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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤンでるパーティーメンバーに囲まれて

作者: カカシ

《「牢獄の牙」ホーム》


僕の一日は全身に「重さ」を感じることで始まる。

右腕と左腕、どちらの腕にも抱きつく少女が。また、胸の上にも少女が。さらに腰にしがみついている少女が。つまり、この四人の少女が僕に「重さ」を与えている正体である。


僕は四人を時間をかけて引き剥がしベッドから降りる。


誓って言うが、この少女達と何かやましい関係というわけではない。

清く正しい交際中(四股で清く正しいのは変だが)というわけでもない。

ただの幼馴染みであり、冒険者パーティーのメンバーだ。


だいたい、ここは僕の部屋である。

なのに、いつの間にかドアノブの鍵が壊され、いつの間にかベッドがキングサイズになってしまっていた。


僕はもぞもぞと起き出す彼女達を横目で見ながらため息をつき、部屋を出る。

階段を降りて共有スペースであるリビングに。

ダイニングテーブルに腰を下ろすと、ハンドサインを送る。

卓上型フォトレ(「photon」と「respond」の造語とかなんとか)はそれを読み取り、空中に仮想ディスプレイを映し出す。

毎朝「牢獄の牙」宛のメールを読むことが僕の日課だ。


「はあ……」


ため息をつきたくもなる。

39件のメール。その全てがファンレターと他パーティーへのラブコールだ。

僕以外のメンバーに対しての。


「うらやましい……」

「何がうらやましいのかしら?」


びくっとして声がした方を見る。

右隣の椅子にナタリーが座っていて、おっとり笑顔をこちらへ向けていた。

ただし、目が細められている。

笑っているのに笑ってないというやつだ。

まずい、とそう思った時には――


パチン


と頬をはたかれていた。


「ルークには私がいるでしょう?私がいれば、他の有象無象なんていらないでしょう?それなのにそんな卑しいことを言ってしまうルークにはお仕置きが必要ですね」


お仕置きって……もうしてますよね?じんじん痛いですよ?そもそも、みんなの人気を羨むのが悪いことですか?

なんて言葉、正論だとしても決して言ってはいけない。

さもなくば、もう一発ビンタが飛んでくるからだ。

長年の付き合いからくる経験上、間違いなくそう言える。


「それと、言っておきますが、ルークにファンメールが一通も来ないのは……」


ナタリーの視線を追いかけてテーブルを挟んだ正面を見る。

ちびっこのミラが背丈の割に大人な感じを漂わせつつ足を組んでいた。

ハンドサインでフォトレの仮想ディスプレイを映し出すと、何やら確認する動作をした後、薄く笑みを浮かべる。


「……排除はうまくいっている……追加制裁は今のところ必要なし……」


「ふふふ、大魔術師さんに睨まれたら恐いわね」

「?」

「何でもないわ。それより、ルーク、ほっぺが真っ赤よ?……かの者に癒しを《ヒール》」


じんじん熱かった頬はナタリーの回復魔法で治まる。

彼女は僕をよく傷つけるが、ちゃんと治しもするので強く言えないのだ。


ナタリーは機嫌が戻ったらしく、ひんやりした指で僕の頬を触り続ける。


「あー!ルークとナタリーがイチャイチャしてるー!レイラも混ぜろー!」


そう声を上げて膝上に飛び乗ってきたのはレイラである。

レイラは獣人だ。

三角の犬耳とふさふさの尻尾があるだけでも反則級なのに、髪の毛がふわふわしている。

彼女の頭を撫でるのは、正直、やぶさかではない。むしろお願いしたい。


「んふふふー」

「首はくすぐったいって」

「すーはー……ルークのにおい好きー」


「あー、もう。レイラ、そんなに尻尾を振るから下着が見えてるでしょ。まったく」


めくれていただろう(僕は撫でるのに夢中で見てない)ネグリジェのスカートを戻したのは最後にやってきたルーナ。

世話好きの彼女はメンバー最年長だが(確定ではない。実年齢は怖くて聞けない)、長年見慣れた僕でさえも時々見惚れてしまう程の美貌の持ち主である。

ブロンドの髪から見える笹状の尖った耳。そう、ルーナはエルフだ。


「ルーナ、おはよう」

「おはよう、ルーク。待ってて、朝食を作るから」


システムキッチンに行く彼女を見送る。


ルーナは料理だけでなく、掃除、洗濯……家事の全てを受け持つ。

本当を言えば、ホームで共同生活しているわけだから手伝わせて欲しいところだが。

いわく、他の誰にも「奪われたくない」のだとか。

世話好きも極まれりって感じがする。


…………

……


僕の右隣にはナタリーが。左隣にはレイラが。正面にはミラが。その隣にはルーナが。

みんな席に着いたところで食べ始める。

スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、スープ、パン。サラダは植物魔法が使えるルーナの自家製で、パンも酵母から作っているそうだ。


