少女6中
布都はそのまま風符「三輪の皿嵐」を使った。しっかりスペルカードを示して合図もしたのでルール通りだ。
皿を旋回させることで呼んだ風や暴風で周囲を攻撃するそのスペルは、発動されるや否や衣玖に襲いかかった。
三輪とは言うが、この三輪は皿の数ではなく三輪山。つまり大神神社の御神体だ。
ちなみに大神神社は物部の祖、伊香色雄による日本最古の神社のようだ。
五枚の皿を回転させ周囲を攻撃していく布都。
対する衣玖は「うわあ~っ」と叫び、がむしゃらに通常弾を放つと共に皿と風の連携を回避していった。
暴風が収まると風を起こしていた皿はそのまま設置状態になる。
☆
「な、なんですかこれは。スペルは一度と決めたはず」
皿が残ってしまい、ただでさえ地上の住人を見下している衣玖は機嫌を損ねた。
「おお、すまぬな。すぐに使いきる」
すると布都は運気「破局の開門」のスペルカードを即座に使った。
運気「破局の開門」。
物事の運気を操作する風水の真骨頂。
運気の下がる空間を発生させ、中にいる者の不幸を引き出して攻撃するスペルだ。
設置時に皿を巻き込むことで運気はどんどん下がり、相手に訪れる不幸が深刻になる。
そして五枚の皿を巻き込んだスペルは「仏滅」となった。
「うん? なんだ、何も起きませんね。驚かせないでください。異変解決の当てにならないのなら、私は帰りますよ」
衣玖は三途の川から去ろうと歩き出したが、非常に長い時間の後、巨大な青UFOが落ちてきた。
☆
「おぎゃ……」
余りに予想外の展開に、衣玖はそう呟きながら腰を抜かした。
「ふふふ。竜宮の使いとて我が敵ではないぞ」
布都はそう言いつつ自慢げに腕組みをしたが、弾幕ごっことしてはルール違反だ。
「お二人とも、お見事ですね。美しさだけなら互角なんじゃないかな?」
雷鼓は決闘における、弾幕の美しさというもう一つから、そう評した。
「互角。ならば竜宮の使いもまた尸解仙……だな?」
「いーえ、絶対に違います。衣玖さんは妖怪のはずですから」
雷鼓はドヤ顔で、自らの深からぬ知識を披露し、布都は勘違いして「天才である」と誉めた。
「うっ……あれ、私はなぜ倒れている?」
衣玖がむくりと起き上がった。
一方で青UFOはいつ宇宙に戻るのか知れず、危うげな白煙を上げて三途の川に似つかわしくない存在感を放っている。
☆
「いずれ、太子様に皿代を請求せねば」
スペルカードであろうと、衣都が攻撃や弾幕に使う皿は市販の皿なのだ。
「太子……それは豊聡耳 神子さまですか?」
「衣玖殿、いかにも。そして我は太子様に見出だされし尸解仙、物部 布都であるぞ」
そして神子のことを考えたついでに、布都は屠自古の存在を思い出した。
「雷の異変。あなたたちは残念ながらこれからその件で疑われていくだろう。しかし我の下僕と言っても過言ではないアヤツも、また雷使い。いずれあなたたちにも会わせてやろう」
布都が微妙にピンぼけした事を言うので、雷鼓がツッコミを入れた。
「えっ、今じゃないのね?」
しかし、なんとなくなだけで山に行く方針は変わることなく、一行は登山としゃれこんだ。
考えようによっては、山に元凶があれば結果オーライではある。
☆
雷鼓の〈なんでもリズムに乗らせる程度の能力〉で各々の気分を盛り上げながら、一行は山の入り口の樹海をさ迷っていた。
「ドコなんだよ、ここは……」
布都はそう呟いた。
「せめて誰か通行人がいれば、道を聞けるのですけどね」
そう言う衣玖は地上の民を見下しているはずだが、今は妖怪の山にすら雷が満ちており、不安感から易々と布都たちと一時和解し、行動を共にしている。
もっとも、彼女の役目は竜の世界と人間の世界の間に住みながら、竜の大切な言葉を人に伝えることだ。
