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少女3中

 幻想郷の東の端に位置するのが、霊夢の住む博麗神社だ。


 正確に言うなら、幻想郷側の博麗神社がそこにあり、「外の世界」の博麗神社もまたそこにある。

 二つの博麗神社を論理的に行き来出来なくする仕組みこそが、博麗大結界そのものだ。


「景気はどうだ? 博麗の巫女」


 たとえば森といえば魔法の森を指し、山といえば妖怪の山を指すのが、狭い幻想郷での慣例である。


 しかし神子が今、神社と言ったのは文脈から博麗神社と分かるだけのことだ。


「そ、そうね。他の神社よりは、儲かりたい気持ちはあるわ。常にね」

「なるほど。……ま、気持ちは大切だよ」


 麗夢が自嘲気味に口にした他の神社。


 今はその守矢神社が山、つまり妖怪の山にあり、さらに人里の外れには寺ではあるが命蓮寺があるためにややこしく、よほど明らかでないなら博麗神社と言わねば通じない。


 むしろ先にあった博麗神社より繁盛しているらしいのだから、麗夢としては肩身を広く出来ない始末だ。


 ☆


「ふふ。巫女のおかげで我々の生活があるのだから、あまり厳しくしてもいけないかな?」

「いえ、お構いなく。だっていざ戦いともなれば、やっぱり私は負けませんから」


 神子の寛容の中に威厳ある態度に、麗夢は怯みもせずに応じた。もっとも、神子が博麗大結界の創造主を霊夢でないと知っているかは分からない。

 しかし少なくとも過去には、とある異変による戦いの因縁があった彼女らではあり、その異変は解決し、そして今ではそれなりに良好な関係なのは確かだ。


 だが普段の麗夢は戦いにおける超越的とも思える才覚を悟らせないためか、やはり相当におっとりのんびりだ。


「霊夢殿。我らのこの慎ましい生活は、外の世界と断ち切られた幻想郷あってのこと。太子様だけでなく、我も感謝しておりますぞ」


 布都は神子と同じようなことを麗夢に告げた。

 もっとも幻想郷は厳密にいえば、あるややこしい事情により、外の世界から完全に断ち切られているわけではない。


「こら、バ解仙。そこに屠自古を加えて我々としないから、良いように使われているアヤツにすら頭が上がらないんだ」


 神子の檄が布都に飛んだ。

 そしてそれは屠自古の雷よりよほど怖いらしく、風水を操る程度の能力しかない布都はただただひれ伏した。


 だがその一方で幻想郷があるメリットは確かにあるわけで、屠自古が云々を抜きにすれば布都の感謝にも一理はある。


 ☆


「ところで巫女、単刀直入に聞きたいのだが」


 と神子は急に厳しい口調で麗夢に話を振った。


「な、なんでしょう?」

「何、他でもなかろう。こんな世界にわざわざ足を運ぶのは、もしかして雷の異変の犯人に用があるからだろう」


 先にも述べたように、ゆっくりな雷が幻想郷に溢れているのだ。

 それが出来るのは雷を操る程度の能力を持つ屠自古だと見なされるのは無理もないと、どこかで神子は観念していた。


「い、いえ。なんとなく気になっただけです。それに雷を使えるという意味でなら、他にも思い当たる人が一人いるんです」


 さらりとそれだけ言うと、「では香霖堂に用事があるので」と麗夢は神霊廟から帰ろうとした。


「ふむ。巫女よ、ならばその心当たりに布都を会わせてくれないか?」


 神子は引き止めるため近付くでもなく、しかし遠くからでも聞こえる力強い声で麗夢にそう頼んだ。


 ☆


 香霖堂。

 幻想郷の南西に佇む魔法の森、その入り口に森近 霖之助が営むその古道具屋はある。


「やあ。仙人のお客さんとは珍しいね」


 森近 霖之助。

 短めの銀髪に金色の目をした背の高い青年で、人間と妖怪のハーフだ。


「霖之助さん、私もいるわよ。あと、お茶もらうわね」

「あはは。まあ、霊夢にはいつものことだし、今回もツケ払いにしておくとしようか」


 霖之助はいつも黒縁の眼鏡を掛けるのだが、幻想郷の住人にしては珍しいことだ。

 また、青と黒の色合いである彼の和服には、太極印をあしらった前掛けがついている。


「半人半妖か。さてはあなたは我と同じ尸解仙……だな?」


 少し珍しい存在には、このように何かにつけて尸解仙と称したがると思われがちな布都だが、実際にはやはり単なる勘違い癖だ。