ちらっとルーナを窺うと、頬を赤らめ恍惚とした表情をしている。


「私の作った物が、ルークの体に……はぁはぁ……手も足も髪の毛も内臓も、細胞の一個一個に至るまで、私だけ……私だけのルーク……」


毎回思うけど食事中のルーナは挙動不審である。

こっちを見ながらぶつぶつ呟いて、なかなか自分の皿に手をつけようとしない。

心配ではあるが、残念ながら僕も僕とて食事中は忙しかったりする。


「ルーク、ルーク、ルーク。手が止まってるー」

「ああ、はいはい。あーん」

「あーん……えへへ」


半ば抱きついている格好のレイラが雛鳥のように口を開けるので、僕は自分が食べる合間で彼女にも食べさせる。甘え過ぎだと思うし、第一、くっつき過ぎだと思うのだが、彼女は獣人だからと魔法の一言で済ませてしまう。

レイラも年頃の女の子であり、発育のいい部分が結構当たっていたりする。

おかしい、おかしいと思いつつも、彼女との密着に動じない僕もかなり毒されていまっていると思う。


「妬けるわね。たまには私にも食べさせてくれてもいいでしょう?」

「え、ナタリーまで……分かったよ。あーん……」


彼女の笑顔には逆らえないので素直にパンをちぎり、口へと運んであげる。

ナタリーは僕の指まで咥えると


「ッ!」


ゴリッ、とした感触と共に痛みが走った。

思わず引っ込めた人差し指には血が滲んでいる。

指と妖艶に唇を舐める彼女を交互に見る。

ぱくぱくと僕が何も言えない間に回復魔法で指は治されてしまった。


何がしたいんだか……痛いのは痛いんだよ?

言えないけどさ。


救いを求めて正面を見るも、ミラは我関せずといった雰囲気で優雅に(ちびっこのくせに)紅茶を楽しんでいる。目はフォトレのディスプレイに向けられているから本でも読んでいるのだろう。


…………

……


食事が終わりに差しかかったのを見計らったように、ミラが静かに声を上げる。


「……で、ルーク、今日の活動はどうする?」


吸い込まれそうな程に澄んだ瞳でこちらを見つめる。

ミラのその瞳から目線をそらして周りを見るも、他の三人も僕を見つめ何らかの発言を待っている。

うん、まあね。僕がこのパーティーのリーダーだからね。

でも、僕としてはみんながわいわい意見を言ってくれた方が助かるのだけど、いつもそうせずに従順に僕の方針に従ってくれる。

有り難いというか、薄ら恐いというか。


「特には決めてないかな。指名依頼のメールはなかったみたいだし。今からギルドの方を確認してみるよ」


僕はフォトレの仮想ディスプレイを呼び出すと、冒険者ギルドの公式アプリを起動させる。

ホーム画面から「クエスト掲示板」をタップする。

ずらっと並ぶ一覧からタイトルと危険度ランクを見ながら適当にピックアップしていく。


「あ、これなんかいいんじゃない?《青い森》のオーク討伐。危険度ランクB」


僕の言葉にいち早く答えたのはミラだった。


「……変。フィールドと危険度ランクが噛み合ってない」

「だよねー。《青の森》って初心者が行く所だし。オークもせいぜい危険度ランクDだし。ねー、ねー、ルーク」

「ああ、これにはちゃんと理由があって……」

「頭、なでてー」


そっちか、とガックリしつつ、膝上で転がるレイラの頭を撫でる。


「理由はどうやらオークの巣ができてしまったらしい。巣自体はまだ発見されてないけど、通常《青の森》では単体で出るはずのオークが集団で現れた――これは複数パーティーからの証言で信用もできる。さらに未帰還のパーティーがいる。四人の死亡は確認済み。行方不明者は三人。襲われたと思われる現場には持ち物が散乱し、その中に、剥ぎ取られた携帯型フォトレもあったそうだ」


「……豚のくせに頭がまわる」

「まったくもってその通りですわ。餌と一緒にフォトレも持ち帰ってくれれば、位置情報で巣の場所も一発だったでしょうに」

「でもさ、餌ももう少し頭を使って欲しいよね。普通、服の下に隠すとかしない?バカでしょ?」


ナタリーとルーナの言葉に顔をしかめてしまう。

「餌」というのは冒険者であり、しかも、十中八九、女性だ。

生物の理から外れた存在のモンスターは各地にある魔力溜まりからポップする。

それらは自然な生殖によって数を増やすことはしない。

ただし、動物的本能はある。喰うし、殺すし、犯すのだ。

オークなんかは特に……。


「今頃、女冒険者達は酷い目にあってるに違いない。かわいそう――」


そう僕が口にした瞬間、この場の空気が三度は下がったと思う。

みんなが急に無表情になって僕をじっと見つめてくる。ハイライトの消えた瞳で。


ガリッ


ナタリーに無言のまま爪で頬を引っ掻かれる。

ぬるっとした血が首を伝うのが分かる。

まずい、非常にまずい。

この幼馴染み達がこういう反応をした場合、例え僕が正しいことを言っていたとしても、放置したりするとロクでもないことが起きる。

主に僕の身体や精神に。

だから、なんとかして会話を軌道修正する必要がある。


「かわいそう、かは置いておいて……オークって倒すと高級ロース肉をドロップするよね?まあ、店で買えばいい話ではあるけど、自分達で手に入れることに意義があるというか……そうだ、今晩はステーキにしようよ。ルーナ、お願いしてもいい?」