そのため多少の侮りの気持ちは、役目を果たす義務感により相殺されることも少なくない。
幻想郷にも人間はいるので、尚更だ。
「雲の中に帰りたいです……」
人生の大半を雲の中で過ごす衣玖ならではの不平が漏れた。
☆
衣都たちは知らないみたいだが、妖怪の山に住む妖怪、特に天狗たちは侵入者に厳しい。
「なんだ、アヤツらは?」
「おーい、ヨソモノが来たぞ!」
布都たちら天狗に、あえなく入り口あたりまで追い返されてしまった。
「ふう。弾幕ごっこで話が通じる相手じゃなさそうね」
雷鼓はそう言いながら、ドラムを悲しげにテケテトン、と叩いた。
「あら、あなたたち。人間ではなさそうね?」
山の入り口の更に樹海の入り口。
来た時にはいなかったはずの何者かが、布都らにそう告げた。
「あなたは、もしや尸解仙……だな?」
「えーっ、違いますよ。私は厄神、少なくとも妖怪です」
布都の勘違いも、こうして漫才のように丸く収まることはある。
厄神の名は鍵山 雛。
妖怪の山にいる河童の河城 にとりと仲が良く、山に遊びに来たのだ。ちなみに妖怪であるため、他の神と違い信仰を必要としない。
☆
「なるほど。妖怪の山に入れなくて困っているんですか~」
布都たちの事情を聞き、雛はなぜか微妙に嬉しそうにそう言った。
厄神だからこそ逆に、常に笑顔を絶やさないらしい。
「そうなの。どうすれば進めるか知らないかな?」
雷鼓が雛に聞いた。別に布都がリーダーと決まったわけではないし、雷鼓はなかなか熱血なところがあるからでもある。
「天狗さんたちなら、私の厄に怯えて勝手にどこかに行きますけど……」
雛のこの言葉に、布都は思わず「それだ」と避けんだ。
厄とは言っても雛が人間から引き受けた厄なので、実際には程度が知れている。
しかも〈厄をため込む程度の能力〉で雛が引き受けて溜め込んだ厄は定期的に他の神々にも雛が自ら渡しており、明らかに厄が漂っている雛自身の周囲の空間を除けば大したことはない。
それに精神的に強い布都たち幻想郷の住人には、たとえ厄に触れてもさほどの影響はないのだ。
☆
しかし念には念をと言う布都の提案で、ケンカがてらを装った弾幕ごっこで更に天狗を驚かせることになった。
天狗たちがいた辺りに次第に近づいて来た時、まず雷鼓が一鼓「暴れ宮太鼓」を発動した。
「躍れ躍れえ!」
これはまず横一列に太鼓を降らせてくる。
そしてショットで壊すとその場で弾けて全方位に弾を散らす、低級スペルとは思えない厄介なスペルだ。
また、一列に一張だけ、ドクロマークの描かれた太鼓がある。これは破壊しなくても一定距離を進むと自動的に爆発する。
「ひええ」「弾幕とか!」「散れ、散れえ」
案の定、それだけで天狗は結構逃げていく。
妖怪の山は生活レベルの高い住人が多く、仲間意識が高いというだけだ。
その気になればボスすらこなせる彼女たちにケンカを売るのは、たとえ天狗だとしても、たとえ幻想郷においてでも非常識なのだ。
☆
続いてダメ押しで、ごっこ相手の雛も厄符「バッドフォーチュン」を発動させた。
「えんがちょ!」
光源を発生させ、自身の周りを一回転させてから遠く彼方に飛ばし、その軌道上に米状の弾を配置して左右に拡散させていく技だ。
両者の弾幕はごっこと言えども凄まじい迫力だ。
一説によれば弾幕ごっことは、「避ける隙間がある弾幕なんて、それ自体がごっこでしかない」という意味合いでしかないとあるのも納得の激戦である。
妖怪の山の樹海の木なんて、燃えてもどこぞの妖怪が生やすだろうとは思われるけれども、弾幕は何の遠慮もなく樹海にまで危害を加えていく。
「おやまあ、二人とも熱くなりすぎである……のだな?」
「勘違いでなく、そのようです……ね」
珍しく勘違いしない布都に、この時ばかりは衣玖も全面的に同意したのだった。