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少女4中

 妖怪の山の裏手に、三途の川はある。


 外の世界、すなわち人間界とも言うべき常識の世界でも三途の川は知られている。

 だが幻想郷ですら此岸という意味では外の世界と同類であり、三途の川を渡ると彼岸である。


 そして、三途の川を渡ると来世までは戻れないのだ。


 小野塚 小町は此岸にたたずむ。

 三途の川の船頭の一人こそ彼女であり、彼女は死神だ。


 外の世界の死者よりも幻想郷の死者を担当することが多く、そのためか幻想郷の住人とも関わりがないわけではない。


「私の言ったこと……ちゃんと心がけているかしら?」

「きゃん!」


 どこからともなく聞こえる聞き覚えのある声に、思わず小町は戦慄した。


「四季様!」


 四季映姫・ヤマザナドゥ。

 いわゆる地獄の閻魔様であり、幻想郷の最高裁判長だ。


 ☆


「いやあ、ちょうど小休止を終えて仕事を再開するところだったんですよ。信用がないですねえ」


 小町は言い訳がましくも開き直った。

 小休止どころか、かれこれ半日ばかり怠けていたなど口が裂けても言えないのだ。


「お前に関しては分かりやすくて良い。私もこまめに様子を見にくれば事足りるのでな」

「ありがとうございます」


 小町がお礼を言うので、いつものように映姫もそんなサボり魔には喝を入れねばならない。


「誉めてない。これはイヤミだ!」


 小町はよく仕事をサボるので映姫の直属の部下にもかかわらず、映姫によく怒られている。


 もっともそれは、サボる小町も良くないが映姫の説教癖にも一因がなくはない。


 なにしろ説教した相手が実際に行いを正したかどうかを見に行くものだから、筋金入りの閻魔だ。


「おや、あれはお前の忘れ物ではあるまいな?」


 三途の川を何やら流れてくる物体を遠くから見極めた映姫は、小町にそう尋ねた。


「いや、アタイは知りませんし……それに物と言うより人のような」


 ☆


 ところで、三途の川での死神の役割には死者を迎えに行き魂を摘む係、その魂を船に乗せて三途の川を渡らせる係、そして地獄の雑務をこなす事務係の三種類がある。


 そして小町は先に述べたように三途の川を死者に渡らせる船頭だ。


 三途の川が彼岸への入り口だけあって、小町はその日次第では猪の死体やら百年前の人骨やらが川を流れて来るのを見ないわけではない。


「へえ。どうやら仙人のような気を感じますね」


 結論から言うと、小町の言うことは間違いではない。

 流れてきたのは自称・尸解仙の布都だ。


 幻想郷の異変にまつわる話には諸説あり、果たして彼女が尸解仙なのか、単に蘇生した人間なのかは本人にすら分からない。


「ぶくぶくぶく……だな」


 ☆


「大丈夫だろうか?」

「四季様、どいてください。こうした土左衛門はアタイの得意とする分野ですから」


 布都を心配する映姫をよそに、淡々と小町は心臓マッサージを始めた。


 ちなみに死神である小町が土左衛門を得意というから、彼岸が思い浮かぶだけである。


 更にそもそもで言うなら、仮に布都が死んでも迎えに来るのは、迎え担当の死神だ。


「いきめ、いきむんだ仙人よ」


 映姫は混乱するあまり、布都に産気付いた妊婦への助言を送った。


 生者や死者への説教は大の得意な映姫ではあるが、死にかけの者は唯一と言って良いほどに映姫は慣れない。


 だがやがて心臓マッサージが効き目を発揮し、布都は唸った。


「う、うーん」


 布都はこうして蘇生した。もちろん死からではなく、瀕死からの蘇生だ。


 ☆


 布都は妖怪の山を目指していたのを三途の川に着き、しかも迂闊に川を眺めていたら立ちくらみがして落ちてしまったのだ。


「はあ。こんな所でもたもたしていられないぞ。我は茨華仙に会わねばならない……のだな?」

「いや、アタイは知らないけど」


 記憶が混乱しているのか、素の勘違いなのかは布都にしか分からないのが、こんな時に小町のような話し相手には迷惑だ。


「小町よ。しかしお前はこの仙人が会うべき人物とは親しい間柄であろう?」