「もちろんよ!任せておきなさい!」


ルーナは快諾し、他のメンバーも口々にクエストを了承した。

さっきまでの張り詰めた空気感が嘘のようである。


僕は冷や汗をぬぐい朝から疲れた気分になりながらも、「オーク討伐」のクエストをフォトレ経由で受注申請した。



《アトラペ》


9時ちょっと過ぎ。僕達はホームを出た。

閑静な高級居住区(冒険当初から住んでいる。30年ローンだ。僕は望んでなく、四人に強制的に組まされた。笑顔でもう逃げられないね、と言われ、冒険者として逃げない覚悟をしたのはいい思い出だ)はすぐに終わり、賑やかなメインストリートに合流する。


ここ、中立都市アトラペは冒険者の街だ。

有名無名を問わず、多くの冒険者パーティーがホームを構えている。

街並みは如何にもそれっぽく、ゲームなんかでお馴染みの煉瓦と石造りの建物が並ぶ。

市場があり、屋台があり、観光名所としても有名である。


そんな街中を僕達は歩いているわけだが……。


先頭を行くのは、ちびっこ(に見える)魔術師のミラ。

三角のつば広帽子とマントを被り、背丈よりも大きな杖を前に突き出している。

何をしているかというと、周囲への牽制らしい。

実際に効果があって、良くも悪くも、人の流れを真っ二つにする。


その後ろには僕と両腕に抱きついている二人の少女。


右腕に抱きついているのは、獣人剣士のレイラ。

ビキニアーマーにホットパンツという目のやり場に困る格好で、獣人特有のしなやかな肢体を外気に晒している。

そして見た目からして重そうな大剣を背中に担いでいる。


左腕に抱きついているのは、エルフ狩人のルーナ。

使い込まれた革装備は僕なんかが着れば地味オブ地味だろうが、彼女が着れば生来の均整の取れたプロポーションを引き立たせる。

早い話は美人は何を身につけても似合うのだ。弓と矢筒でさえも。


それから僕の後ろにいるのは、神官のナタリー。

ふんわり笑顔とシスター服。どこからどう見ても敬虔な神官姿なのに、時折り、手に持つ王笏の尖った部分で僕の背中をチクチクしたり、グリグリしたりしてくる。


つまり、何を言いたいかというと、それぞれに容姿が整った彼女達は目立つのだ。

これ以上ないくらいに。


しかも、僕達「牢獄の牙」(この若干恐いパーティー名は四人が決めた。相手を牢獄のごとく捕まえ、牙を食い込ませる、という意味らしい)は冒険者パーティーランクAであり、最短期間でランクSになるのではないかと噂されている。

雑誌「冒険者タイム」にも「牢獄の牙」が取り上げられたし、今年選ばれた「影響力のある冒険者100人」にも四人が入っている。

レイラとルーナとミラとナタリー……そう!僕以外の全員だ!


この残念な結果については、僕のジョブが一番関係していると思う。

なにせ盗賊なのだから。


僕はこれでも剣も弓も使えるし、魔法も回復魔法も唱えられる。

なのに、盗賊以外の選択肢が与えられなかったのだ。

彼女達に理由を聞くと、盗賊が一番地味でファンがつかなそう……だって。

そうだよね、どうせやるなら人気ジョブがいいよね。

でも、いいんだ。

盗賊は必要不可欠なジョブで、特にダンジョン探索では活躍するから。

致死トラップから四人を守れるなら人気者になれないくらい……。


だけど、正直、少しは期待したのも事実である。

彼女達にあやかる形で僕の人気も上がるのではないか、と。


現実はというと――

向けられるのは男達の嫉妬と殺意。完全なる誤解である。確かに、腕に抱きつかれたりしているけれども、ただの幼馴染みなだけだから。

片や、女達が向けるのは腕輪タイプの携帯型フォトレ。仮想ディスプレイをこちらへ向けて内蔵カメラで写真を撮っている。

レイラ様xルーナ様の邪魔?あの男、調子乗りすぎ?名前知らないけど?

僕は涙を必死に堪えるので精一杯である。


チクチクチクチク


鈍い痛みに後ろを振り向くと、身震いするほど笑顔のナタリー。


「私がいるのに他の豚共を視姦するなんてお仕置きしますよ?ああ、街中で騒ぎになっても面倒ですので今回は大目に見てあげますが……もし、次やったら眼球二つとも潰しますよ?」


