10
追いついたキトゥンさんは、川の傍にある花を見つめていた。
白くてきれいなその花は、何の比喩でもなく木漏れ日を浴びてうっすらと光っている。
そして、その花弁に付いている物こそ、さっきシャルトスの瞳が教えてくれた妖精の粉だった。
「ユンさん、見て下さい! こんなアイテムは初めて見ました!」
無邪気な笑顔で嬉しそうに私を見るキトゥンさん。
な、なんだよう。
怒りづらいじゃないか。
「妖精の粉は、妖精によって祝福された花粉……ですか。ということは、この近くに妖精が居るんでしょうか。この花も気になります。ユンさんはどう思いますか?」
「ぱ、パーティを組んでる時に、勝手な行動をしちゃいけませんっ」
い、言ってやったぞ。
けれどキトゥンさんは素知らぬ顔。
気にする素振りなんて全く見せず、慎重に妖精の粉と白い花を採集していた。
「勝手なのはどっちですか?強引に連れて来ておいて」
「そ、そうだけど、でも……」
「ふふんっ、口で私に勝つには百年早いです。それよりユンさん、薬師だったら採集はありますよね? このお花を摘んでいきましょう」
「だ、だから勝手な行動は――」
「もしかしたら、薬の素材になるかもしれません」
私の注意を食い気味に封じるキトゥンさん。
その言葉に心が揺れる。
"フェアリーロータス"。
シャルトスの瞳が教えてくれた、その花の情報だ。
レアリティも高く、もしもこれが薬として使えるのであれば確かに欲しい。
魔女の知恵で検索する事も考えたけれど、こういうスキルは他の人に見られたらいけないと学んだ。
キトゥンさんなら良いとも思ったけれど。
「おい、キティ! 何やってるんだ! おいて行っちまうぞ!」
しびれを切らしたディナダンさんが、改めて声をかけてくる。
そんなディナダンさんにも、キトゥンさんはお構いなしだ。
眉を顰めて額に青筋を浮かべながら、ほんの少しだけ声を荒げる。
「誰がキティですか! 私とユンさんは、しばらくここで素材の採集をしています! 後で迎えに来てください!」
え、わ、私も……?
慌ててディナダンさんの方を向くと、何やら満足そうに笑っているように見えた。
シヴァさんも呆れてはいるけれど、怒ってはいなさそう。
「さぁ、ユンさん! 要領よく集めて行きましょう! 私の夢の為に!」
……こんなにキラキラした表情で言われたら断れない。
足元でセンセーが、大きなため息を吐き出した。
その辺りのフェアリーロータスを一部だけ採集したけれど、辺りに妖精らしい者の姿は見えなかった。
ごく稀にモンスターがフラフラと寄って来たけれど、センセーがそれを追い払ってくれる。
センセーが居てくれるから、私達は安心して採集に集中できるのだ。
張り切って続けようとした時、キトゥンさんがその手を止めた。
「これくらいにしておきましょうか」
「え、まだこんなにあるよ?」
辺りにはまだフェアリーロータスの花が咲いている。
むしろ採集した物は、全体の3割にも満たないだろう。
同じように手を止めて首を傾げる私に、キトゥンさんは人差し指を立てて得意げに話してくれた。
「妖精の粉が、妖精が祝福した花粉の事とは先ほど話しましたね。それに加えて、この花の名前はフェアリーロータス。先ほど鑑定をしてみた所、妖精が好む花らしいんです」
「珍しい花だもんね。でも、だったらたくさん持って帰った方が良いんじゃないの?」
「あなたは頭が良さそうなくせに考えなしですね」
雑談をしながら採集をしていたせいか、キトゥンさんは少し前から私に対して遠慮がなくなってきた。
少しだけ怖い反面、それ以上に嬉しい。
そんなキトゥンさんは、私から目線を外しながら、少しだけ顔を赤くして口を開く。
「ぜ、全部持って行ったら妖精が困るじゃないですか。私達はあくまで一部を与えてもらうんです。全部持って行くなんて、そんな礼儀知らずな事をしてはいけません」
あぁ、やっぱりそうだ。
キトゥンさんは頑固で、理屈屋で、一見怖い人に見える。
けど、本当はすごく優しい人なんだ。
私を助けに来てくれたこともそう。
売り上げのこともそう。
口では色々と理由を付けるけれど、自分のことと同じくらい私のことも考えて提案してくれている。
思わずクスリと笑ってしまう。
その様子が面白くなかったのか、キトゥンさんはムッと頬を膨らませながら私を見た。
「……何ですか」
「い、いや、なにも……」
「絶対に嘘です! ユンさんが何を考えていたかなんて、手に取るようにわかりますよ! どうせ私を"幼稚だ"と笑ったんでしょう!」
「そ、そんな事、思ってないよ!」
「信用できません! 謝ってください!」
そんな言い合いをしていると、足元のセンセーが急に立ち上がった。
センセーは基本、移動するとき以外は座っているか寝ているかのどちらかだ。
移動も、私から声をかけないとしようとしない。
珍しい。
何かあるのだろうか。
辺りを警戒していた時、センセーからとある呪文が掛けられる。
"アクアブリーズ"。
水の中でも呼吸ができるようになる呪文。
そして、ようやくその音に気が付いて、私は慌ててキトゥンさんにも同じ呪文をかける。
「ちょっと、聞いていますか! 私は本当におこ――」
「キトゥンさん!!」
思わず押し倒す様に、キトゥンさんに飛び掛かる。
遠くから近づいてくる大きな音と地響き。
センセーはいつの間にか私の服の中に入ってくれていた。
センセーをつぶさない様に気を付けながら、キトゥンさんの身体を抱きしめた時、それが私達の身体を飲み込んだ。
―――鉄砲水だ。
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