10
いくら図書館の中が広いとはいえ、逃げられる場所というのは限られている。
なりふり構わず逃げられるのであればその通りではないけれど、この女は図書館の資料を管理するために存在する。
本に危害が及ぶようなところへは逃げられない。
図書館で資料の無い場所と言ったら、一体どこがあるだろうか。
徐々に追い詰められながらも、廊下を女の手を引いて走る。
そうしてたどり着いたのが手入れの全く行き届いていない中庭だ。
ご主人はソファがお気に入りで、今までは来たことが無かった。
私はまだまだ体力がある。
この後も、走ろうと思えばいくらだって走れる。
けれどこの女は違った。
いくら図書館は体力を使う仕事だとは言え、私たちと同じペースで走り続けるなんてできない。
息が上がり、既に疲れ果てている印象を受ける。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
全く大丈夫そうじゃない。
それでも街のヤツらの足音は聞こえなくならない。
それどころか、どんどんと近づいてくる。
裏口へ続く廊下は塞いだ。
きっと何人かは残って氷を何とかしようとしているのだろう。
そして、残りが私たちを追いかけている。
魔女に味方する裏切り者を罰するために。
「居たぞ! 中庭だ!」
誰かの声が上がる。
そうしてぞろぞろと現れた10人前後の街人たちだ。
みんな手には何かしらの武器を持っている。
「魔女に与する者を許すな!!」
「磔にしろ!! 火で炙れ!!」
後ろで女が息を呑むのが聞こえ、庇う様に手を広げて街人をにらむ。
ここまでは反撃せず、ただ逃げるしかしてこなかった。
けれど、それももう限界かもしれない。
なにより、逃げようにも女の足が限界なのだから。
体の周りをフワフワと浮かぶ天球儀。
それに指を向けたその時だった。
「俺、突っ込みます!!!」
街人たちの後ろから大きな声が聞こえる。
若々しい、ご主人よりも少し年上の印象を受ける声だ。
それと同時に、街人達の後ろ側がガヤガヤと賑わってきた。
「おいおい、お前は初心者だろ! 無理すんなって!」
「いや、良い判断だ。手をこまねいていたって、奇襲をかける訳にもいかないからな」
「坊主、援護する! おら、自称ベテランどももとっとと突っ込め! ぬこ様はヤツらの先に居るぞ!」
暴れまわる5人の乱入者たち。
賑やかというより、騒がしい。
誰がぬこ様だ。
様付けは悪い気がしないけど。
「ぬこ様、助けに来ました! ちびちゃんの方にも、少なくない人数が向かってます! だから安心してください!」
「オラオラどうした! お前らの敵はこっちだ!」
「11人か……ベテランどもで合わせて8人持て! 俺たちヒーラーは声かけあって支えるぞ!」
「っしゃー!! 高まって来たー!!」
瞬く間に戦場の様子が一転した。
乱入者たちのお陰で、街人たちの敵愾心が全てそちらへと向いている。
何の関りも無いはずなのに、脅威だと感じてしまったのだろう。
おそらくは、乱入者たちが使用した戦闘スキルが原因だろう。
浮足立つ街人たち。
張り切ってスキルを披露する乱入者たち。
私たちは完全に置いてけぼりだ。
けれど――
「……幸せ者め」
そう言いながら、表情が自然と綻んでしまう。
温かい。
少なくとも、彼らとご主人は一度しか顔を合わせていないだろう。
それなのに、ご主人のためにこれだけの人が集まってくれる。
聞いたところによれば、集まっているのはこの5人だけではない様だ。
気付いていないのは、当の本人だけだ。
全く、ご主人もいい加減気付けば良いのに。
目の前で繰り広げられるのは、私やこの女のための戦闘ではない。
遠い所で行われている戦闘だってそうだ。
ご主人のために集まり、ご主人のために行われている戦闘だ。
臆病で、繊細で、誰よりも優しいご主人だけが、そのことに気付かない。
自分の魅力に気付いていない。
温かい世界を引き寄せることができる自分の魅力に。
私が惚れ込むご主人が、並みの存在であるはずがないのだから。
水猫は、主人の存在を模倣する。
性格はあくまで私のものだけれど、温かい気持ちに心が包まれてしまう。
普段ご主人が感じている気持ちを代わりに口にするのも私の役目だろうか。
本当なら言いたくなんてないけれど、役目だと言うのであれば仕方がない。
「……た、助けてくれて、ありがとう」
戦闘中にもかかわらず、乱入者たちは私の声に耳を傾けていた。
よりいっそうの盛り上がりを見せる戦場。
たった一言、気持ちを言葉にしただけなのに。
これは、楽ができて丁度いいや。
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