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骨②

「もう。何だったんですか? 顔色悪いですよ」


 車内という閉鎖的な空間にたまらなく安堵する。ここには何者も入ってこれない、絶対的に安全な空間だ。

 そうしてタクシーが走り出して暫くすると、それまで思いつかなかった、ある考えがふと頭に浮かぶ。


「…………これは多分。まだ憶測なんだが」


 これは勘だ、確証なんかない。だが肌で感じていた。最近異常なまでに増えている“自殺者”。自殺者ほどではないが徐々に増えている“成功者”。未来が見えているかのような”佐藤”という男。この3つは恐らく。


「――――繋がってる」

「え?」


 何が何だか分からないといった様子だったが、【私】は構わずに続けた。人間の閃きというのは突拍子もない物だ。


「自殺者と成功者。この2つには関連性がある」


 【私】はこの時からスマートフォンを使い情報を集めていた。知らない方がいい事もある等とは考えずに……。

 今こうして記事を書いている私は、彼女に対し到底抱えきれない罪悪感をこの身に感じている。少なくとも、私の好奇心で彼女を巻き込んでしまったのだから。

 果たして、今私の隣で眠っている彼女は、自身の境遇をどう思っているのだろう。


「高山。このことに関して大学で聞き込みをしてくれないか? どんな細かい情報でもいいから集めてくれ。バイト代も出す」

「それはいいですけど。どうしたんですか?」


 【俺】の顔色を窺っている。たぶん高山は気付いている。あの場所であの音を聞いた時から、地下鉄で何が起きたのか。そして俺が何を見たのかを。


「やっぱり、さっきのホームでの騒ぎって…………」

「お前はその身長に救われたんだよ」

「…………え。日高さん、見ちゃったんですか?」

「俺はこの高身長足長抜群スタイルを呪うよ」

「嘘つけ」


 ――高山は過去にトラウマを抱えてる。さっきの地下鉄での騒ぎは、高山にとって今にも泣き出したいくらいのストレスだったろうな。


「俺はもう一度、佐藤さんに取材のアポを取る。大学での聞き込み、頼んだぞ」


 その時の彼女の顔は見ていないが、返ってきた「はい」という言葉が、自身の抱える不安を強く表していた。【私】もそれに気づいてはいたが、それ以上に、沸き出す好奇心を押し殺す事が出来なかったのだ。本当に愚かである。



 ――――それからの【私】は2日間家に籠りっぱなしだ。ろくに睡眠もとらずモニターに釘付けだった。個人ブログや動画サイト。学生が書いたようなソースも分からない記事など。あらゆる言葉で検索をかけ、どんな情報にも飛びついた。

 しかし自殺者に関する情報だけが乏しく、情報収集に行き詰まった私は、ある人へ一本の電話をかけた。


 頭蓋の内側で反響する呼び出し音。この音だけはどうしても慣れない。家族以外の人間に対しては、不思議と緊張感が走る。

 そしてコールが止まり、電話を通して耳に流れ込む雑音。外にいるのか?


