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魔人バラクロア  作者: ASD(芦田直人)
第1章 火の山の住人
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第1章(その2)

 まるで地の底から響くような……いいえ、それはまさにある意味では地響きそのものだったのかも知れません。腹の底から震わせられるような大音声に、リテルは怯えきったままでいるより他にありませんでした。

 しかし、せっかくバラクロアが直々に彼女に声をかけてきているのです。ここできちんと用件を告げなければ、ここまで来た意味がありません。彼女は意を決してその場にすっくと立ち上がると、ほとんどわめき散らすような勢いで、思い切りよくまくし立てたのでした。

「私はこの山のふもとにある村の者です! バラクロアさまの生け贄になるためにここまでやってきたのです! 今更帰るわけにはいきません!」

 まるで宣言するかのようにそう言い切ると――ふいに、あれだけ荒れ狂っていた炎が、ぴたりと止んでしまいました。必死で声をあげたリテルでしたが、自分がものを言った途端にそんな風になってしまったので、一体何事なのかとしばし呆然と立ち尽くしてしまいました。

 やがて……炎が止まって再び真っ暗闇の静寂に立ち戻ってしまったその広間の丁度真ん中あたりに、ふいに小さな、とても小さな灯火がぽつりと浮かび上がるのが見えたのです。

 その灯火にしても、何もない空中にふわりふわりと浮かぶようにして燃えているのですから、リテルは不思議さに目を見張りました。真下の岩場には水たまりというには少々たっぷりとした水場があって、その水面に灯火の照り返しがゆらゆらと揺れているのです。まるで夢の中にでもいるかのような、そんな不思議な感じがしました。

 そこでまた、先ほどの声がどこからか響きわたってきたのです。――今度は幾分かは、穏やかな口調で。

(いけにえ、と言ったか?)

「は、はい!」

(では問うが、お前は生け贄として、ここで何をこの俺にしてくれるというんだ?)

「そ、それは……バラクロア様は、生け贄をとって食らうのではないのですか? 少なくとも私は、そのように聞き及んできましたけど」

(では、とって食われたいのか、お前は?)

「いえ、それは……」

(そうだろう。俺も、別にお前をとって食いたいとは思わない)

「……食べないんですか?」

(そもそも、けものもろくにいないようなこんな丸坊主の岩山に住んでて、どんな食い物にありつけるっていうんだよ。おれがそういう肉食の生き物だったら、こんなところに住み着きたいとは思わないだろうな。どうしてもお前のような人間を食らいたいのであれば、俺もこんな何もない洞穴じゃなくて、お前達人間が沢山住んでいるとかいう、街、とかいうところに居を構えるべきじゃあないのか)

「それじゃ、生け贄なんかとって何をするんですか……?」

 そのリテルの問いに、答えはありませんでした。

 いや――。

 不意に灯火が揺らめいたかと思うと、急に大きくふわっと吹き上がって……そのまま炎は小さく渦を巻き始めたのでした。

 一体何が起きるのか、とリテルが見守っていると、やがてその炎は、人の形をとり始めました。

 気が付くと、リテルの前に一人の少年が立っていたのです。

 唖然としているリテルに向かって、その少年が言いました。

「それは逆に俺がききたいな。生け贄なんかよこして一体どうしたいんだ、お前ら人間は」

 ぶっきらぼうに言い放った言葉に、リテルは何も言い返せませんでした。もちろん、問われた質問に対する答えが見つからなかった、というのもありましたが、むしろ何もないところにこうやって人間が現れたという、その不思議な現象の方に、思わず目を奪われてしまったのでした。

 喋った言葉の内容から察するに、この少年こそが、先ほどから彼女が言葉を交わしていた魔人バラクロアに相違ないのでしょう。

 リテルにしてみれば、急に実体を現した魔人を前にどのような言葉をかけたものか戸惑うばかりでしたが、そんな彼女の沈黙を、魔人は別の意味に取ったようで、少しばかり苛立たしげな口調でこう言いました。

「……俺はな、元々身体が無いから、こうやって人間の姿をするのも、意外に面倒なんだぞ。この格好が一番楽だから、そうしているだけなんだからな」

 急に拗ねたような事を言いだした理由に、リテルは程あってようやく気付きました。考えてみれば目の前にいるのは恐ろしい火の魔人だというのに、見上げるような巨躯というわけでも、禍々しい形相というわけでもなく、リテルと大して変わりがないくらい小柄で痩せっぽっちだったのです。先ほど吹き荒れていた炎から思えば、おそろしく醜い怪物のような姿をわざとして、リテルを驚かせてもよかったわけですから、彼女や村の人たちが元々考えていたような、恐ろしげな魔人などではないのかもしれないと思い、リテルは思わずほっとして、笑みをこぼしてしまったのでした。

「こら。笑うんじゃない」

 魔人も、少しへそを曲げてそう不平をいっただけで、リテルの態度をそれ以上たしなめたりはしませんでした。


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