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桜の花道

作者: 春田桜太郎
掲載日:2020/02/17

暖かい感動をお楽しみください。

静川町のタクシードライバー、西川清作(59)は今日も客を乗せてタクシーを走らせた。


どうやら外国から来た観光客のようだ。客とのおしゃべり好きな清作は「お客さん、日本に来るのは初めてですか?」と聞いたが外国人に日本語が伝わらないのか、無反応だったので喋るのを諦め、黙って運転した。


しばらくして、清作は「お客さん、目的地に着きま…。じゃなくて、ディス タクシー アライブド トゥー モクテキチ だっけ」とたどたどしい英語で客に告げると「センキュー 、オゥノウ、アリガタウゴザイモウシタ」とたどたどしい日本語で感謝された。


「久々の長距離の運転は、やっぱり疲れるわい」とタクシーの中で清作はしばらく昼寝した。


ふと気づくと、タクシーの窓をコンコン叩いている女性がいる。清作は窓を開け「お客さん、どこまで」と言うと「静川町まで」と言われた。


客を乗せてタクシーを走らせた。清作は「お客さん、なかなかのベッピンさんですね、お若いですし」と言うと女性は「タクシーの運転手に言われたの初めてです」と顔を赤らめた。清作は「お客さん、でもなんで静川なんて田舎に?」と聞くと「私の故郷なんです、実は私来月に結婚するんです、国際結婚で来月からはパリに住むから、故郷の風景を目に焼き付けたいなって」と言われた。清作は二重のショックを受けた。


「お客さん、実は私も静川で生まれ育ったんです、静川町を一望できる場所に連れてってあげますよ」と清作ははりきってタクシーを走らせた。


20分程で到着した。「お客さん、ここは静川山です。子供の頃ここでよく遊んだんですよ、降りて見てください」と言うとその女性は夕日の色に染まった町を眺めていた。清作は話しかけようとしたが、その女性は目に涙を浮かべていたので、話しかけなかった。


それからまたタクシーで目的地に着いた時「お客さん、気に入っていただけましたか」と聞くと女性は「パリに行っても、あの景色を思い出します、あとあなたのことも」と言われ、清作は、「タクシー代はいりません、あなたと出会えたことで思い出話に花が咲きましたから」と格好つけた。


今日も清作は、タクシーを走らせた。「いつもは客のためにこいつを走らせるから、たまには自分のために走らせてもいいよな」とブツブツ独り言を言いながら静川町の桜の名所の春川沿いを徐行運転していた。


満開の桜を見ると、あの時を思い出す。清作が18歳、高校卒業後のことだ。当時、江戸前鮨の職人になることが夢だった清作は、家の農家を継ぎたくはなかった。父親に「江戸前で寿司屋をやりたい」と言うと、「寿司屋で出てくる魚の活き造りに添えられるツマはうちの大根を使っんじゃ、それで満足じゃないのか」「農家継げないならお前はうちの子じゃない、出ていけ」と言われうちを飛び出した。


これからどうすればいいか分からず、ふらふらと春川沿いを歩いていた。泣きながら見た満開の桜は異様に綺麗だった。


清作は、江戸前と言ったら東京だと思い、手持ちは1000円しかないので400キロの道を歩くことにした。「マラソン選手は1日42キロ走ってるんだ、だいたい10日で着くだろう」と思っていたが、山道が多く、隣町に着いたらヘトヘトだった。


とりあえずお腹を満たしたかった清作は飲食店を探してたら、江戸前寿司の看板があった。東京から約395キロも離れている江戸前鮨屋だ。


清作はその店の主人に「私を弟子にしてください」と言うと「だめだ」「なんでもやります、買い出しも、掃除もやります」「無理なんだ」「僕の何がダメなんですか」と言うと「この店明日で閉店なんだ、客が全然入らなくて、俺の腕が悪いせいか、景気が悪いせいか分からないけど」と言われました。帰り際にその主人に「本当に寿司が握りたいならそこの道曲がったところに行けば良いよ、スシラーって回転寿司屋でバイト募集してた」と言われた。


清作はまた歩くと、隣町にまた江戸前寿司屋さんがあった。江戸から390キロも離れた江戸前だ。


その店に弟子入りさせてもらい、毎日雑用をこなした。半年後、寿司ネタの握り方を教えてもらい毎日必死でネタを握って練習した。


ある日、体中に湿疹が出てたので病院に行くと先生に「あなたは魚のアレルギーです」と言われた。ショックだった。


寿司屋をやめて、途方にくれた。うちに帰ることも出来ないし、居場所がなかった。


気がつくとまた春川沿いに居た。クラクションの音が聞こえ振り向くとタクシーが止まってた。清作はタクシーに乗り込むと、ドライバーに「目的地は」と聞かれた。「ちゃんとした会社に就職まで」と言うと、「うちの会社はいま新人募集中だよ。ちゃんとしてるとは言えないけどね」と。


という思い出に浸りながら定年間際の西川清作は満開の桜を眺めていた。


今日も、清作はタクシーを走らせた。ふと、歩道で手を振ってる年配の女性がいた。清作は「目的地は」と言うと「あなた、まだやってたのね」と言われ、清作は驚いた。その女性は清作の元妻だった。「なんだい、まだくたばらないのか」「それはこっちのセリフよ」「小言はもう聞きたくないぞ」「偉そうな態度はちっとも変わってないのね」「なにー、早く目的地を言え」と言うと「あなたの家だったのよ」と言われた。


タクシーは静川公園に停めた。公園のベンチで、清作は「話ってなんだ」と言った。「えっ、あなたまだ結婚指輪はめてたの」「おい、そのあなたっていうのやめろ、勘違いされるだろ」「それはお互い様よ」「それより話ってなんだ」「じつは…。私、来月に再婚するの、相手は立派よ、会社の部長さん」「俺への嫌がらせか」「違う、こういうことはあなたに直接会って伝えた方が良いかと思って」「もう会うことが出来ないのか?」「つらそうな顔しないで。あなたに祝ってほしいなんて言う気はないのよ。でも今も元気そうでホッとしたわ、私から見たらあなたにはこのタクシーがベストパートナーなのね」。


静川町の駅まで送った。別れ際、清作は元妻に笑顔で「絶対に幸せになってね。」と言った。


帰り道、清作は春川沿いの満開の桜をタクシーを走らせながら眺めた。ハンドルを握りながら「こいつは俺のベストパートナーか、よろしく」と言ってはめてた指輪を外し、窓から投げた。さ、仕事だ仕事、清作は今日も笑顔でタクシーを走らせた。

拝見していただきありがとうございました。

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