 確かに映姫が言うように小町は、華扇とは住まいである屋敷によく訪れるほどの仲だ。


「まあ、はい」


 小町はなんとなく映姫が言わんとする事を察し、曖昧に返事して仕事に戻ろうとした。


 なぜなら彼女の勘が正しければ、サボりを止めてでも仕事をしたほうがマシなほどの雑務を言い渡されるはずだからだ。


 ☆


「まあ、はい、ではない。茨華仙の屋敷に連れて行くか、地図か何かを差し上げなさい」


 地図では事足りぬが、多忙な映姫は華扇の屋敷に至る道については詳しくないか、知っても忘れてしまうのだろう。


 すなわち、妖怪の山にある屋敷に辿り着くには、正路と呼ばれる正しい道を通らねばならない方術が敷かれているのだ。


「四季様。方術の抜けかたを教えて良いかがアタイにはなんとも……」


 その方術は華扇によるものだが、あたかも博麗大結界に似た論理の結界に近い結界である。


 正しい道を選ばねば延々と同じ道に戻るが、引き返すのは容易い。

 その点は、どんなに進んでも外の世界に行けず、またどんなに進んでも外の世界から来れないという原則を有する大結界と極めて類似しているのだ。


 ☆


「ならば、仙人よ。あなたはどうしても茨華仙に会わねばならぬか?」


 今度は視点を変え、華扇に会う必要性という観点について映姫は直接、布都に質問した。


「異変の解決。全てはそのためであるぞ」


 揺るぎない自信に満ちた声で、布都は答えた。


 仙人と勘違いされているのを訂正しないのは誉められたものではない。


 しかし尸解仙もまた仙人と解釈するなら、今この瞬間においてならば、布都とて仙人に等しいありがたみだ。


「ではアタイが、さくっと許しを得て来るので少し待っていてちょうだいな」


 そう言うなり、小町は妖怪の山に向かい始めた。


 ☆


 三途の川にいる映姫と布都。


 普段、大袈裟に言っても懇意にしているわけではない双方にとって会話の糸口はない。


 それは布都がとかく神霊廟を中心に生活していることもあるが、映姫は映姫で小町という例外にさえ必要以上の交流はしないからだ。


 とりわけ映姫は閻魔という立場を優先し、私情が入らないように身内とも外界とも関わりを深めないことで公正な閻魔を目指している。


 しかし沈黙もどうかと考えた映姫は異変、というフレーズには触れておくべきと判断を下した。


「時に仙人。異変とはまた大層な言い回しだが、幻想郷に何か起きたのですか?」


 休日以外は冥界にいる閻魔がいるとだけは、神霊廟に来る神子の弟子たちから聞き及んでいたが、布都はどうやら幻想郷に詳しくないこの閻魔こそがそうだと早合点した。


 正しくとも早合点。

 布都に限っては往々にして起きる現象だ。


 ☆


「ふっ。屠自古が聞いたら、やれやれと言いそうな是非曲直庁の怠慢……ですな?」


 またまた珍しく正しい早合点だ。

 まさに下手な鉄砲、数打ちゃ当たる。


 とは言え、映姫は別に怠慢だから無知なわけではない。


 白黒はっきりつける程度の能力。

 映姫が一度下した判決は覆らないというその能力の全てをいつでも閻魔として注げるよう、むしろ熱心に正しい道を知り尽くさんと努力しているという点では理想的な閻魔と言える。


「確かに仙人殿にも一理あります。暇な時には幻想郷にも目が届くよう、更に努力して行く所存です」


 紅魔館のパーティーには出るのに、神霊廟には足が向かないという点を批判されたと考えた映姫は尚更、ただでさえ小さな背丈を小さくした。


 ☆


 しかし、布都はやはり布都だ。


「はあ、近ごろの鬼は甘すぎるし、神は神で長いものに巻かれる。それもこれも、閻魔殿が誰とも親交を深めない孤独閻魔だからですぞ」


 失言、苦言。

 仙人にあるまじき言葉に、ようやく映姫は果たしてこの者が仙人かと疑い始めた。


 しかし、そろそろ映姫は仕事に戻らねばならない。呑気な小町とは違い、二交代制の閻魔稼業は簡単にはサボれないのだ。


「まあ、前向きに検討します。それでは仙人よ、ごきげんよう」


 映姫が去り、しばらくして小町が戻ってきた。


 そしてその傍らには、なぜか付喪神らしき者がいたのだ。

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