「いや、生憎ボクは道具の名前と使い道が分かるだけの、古道具屋の主でしかありません」


 口調は申し訳なさそうだが、古道具屋の目元からは珍しい客の来訪を嬉しく思っている様子が見てとれる。


 ☆


 なぜか常備してある湯呑みでなぜか高級な茶葉をただで使い、優雅なティータイムを愉しんだ霊夢は、店内の妖怪から食料や日用品を強奪し始めた。


「こ、こらこら。霊夢殿、そんなことをしてはなりませぬぞ」


 布都は香霖堂どころか仙界の外には滅多に来ない。


 そのため、霊夢を最高クラスに近い人格者と勘違いしているのだ。だから今の霊夢の行動は、布都からすれば唐突に始まった非日常である。


「ははは。まあまあ、霊夢は絶対に妖怪を倒せない立場の人間。だから妖怪たちも、最終的には泣き寝入りした方が得な事もあると悟りを開くんですよ」


 平易な言葉ながら難解な霖之助の言葉に、布都は曖昧にうなずいた。


 付き合いの浅くなさそうな、霊夢の知人が言うのだから間違いはないのだろう。

 それはそう言った、おそらくは当てに出来るはずという類のうなずきだ。


 ☆


「あ、そうだ霖之助さん。仙人と言えば華扇は最近、どうしているかしら?」


 霊夢としては、一見さりげないこの質問にある意図を忍ばせてある。


 それは、能力が分からない茨華仙こと茨木華扇もまた、雷の異変に関わりがないかという疑いだ。


 なんでもない来訪のようでいてその実、霊夢は異変の解決に向けて既に動いているのだ。


「茨華仙か。それが最近、めっきり来ないんだよ。霊夢こそ何か知らないかい?」


 しかしよくよく考えてみれば、華扇はそう頻繁に香霖堂に来るわけでもない。


 その頻度が更に減ったところで別段におかしくはないのだが、霖之助の言い方が言い方なだけに霊夢は華扇も怪しいという気持ちを抱いてしまったのだ。


「遅い雷の異変……まずは容疑者のあぶり出しからになりそうね」


 ☆


 しかし異変解決に向けた滑り出しに手応えを見たのと同時に、霊夢はいまだかつてない嫌な予感に苛まれていた。


 まるで、今までたまたま効き続けてきた奇跡的な幸運がすっかり無になるような、そんな予感だ。


「話は聞いたぞ。つまり茨華仙が異変の犯人……だな!」


 そう勘違いしたまま、布都は香霖堂を飛び出した。


 決して愚かでない布都だが、古風なのに神霊廟での生活が長いため、あぶり出しという言葉の本来の意味に帰結できず、華扇が犯人と誤解してしまったのだ。


「あっちゃ~、これはかなり長引く異変になりそうね」


 神子の頼みとは言え、安請け合いしたことを霊夢はそのように判じた。

 つまり嫌な予感の正体こそ、おそらくはトラブルの象徴たる物部 布都なのだ。


 ☆


「仙人、大丈夫だろうか?」


 霖之助は心配そうにそう言ったが、聞いた相手が悪かった。


 なぜなら霊夢は次に最善な一手を求めるべく、既に店を出た後だったからだ。


「はあ。こんな幻想郷じゃあ、私のチカラも無意味ね」


 空を飛ぶ程度の能力。

 普段なら異変解決のために有用な霊夢のその力も、雷がそこら中に散在していて使い物にならないのだ。


「ラッセーラっ、ラッセーラっ」


 一方、癖の強いバサラ調の掛け声でペースを保ちながら、布都は走った。


 ☆


 布都の〈風水を操る程度の能力〉は空間には作用しないので、茨華仙の屋敷があるという妖怪の山には徒歩で向かうしかない。

 布都の能力は建物や自然に風水で運気を変えて影響を与えるというのが本質なので、道を明らかにするような仕組みはないかもしれない。

 少なくとも、布都自身は試す気もないらしい。


 雷さえなければ、さしもの布都でも霊夢に頼る考えはあった。


 けれども香霖堂に向かう道中でさえ、神霊廟の出口が自在にならなければ、危うく幻想郷を東の博麗神社から西の魔法の森まで歩かねばならないところだったのだ。


(まあ、幻想郷は小さいから、歩くのもまた乙ではあったのだがな)


 幻想郷は一つの町ほどあるかどうかの小さな世界。

 そこに雷さえなければ、どこかに出かけるのに不自由はない。


 だが布都は妖怪の山を目指していたはずが、なぜか三途の川に到着したのだった。

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