の見慣れた往来を闊歩するのはあきらかに見慣れぬ異形の怪物ばかりで、幼い弟は思わず悲鳴をあげそうになりました。ひっ、と短く喉が鳴ったところで、母親が慌てて背後から口を塞いで、そのまま戸口からさっさと幼子を引き離したのでした。そんなごく一瞬の事ではありますが、怪物どもに担ぎ上げられたまま運ばれていくホーヴェン王子と、思わず目が合ってしまった弟ではありましたが、まあそれはそれ。

 遠い山の洞穴から村の様子を見守っていた魔人は、いざとなれば素早く村にまで飛んで、せめてリテルの家族だけでもどこかへ……例えばこの洞穴にでも避難させるつもりでしたが、どうやら異形の軍勢は村で狼藉を働いたりはせずにただ静かに通り過ぎていくだけのようでした。もちろん、この村が無事だからと言って、この先々の他の村々や町もやはり無事である保証はどこにもありませんでしたが、それでもこの時ばかりはリテルもほっとして胸を撫で下ろしたのでした。張り詰めていたものが一気に緩んでしまったのか、その場にへなへなとへたり込んで、泣いているような笑っているような、えも言われぬ表情をみせたのでした。

 そうやってリテルが一息ついたところで……魔人がふと思い出したのは、先だって老人の行く手を阻もうとした、例の光る飛来物の事でした。

 あれは果たしてどこに墜落したものかと、水鏡の像で光跡が墜落した山の麓の辺りを映し出して探しているうちに、リテルも多少は気を取り直したようで、魔人と一緒に映し出された像を覗き込んだのでした。

 やがて像に映し出されたのは……山裾の斜面に立ち尽くす、一人の青年の姿でした。

 どうにもここまでの間に、火の魔人を除けば、暑苦しいだけの中年の王子やら、得体の知れぬしわしわの老人やら、半獣半人の異形の者どもやら……そういった諸々としか関わりが無かったというのもあるでしょうが、そこに立っているのがいかにも端正な顔立ちの涼やかな美丈夫である、ということにリテルも魔人も揃って不思議な違和感を覚えたものでした。

 彼は口元をややへの字に曲げて、若干途方に暮れた風ではあったものの、物静かな佇まいを崩さぬままに、山の斜面をゆっくりと下っていこうとしているところでした。

 その青年が、ふと何かに気付いたように、こちらの方を見やったのです。


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