違う。なんか違う。

両親の反対を押し切って憧れだった冒険者になって、それなりの成功を収めたはずなのに。

栄光とは程遠い今の状況にひっそりため息をつく。


背後の監視にびくびくしながら、目線をまっすぐ保って歩き続ける。

街の中心、転移ゲートにたどり着く。


僕達は腕輪タイプの携帯型フォトレを魔法陣にかざす。すると、連動して表示された仮想ディスプレイに行き先――《青の森》を入力する。

間もなく視界が白い光に満たされ浮遊感に全身が包まれた。



《青の森》


鬱蒼とした原生林の中を左右を警戒しながら歩く。

鳥や動物の影に隠れてどこからモンスターが襲ってくるか分からない。


ハンドガンやライフルなんかが使えればどれだけ心強いか。

しかし、WAO(世界冒険者機構)が定めたガイドラインでモンスターに対する火器等の現代武器は原則使用を禁止されている。当然、戦車や戦闘機なんかもダメだ。

これはひとえにモンスターやダンジョンの資源保護が目的である。

だから、取り過ぎないように剣や弓や魔法といったゲーム的中世ファンタジー武器の出番となる。


僕の武器はというとショートソード。

盗賊の定番武器と言ってもいい。

そして、盗賊というジョブはフィールドにおいて斥候の役割を担っている。

身軽さを活かして周囲のモンスターを探ることがパーティーメンバーの生存確率を左右する。


なのに、現在、僕は余計な身動きが取れない状況にいる。


僕達「牢獄の牙」は菱形に陣形を取っているのだが、前衛に剣士のレイラ、中衛右に狩人のルーナ、中衛左に魔術師のミラ、後衛に神官のナタリー。

そして、盗賊の僕は菱形の中心、中衛中央に配置されている。

盗賊の性質をこれでもかと殺した毎回お馴染みの陣形である。


そりゃ最初は抗議したよ?斥候に行かせてくれって。

結果、空気が三度、いや五度は下がったよ。

四人はハイライトが消えた瞳で口を揃えて言うんだ。


また、逃げるの――?


いやいや、逃げるのではなく、偵察行動だから。

盗賊ってそういうジョブだから。

だいたい、「また」って何?まったく身に覚えがないんだけど。

うん、恐くて聞けないよね!


そんなことが一度だけあって、僕にとってはその一度だけで十分。

以来、みんなの真ん中で時々左右に首を振っては気配を探るジェスチャーをすることで何とか格好をつけているのである。


…………

……


森に入ってもうすぐ2時間。

ここまでモンスターとのエンカウントは一度もなし。

前衛のレイラが獣人特有の優れた嗅覚と聴覚でルートを選別しているみたいだ。

彼女が言うには、オークの巣の方角はすでに把握済みとのこと。


……僕も思う。盗賊いらなくね?

ち、違うし!ダンジョン探索では大活躍なんだからね!

僕の超絶技巧の前にはどんなトラップも宝箱も敵ではないんだからね!

本当に、本当なんだからね!


あまりの暇さに心の誰かに釈明した僕は、前を行くレイラの肩がぷるぷると震えているのに気づく。左右のルーナとミラ、後ろのナタリーと苦笑し頷き合う。


「レイラ、そろそろ――」


そう声をかけた瞬間、レイラはザッと足を踏みしめるとこちらへ突進してくる。


「ルーク、ルーク、ルーク、ルーク、ルーク、ルーク、ルーク、ルーク、ルーク!!!」


弾丸のごとき彼女を受け止めるのはさすがに無理。

僕は押し倒されるが、レイラはそんなのお構いなしに僕の胸元や首に顔を擦りつける。


「すーはー、すーはー、すーはー……」

「レイラ、その……落ち着いた?」

「んふふふ、ルークのにおい好きー」

「あの……」

「やっぱり、レイラには無理だよー。ルークと離れ離れなんて嫌ー。ルークとずっと一緒にいたいー」


だったら、僕と二人で斥候に行けばよくない?

一瞬名案に思えたが、他三人が反対するに決まっているし、話がややこしくなるのは分かりきっている(口々に責められながら、ナタリーのビンタが飛ぶ)ので、言葉を無理やり飲み込む。


そこへ呆れ顔のルーナが近づいてきて手を差し出す。

有り難くその手を取って上半身を起こした。


「まるで犬ね。お預けをくらった犬そのものね。ねえ、ルーク、飼い主としてもう少しレイラをしつけなさい。毎回毎回、二時間足らずでこれってどうなの?」


「犬」扱いを酷いとは言えない。尻尾をぶんぶん振りまくる犬耳の彼女のことを僕もちょうどそう思っていたのだから。


「あー、ルーナがそういうこと言っちゃう?もし自分がルークと二時間以上離れ離れになったらって考えてみて?私だったら死んじゃうなー」


「ごめん、私も死ぬ」

「死にますわね」

「……うん、死ぬ」


え!?死ぬの!?

会話に参加してきたナタリーとミラを含めて驚愕の面持ちで見回す。

みんなは深く頷き合っているけれど。

そう言えば、冒険者になって二年半の間、たえず一緒にいたっけ。

僕の部屋の鍵も壊されたので寝る時さえも。

でも、だからと言って二時間というか一日や二日離れたくらいで死んだりしないよね?

あれ?僕の方がおかしいのかな?


