元の人生
白い空間に立っている。
落ち着いた状態で待っていると紙が破れるように空間に裂け目が出来た。
ゆっくりと歩き、少し飛びながら中に入った。
閉じられていた目を開くと自分が元いた場所に戻ってきたことを察した。
やっとの思いで起き上がると体が重いと感じた。それは先程まで若くて逞しい春之介という人の体に入っていたから感じることなのかもしれない。
自分の肉のついた腹を見る。
「運動しなきゃな…」
周りを見渡すと店の風景が見える。現実味がない。本当の自分は春之介なのではないかという馬鹿らしい考えが頭をよぎった。
「店員さん!!」
店の男が抱きつこうと、手を広げて近づいてくる。彼の目は涙で濡れていて鼻からは鼻水が出ている。
鼻水…!
私はとっさに避けた。
「感動の再開なのにどうして避けるんですか!?」
感動と言われても私が今着ている服は春之介が父の形見として大事に来ていた服なのだ。鼻水で汚されたくない。
店の男の顔を見ると、ある顔が重なった。
それは私の息子の顔だった。
私は突然息子が愛おしくなり、大事なシャツは脱いで店の男に抱きつこうとした。
「ちょっと! やめてください! 僕にそういう趣味はありませんからー!」
私の腕は宙を掴む。確かに下着姿のオヤジに抱きつかれても嬉しくないよな。
「すまない。悪いことをしました」
そう言うと店の男はキョトンとした顔をする。
「どうかしましたか?」
気になって聞くと男はくしゃりと歯を見せて笑う。
「話し方がズイブント変わりましたね。自分に自信のある張りの通った声になりました」
「あ、あの…すいません。偉そうな話し方になってしまって…」
「いや、そこは元に戻らないでくださいよ」
私はコホンと咳払いをしてみる。春之介が緊張したときによく行っていた動作だ。
すると自分に少しだけ自身が出てきた。
「そうですね。努力してみます」
男は嬉しそうにうんうん、と頷いた後に私の顔を見た。
「それでは次はどのような人生を選ばれますか?」
「もう次の人生に行くんですか? もう少し休んでからでもいいでしょうか」
「そうですね。急ぎすぎました。店員さんは6年程あちらにいたんですものね。お茶でも出しますので、ゆっくり話でもしましょう」
そう言って男は奥に入っていくと小さなちゃぶ台と茶を持ってきた。
ここにはそんなものもあるのか。
茶を啜り一服ついてから私は口を開いた。
「あの、申し訳ないんですが、もう一度名前を聞いてもよろしいですか」
「私の名前ですか。いいですよ。ナカムラ シンイチです」
そんな名前だったろうか?
名前にタという字が混じっていると思っていたが、私の記憶違いか。
「店員さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。それよりも、いつからゲンの体に居たんですか?」
気になったこと。それは、元の人生に戻ってくる前に見た光景。
「釣りの時でしょうかね。シュンノスケについて調べた結果近くにゲンという男がいたことを知りました。彼の中にいればもしものときも店員さんを助けられると思ったんです」