「……あ、もしもし? 日高ですけど。おはようございます」

「おお、日高か! どうした」


 懐かしい声だ。この人の声を聞くのはいつぶりだろう。

 【俺】がまだ局の職員だった頃にお世話になった先輩。佐竹さたけさんは出世欲のない人で、「一生記者として現場へ行く」と昇進を蹴った、俺の数少ない尊敬できる人間。


「お久しぶりです。お忙しいとこすいません。そっちは変わりないですか?」

 久しぶりの空気感につい笑みがこぼれる。

「まあな。お前はどうだ? ゴシップには飽きたのか?」

「飽きるも何も、感じる事なんて何もありませんよ。金回りはいいですけどね」


 電話の向こうで笑ってる。まあそうだよな。戦場ジャーナリストになるって息巻いて独立したのに、今では国内で追っかけやってるんだから。


 その時確かに彼は笑ったが、それは【私】の仕事に対してではなく、久しぶりの私とのやり取りに、昔を思い出した故の笑いだったのだろう。

 今思い返せば、その笑い声は、どこか安心したような感情も孕んでいた気がする。


「そうかそうか。元気が戻ったみたいでよかった。そういえば、女子大生の助手も取ったんだって?」

 その言葉に俺は少し笑いながら答える。相変わらず耳が早いな。

「ええまあ。若い子はそういうの詳しいですから」


 再び佐竹さんが大きく笑っているのが聞こえる。大方「お前変わったな」とでも思っているのだろう。


「お前、昔と比べて――――」

 ホラ来た。

「賢くなったな」

「…………え?」


「ほら、お前が後進国や戦場行ってた時は、ぶっちゃけ馬鹿なやつなんだなって思ってたよ。日本人はそういうの疎いから、金にもならないのによ」


 背もたれに深く寄りかかり、【俺】は何か反論できそうな言葉を探した。しかし幾ら探せど見つからない。正論だからだ。


「けどなぁ、あの時のお前の記事見てると、お前が何を言いたいのかが強く伝わってきたんだよ」


 反論の必要はなかった。むしろ今必要なのは、この胸の底から込み上げる別の感情を抑えることだ。


「目を伏せたくなるような写真も。これは見なければいけないやつだ。って思わされたもんだよ」


 【私】はこの時、なぜ目頭が熱くなるのか分からずにいた。電話越しの声に懐かしさを感じていたからなのか。彼が私の記事を見てくれていたからなのか。あるいは、忘れていた情熱を思い出したからか。

 そんな佐竹さんも、既にこの世にはいないのかもしれない。それでも、彼の言葉は【私】の中でまだ生きている。この孤独と戦って来られたのも、その言葉が支えになってくれたからだ。


 ――――気づけば俺は目頭を押さえていた。そしてあくまでも冷静を装い「ありがとうございます」と返した。


「で? お前が俺に電話してくるってことは、何か困ってんだろ」


 流石。よく分かってる。


「ええ。最近増えている自殺者と、博打とかで成功している人間について情報が欲しいんですけど。そっちの蔵とかに何かありませんか?」


 佐竹さんは「あー」と何か心当たりがありそうなリアクションをする。そんな事されたらつい期待してしまう。


「成功者がどうとかのネタは腐るほどあるし、前者のやつなら1つあったな」


 俺は思わずその言葉に食いついてしまう。期待は裏切られなかったのだ。自殺者の情報は、今一番欲しいものだ。


「どんなのですか?」

「ああ。刺激が強すぎて使えなかったんだよ。その動画」

「動画ですか」


 まさかとは思ったが、沸き起こる好奇心を殺せるほど俺は記者を捨てていない。


「ああ。YouTubeに投稿された動画なんだけど、即刻消された問題映像だ。見るか?」

「いいんですか?」

「おお。結構強いぞ?」


 強い念押しだ。珍しいな。俺が新人の頃は、死体の画像とか平気で見せてきた癖に。しかし今思えば、あの頃の俺は、この人の事が少し苦手だったかも。


「大丈夫ですよ。慣れてますから」


 嘘だ。確かに【私】は、これまで何人もの死の瞬間を目の当たりにして来たが、未だに慣れそうにない。やはり神田かんだも、多少なりとも狂っていたのだろう。


「そうだな。じゃあ俺も、今現場にいるから切るぞ」


 道理で少し声が大きいと思った。現場にいるってことは、佐竹さんはまだ【俺】の知っている佐竹さんだって事だ。少し安心した。


 邪魔をしてはいけないと、【私】も適当に挨拶をしてその電話を切った。

「今度、線香あげに行くよ」と切り際に佐竹さんは言ったが、結局その12時間後。彼は行方をくらました。


 ――――電話を切って暫くした後、前に勤めていた放送局から【俺】宛に、動画ファイルが添付されたメールが届く。

 恐る恐るカーソルをそのファイルに重ね、クリックする。そしてウィルススキャンを終えると、コンピューターは動画を自身に取り込み始める。


 動画のダウンロードは1秒も掛からずに終わり、俺は保存したファイルを開く。一瞬のロード。そして浮かび上がる再生ボタン。俺は迷わずそれをクリックした。

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