僕が一旦心を落ち着けようとレイラのふわふわな髪を撫でている間に、ルーナが植物魔法を唱える。これは自然を愛するエルフ特有の魔法で、大きな葉っぱが一枚、それより小ぶりな葉っぱが五枚生えてくる。時間はお昼時。葉っぱをテーブルと椅子がわりにして昼食を取るのはいつものことである。


木漏れ日の中、ルーナが作ってくれたサンドウィッチを食べる。

僕はくっつくレイラにも食べさせながら。ナタリーは王笏で僕を突きながら。ルーナは僕を恍惚と見ながら。ミラはフォトレで本を読みながら。

和やかな時間が過ぎていく。


…………

……


みんな食べ終わり、さあ出発だと意気込んだところで、ルーナから待ったがかかる。


「あのさ、今日はいい天気だしお昼寝しない?ルーク、私に膝枕してもらいたいでしょ?してもらいたいよね?」

「いや、僕は――」


オークの巣に連れ去られた可能性がある三人の女冒険者が気が気でならない。

今も酷い目にあっているかもしれない。

なるべく早く助け出してあげたい。

そう言いたいが、朝のあれで学習した僕は、彼女の機嫌を損ねることは言えない。


こういう自己保身の考え方が冒険者パーティーランクAの「牢獄の牙」のリーダーでありながら個人的に人気が出ない理由の一つかもしれないと思い、ため息をつく。


そうしているうちにルーナは植物魔法によってここら一面を色とりどりの花畑に変えた。


「ルーク、準備できたよ」

「さすがにここで寝るのは花がかわいそうかな?」

「あははは、変なルーク。所詮は植物じゃない。潰そうが散らそうが関係ないでしょ?それにルークのために命を使ってやるんだから本望だよ」


自然を愛するエルフとは思えない言葉に、正直、どん引きする。

でも、決して顔には出さない。

幼馴染みのこういう無頓着な一面は知っているし、受け入れてもいる。


それでも花畑に足を踏み出すことに躊躇っていると、強引に手を引かれた。

ルーナではない。

このぷにぷにの小さな手は――ミラである。


「ちょっ、ミラっ!」


僕は体勢が崩されるまま花畑に倒れる。

花びらが舞って匂いが香る。

そしてすぐに頭の下には太ももが差し込まれる。

お世辞にも肉づきは良くないが、女性的な柔らかさに包まれる。


反射的に体を起こそうとすると、額に手のひらが置かれた。

ぐいっと意外に力強い。

観念した僕は頭を落ち着けることにして、やけに周りが静かなことに気づく。

視線をルーナ達がいた方へ向ける……見るのを後悔した。


5メートル程離れた所で、ルーナは怒りの形相で睨んでいるし(美人は怒っていても美人である)、レイラは涙目で喚きながら大剣を振り回しているし、ナタリーはすっと目を細め笑みを深めている。


「ミ、ミラ、これって……」

「……結界を張った。私にかかれば三人を排除するなんて簡単なこと」

「でも、詠唱してなかったよね?」


ミラは懐から何かを取り出す。

ピラミッド型、彼女の手のひらにも乗るサイズのそれは青白く発光していた。

結界石だ。

ダンジョンの宝箱から手に入る希少なアイテムであり、わずか30分ながらも周囲の空間と次元的に切り離すことで完全な防御性能を誇る。

確かオークションでは数百万で取引されていたはず。

僕達も結構ダンジョンに潜っているが、いまだ宝箱から出たことはない。

つまりは、ミラはオークションでこれを買ったのだろう。


「そんな貴重な物、こんな所で使わなくても」

「……問題ない。あと十個ほどある。本当は夜、ルークと使うつもりで貯めてある」


僕はその言葉に頭がくらっとなる。

十個って……

そんな金があるならもっと別な使い道があるよね?例えば、ホームのローンを手伝ってくれるとか。月々の支払いで僕の稼いだ金は全部消えちゃうんだよ?

そのせいで僕が自由にできる金はないし、当然、貯金も全然ないし。

まあ、申告すれば、四人が買ってくれるから日常生活に支障があるわけではないが。

彼女達のヒモみたいで(実際ヒモじゃないのに!)周りの目が辛かったりする。


そう考えていると、視界に影が差した。

つば広帽子の下の澄んだ瞳がこちらを見つめる。

全てを見透かすような瞳。

僕はそれが落ち着かなくていつも視線をそらしてしまうのだが、今に限っては額を押さえられているからそれも出来ない。


「……私は我慢している。理想はあの三人も本当の意味で排除したい。けど、ルークが悲しむからやらない。私、偉い?お礼を言って?」

「え?うん、ありがとう、ミラ」

「……私は我慢している。だから、たまには抜け駆けしても許される……よね?」


いつもはちびっこの見た目で大人な雰囲気を漂わせている彼女がふと見せた年相応の笑みを目に焼きつけつつ、僕は目蓋を閉じた。


断絶された空間の中、二人の息遣いだけが確かに聞こえる……。


…………

……


三十分後、僕はめちゃくちゃ謝罪した。

あの手この手で彼女達三人の機嫌を取るのに一時間を要した。

その間中、ミラはというと、我関せずとフォトレで本を読んでいた。

まったくもって理不尽な話である。


…………

……


僕達は茂みに隠れて向こうの様子を窺っている。


所々、苔で覆われた黒い岩肌。清水が穿つように垂れていて、それを割るようにして洞穴が開いている。森の中に現れたそこは本来なら一見の価値がある程の景色である。

初心者フィールドである《青の森》は全域が探索済みなので、もしかするとこの絶景ポイントはすでにSNSに上がっているかもしれない。僕がよく見る2ADiary(「冒険者による冒険の日記」の略称)にはまだなかったはず。


でも、そんな景色もオークの溜まり場となってしまっては台無しである。

でっぷりした腹でふごふごと鼻を鳴らす音がそこかしこで聞こえる。

洞穴の外だけで百五十はいるだろう。

なぜここまで増えたのか……《青の森》の魔力溜まりからオークがポップする確率は不変だから、たまたまポップが偏ったのか、他のモンスターとの弱肉強食のバランスが崩れたのか、または、近頃オークを狩る冒険者が少なかったのか……。


今考えても仕方ないことだと頭を切り替える。


僕は携帯型フォトレの仮想ディスプレイを呼び出すと、目を落とす。

冒険者ギルド公式アプリから「マップの閲覧」を選択。現在の位置情報から割り出した周辺の地図、そこにあった洞穴をタップする。

洞穴内部のマップを取得したところで、今度はそれを「マッパ〜くん ver.1.12」という別アプリへ送る。

これは個人が開発しているアプリで、あるモンスターが集団であるマップを占拠した場合に、そのモンスターの生態系や過去の実データから、それぞれの場所がどのような区画になるか(居住、食糧庫、武器庫、ボス部屋など)を確率的に算出する。

結構精度が高いので今や冒険者必須アプリの一つと言ってもいい。


今回の洞穴は3つの分かれ道と14の部屋があるわけだが、「マッパ〜くん ver.1.12」による計算の結果、ある一つの部屋に注目する。

「人質」――ここに囚われた女冒険者達がいるかもしれない……。


「よし、それじゃあ――」

「……まずは洞穴前の豚を残らず殲滅。突入はその後。いい?」


ミラに機先を制する形で言われてしまった。

ここは頷くしかない。


「んー、レイラはいつも通り突っ込んでヤリまくればいいよねー。ルーク、見ててー。頑張るからー」


レイラは背伸びした後、大剣を振りかぶって弾丸スピードで行ってしまった。

さっそく一匹を袈裟斬りで真っ二つにする。

オークは光の粒子となって虚空に消え去り、代わりにドロップした高級ロース肉は実体化する前の魔素の状態でストレージ(マイクロカード型で、フォトレに外部デバイスとして装着可能。魔素のエネルギーと構造配列を記憶する)に吸収される。

保存容量はあるが重量は皆無で便利だが、注意点は一度でもストレージから実体化させてしまうと二度とストレージに収納できないことである。


「ほんと度し難い犬ね。はぁ……犬のお守りは私に任せてくれていいから」

「……了解。左右からの挟撃はこっちで封じる。……凍てつく槍よ、穿て《アイスランス》」

「ねえ、もう少し順序ってものがあるでしょう?私、まだ補助魔法を唱えてないのだけど?しょうがないから万が一すり抜けてきても私がシールドしてあげるわ」


ルーナは孤軍奮闘するレイラへの死角からの攻撃を精密な弓で妨害する。

ミラは同時制御十本以上の氷の槍を左右に飛ばしてオークを近づけさせない。

ナタリーはバフ系の補助魔法を次々と重ねがけしてみんなのステータスを引き上げていく。


「僕も何か手伝うことは――」

「「「ルークは一番後ろに下がってて!」」」


この場にいないレイラ以外の三人に戦力外通告されてしまった。

みんな忘れてしまってないかな?

僕はジョブ的には盗賊だけど、剣も弓も魔法も回復魔法も出来ることを。

忘れ去られていたら、ちょっと、いや、かなり寂しい。


それにじっと落ち着いていられない。

もちろん、囚われの女冒険者達が気がかりだからである。

僕達の奇襲によって洞穴の出入り口付近ではオークが慌ただしく行き来している。

迎撃するために出てくる方が圧倒的に多いが、中に入る奴もいて、それが刺激となって囚われの女冒険者達をさらに危険に追い込むのではないか……そう思えてならない。


ちょうどその時、僕から洞穴までの間がぽっかり空白となって道となる。

行くなら今しかない――ッ!


「みんな、ごめん!僕は先に行くよ!」


ショートソードを抜き放ち、ルーナとミラとナタリーの横をすり抜けて全力疾走で駆け出す。なんか後ろで悲鳴というか絶叫みたいなものが聞こえたけど、気にしてはいけない。後が恐いけどね!

レイラもこっちに気づいたらしく駆け寄るそぶりを見せたが、多くのオークに囲まれていてすぐにはやって来れないみたいだ。


その隙に僕は首尾良く洞穴内部への侵入に成功する。


まだこんなにいるのかと呆れる程、通路にもオークがひしめいていた。

愚直な正面突破は難しいと判断し、ナタリーの補助魔法で底上げされたステータスを生かして、オークを踏みつけ壁を蹴って立体的に突き進む。

飛んでくる拳や鈍器を見切ってかわし、追いすがってくる腕はショートソードで切り飛ばしていく。倒すのではなく、あくまでも速度優先だ。

「マッパ〜くん ver1.12」を信じて分かれ道を曲がって奥に行くにつれ、オークの数も少なくなってくる。


あそこかッ!


僕は突き当たりにあった部屋へと飛び込む。


むせかえる臭いと血の海――

勢いがあったはずの僕の足は知らず知らずのうちに立ち止まっていた。

まさか僕達のせいでと一瞬打ちのめされたが、血の乾き具合から時間が経っていると分かり卑怯にも心を撫で下ろす。


冒険者という職業の闇の部分。

二年半もやっていればこういう凄惨な場面に嫌でも耐性がついてしまう。

僕は女冒険者だった物を見ていく。

鎖に繋がれた腕と折れ曲がった足が辛うじて人間だと判断できる。

服は引き裂かれ、腹も引き裂かれ、顔も陥没してしまっている。

一人目、二人目もそうだ。


僕は半ば部屋の外へ足を向けながら最後の三人目を遠目に観察する。

体は同じように血で濡れていて――慌てて駆け寄った。

腕も足も骨折しているし、下腹部の出血は痛々しいが、彼女にかかった血の大部分は他二人のものだろう。

顔には傷はないものの、瞳に生気は宿っていない。

口に耳を寄せて確認する。わずかながらちゃんと息があった。


まず彼女の両手首に巻きついた鎖をほどいてから、


「……清浄と清潔を《クリーン》」


生活魔法で血と汚辱を取り除き、手をかざして回復魔法を唱える。


「……かの者に主の慈悲を、かの者に主の御手を、かの者に主の光を《エクストラヒール》」


僕の保有魔力の大半を使って僕の知る最上級の癒しを与える。

彼女の体は時間が巻き戻されたかのようにみるみる元に戻っていった。

これで少なくとも体の方は大丈夫だろう。

問題は心の方だが……。


僕は彼女の瞳に微かな光が宿ったのを感じ取る。

こんな時にかける言葉を僕は知らない。


「ごめん。遅くなった……」


そう言うのが精一杯であり、彼女の瞳に涙がたまり溢れ出し、嗚咽し、胸にすがりついても、僕にはどうすることも出来ない。


それと、うん。分かっている。ちゃんと分かっている。

僕の背後に置き去りにしてきた四人のパーティーメンバーがいることは。

怒られるだろうか?お仕置きされるだろうか?

びくびくしていた僕にまずナタリーが近寄ってくると、女冒険者の体に傷がないのを確認する。ミラは自分のマントを彼女に被せ、ルーナは飲み物を手ずから飲ませる。レイラはというとしゃがんで彼女を背負うつもりらしい。


ああ、僕はなんて自己中心的で愚かなのだろう。

穴があったら入りたい気分だ。

人気者である彼女達との差をまざまざと見せつけられた気がした。


それじゃ後は同性の彼女達に任せた方がいいかな……って、あれ?離してくれない?


結局、彼女は僕の胸元にしがみついたまま離れなかったので、僕がお姫様抱っこ(柄ではないって?うるさい!)で連れ帰ることになった。



《「牢獄の牙」ホーム》


僕は下着一枚の格好で風呂場で仰向けになっている。

ぬりぬり、ゴシゴシ、すんすん――

全身を襲う痛みに苦悶しながら、現実逃避のため、こうなった経緯を思い返す。


転移ゲートで《青の森》から《アトラペ》の街に無事戻ってきた僕達を待ち受けていたのは冒険者ギルドの職員だった。

フォトレの電話機能で状況は前もって伝えてあったから、助けた女冒険者はすぐに毛布でくるまされた。正直、ミラのマントでは色々と際どかったのだ。ミラはちびっこだから。

職員の中には、僕達「牢獄の牙」の担当さんもいて、ちょうど女性だし信頼もできる人なので、なおも僕の胸にしがみつく彼女を何とか説得して預けた。

ちらちらとこっちを振り返りながら連れられて行く様子に苦笑しながら見送った。


これからも彼女は冒険者を続けるのだろうか?それよりもまず立ち直って日常が送れるようになるのだろうか?いずれにせよ、僕と彼女が会うことはもうないだろう――


そんな感傷に浸っていたから気づくのが遅れてしまった。

いや、お姫様抱っこという慣れない大役をしたせいで僕も平常でなかったに違いない。今考えると、帰り道、終始無言だったのがそもそもおかしい。

とにかく、幼馴染み四人がまとう空気はこれ以上ない程に絶対零度であった。


僕は四人に引きずられるようにしてメインストリートから高級居住区のホームへ。

そして、そのまま引きずられて風呂場に押し込まれた。

抵抗も虚しく問答無用で服を脱がされ、下着一枚となる。

パーティーメンバーに裸を見られるくらい特に羞恥はないが、ハイライトの消えた瞳に見下ろされ、知らず知らず恐怖で身震いする。


その後は、ルーナに泡立てた石鹸を塗り込まれ、ナタリーにデッキブラシで容赦なく擦られ、レイラにあちこち臭いを嗅がれる。そしてまた、ルーナに石鹸を塗られ……というループを延々と繰り返している。おかげで僕の体は真っ赤だ。


「あぁああ!臭い臭い臭い臭い!豚の臭いがとれないー!」

「ふふふ、これはもう皮ごと剥ぐしかないわね。そうすれば豚の臭いも消えるでしょう?」

「あははは、ルーク、内臓が洗えない、洗えないよ!」


レイラとナタリーはまだいい。

レイラは泣き喚いているだけだし、ナタリーの皮剥ぎ発言は脅しだと思う。

ただし、ルーナが僕の口をこじ開け石鹸を流し込もうとしてくるので、これにはさすがに抵抗して難を逃れる。


一方、ミラはというと、浴槽のヘリに腰かけ足を組んで僕の顔を一点に見つめ、彫像のように動かない。ある意味、一番恐ろしい。


彼女達がこんなにも取り乱しているのはどうやら僕が臭いかららしい。

口々に「豚」と言っているからオークの体臭がこびりついているのだろう。

確かに洞穴の中は酷い臭いがこもっていた。

でも、これだけ洗えばさすがに取れてるよね?《クリーン》の魔法だって何度も使われたし……そう言いたいけど、言い出せない。

経験上、こうなった四人に取れる手段は一択。思考を無にして嵐が過ぎ去るのを待つのみである。無心、無心、無心……。


…………

……


「あー、あの豚許せないなー。今からヤリに行こー」

「そうね、私も今回の豚は殺処分が妥当だと思うわ。ルーナもそう思うでしょう?……って!ルーナ!なんで貴方まで脱ぎ始めているのかしら?協定違反で殺すわよ?」

「内臓を洗えないなら……私の蜜でルークを浄化するしか……はぁはぁ……」

「はいはい、浄化は私がしてあげるから。明日にでも神殿に行って懺悔部屋でお仕置きを、ふふふ……ああ、それでミラの意見は?」

「……私は反対。今は状況的に静観すべき」

「甘いんじゃないかなー。あれ、マーキングする気満々だったし。思い出しただけでイライラするなー。ルークに臭いづけするのはレイラだけの特権なのに」

「……違う。私達の特権。そこは間違えないで。協定を守れないなら排除する」

「あら、いいわね。最近の犬はちょっとルークに馴れ馴れしすぎと思っていたところなのよ」

「チッ、ドS変態シスターが」

「聞こえてるわよ、駄犬」

「……今回の豚はすでにブラックリストに追加した。今後、故意にルークと接触した場合、時期を見て『排除』。私に一任して欲しい」

「ミラがそう言うなら……あー、でも納得できないー」

「……それよりも、いいの?ルーク、久々のフリーズモードだけど」

「わふー、本当だー」

「やっとこの時が来たのね。全状態異常耐性持ちだから隙がなさすぎるのよ、この男は。何度、麻痺毒で傷つけたことか……この感じだと一時間は戻ってこないかしら」

「ルークのルークを好き勝手にできると聞いて!」

「……エロフが復活した」

「みんな、興奮するのは分かるけど、節度はちゃんともってね。ルークの意思なく本番は絶対にダメだから」

「鼻息荒くしてすでに脱ぎ始めている貴方にだけは言われたくないわね」

「すーはー、この濃いにおい好きー。じゃあ脱がすよー」

「「「ゴクリ……」」」


…………

……


気づいた時には僕は部屋のベッドに寝かされていた。

眠っていたわけではないのに時間が飛んでいる不思議な感覚である。

無心になろうとするとたまに経験する。

意識が無意識下に深く潜ってしまうのだろう。


確か風呂場で下着一枚だったはずだが、しっかり寝巻きを着せられている。

部屋は暗く、窓の方を見ると月明かりが差している。

空腹を感じて、そう言えば――

高級ロース肉でステーキの予定だったことを思い出す。すぐに明日でいいかと思い直す。

一食くらい抜いたって死にはしない。

それよりも彼女達を起こす方がかわいそうだから。


僕の右腕にはルーナが、左腕にはナタリーが。胸の上にはミラが。腰の辺りにはレイラが。抱きついていて幸せそうに眠っている。風呂からそんなに時間が経ってないのか、肌には赤みが差している。それに今日は何だかみんなの密着度合いが強い。


僕はああと理解した。

彼女達は誰もがその強さを認めるAランクパーティーの冒険者だ。

それでもやっぱり年相応の女の子であり、今日のクエストで目にした同性の悲劇は彼女達を不安にさせ、ナーバスにしたのだろう。

あれだけオークの臭いを消そうとしたのはそういうことに違いない。

もっと早く気づくべきだった。リーダー失格だね。


本当を言えば、冒険者なんて危険なこと彼女達にさせたくない。

だからこそ僕は田舎を出る際、彼女達には黙って一人で冒険者になるつもりでいた。

一日も経たずして見つかり、なし崩しで四人も冒険者に。

こんな僕と苦楽を共にしてくれる大切な幼馴染みであり、パーティーメンバーである。


これからも僕が冒険者を続ける限り、四人もついてくるだろう。

かと言って僕が冒険者を辞めることはない。僕にとって冒険者は憧れだから。

そんなどうしようもない自己中で愚かな僕に出来る最大の償いは――


僕は命をかけて守るべきこの「重さ」を改めて感じながら眠りに落ちた。

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