少女2中
「はあ、羽化昇天したいぞ。いや、もうこんなに素晴らしい我は羽化昇天している……のだな?」
布都の勘違い発言がまたも飛び出した。
羽化昇天。
仙人には、天仙という最も偉い仙人と、地仙という「天仙になる途中」の仙人がいるのだが、天仙や地仙になることを羽化昇天とか羽化登仙とかいう。
それと比べれば、死後に肉体を生き返らせ仙人となれた尸解仙は位が下、つまり格下だ。
「おろかものめが! 一度死んでいるのだから、それだけは絶対にない」
屠自古はそう言うと雷を起こす程度の能力で起こした雷を布都に当てた。
そんな事をするのは屠自古に対する布都の日頃の扱いがろくでもないせいに思えるかもしれないが、そうではない。
時には布都が起こすトラブルを止める役回りになることこそあるけれど、屠自古は布都とそれなりに仲良く暮らしている。
よって雷を当てるのは漫才でいうところのツッコミ。要はじゃれあっているのだ。
☆
「お邪魔しますよっと」
博麗 霊夢が神霊廟にやって来た。
黒髪に赤いリボンがトレードマーク。
そして袖なしの巫女服は肩や上腕があらわなのが特徴的である。その巫女服に身を包む姿は、神霊廟の住人にもすっかりおなじみだ。
普段は幻想郷と外の世界の「ある意味では両方に存在する」博麗神社で、茶を飲んだり柔軟体操したりとお気楽気ままな生活をしている、ほんわかした雰囲気の巫女。
しかしその正体は、幻想郷と外の世界の間のフィルターである博麗大結界を管理する者だ。
更に、なんだかんだで起きてしまう異変の解決を依頼として請け負う博麗の巫女としても、霊夢はよく知られている。
「ふう。なんだかやけに雷が酷くて、厳しい道のりだったわ」
全体的に中華っぽい全体像であり、屋根に龍だの朱雀だのが飾られた立派な門や、八角の荘厳な楼閣がそびえる神霊廟には、麗夢の姿はなんとも場違いだ。
「なんて、博麗神社の縁の下から来たから幻想郷の雷はウチとは無縁なんだけど。それにしても相変わらずカラフルな道場ね」
屋根には黄色の瓦があり、柱や壁は赤と白を基調としながらもその上に中華な絵画が描かれている。
門の前には石畳の広場が設けられているものの全体としての神霊廟は、なるほど色鮮やかなのが目に付く。
☆
「やれやれ。厄介なお客様がやって来ましたね」
雷でいまだに痺れている布都に代わり、屠自古が応対に当たった。
一方、神霊廟の中に注目すると、神子がいない間も弟子たちが仙人を目指して修行している。
その多くは幻想郷暮らしの人間だ。
幻想郷には神や妖怪ばかりがいると思われがちだが、はるか昔に博麗大結界が出来たときに取り残された人間の子孫は人間の里、いわゆる人里で暮らしている。
そう。人里といえば幻想郷では、「幻想郷の中にある『人間の子孫の人間』が暮らす里」なのだ。
そして何より、博麗大結界は実は霊夢が作ったものではない。誰が作ったのかは、少なくとも幻想郷のほとんどの住人は知らないのだ。
「今日は、修行に懲りて里帰りした人間のいない日だったかしら?」
半分は冗談のつもりで霊夢はそう尋ねた。
「またですか? 麗夢さん。誰も辞めない優しい修行で仙人になれるなら、今ごろ里の人間は誰もが仙人です」
それもまた異変と言いたいところだが、幻想郷は幻想郷たるための厳しさを備えていると見れば、そこは人間の自己責任となっているような節は否めない。
☆
「いや、それより青娥はおとなしくしているんでしょうね?」
さらに霊夢はそう言いつつ、幾らかわざとらしく辺りを見渡した。
霍 青娥。
青を基調とした衣装に羽衣といういかにも徳のある仙人の出で立ちでありながら、壁抜けの邪仙という異名を持つ者だ。
しかし神霊廟に住み着く布都や屠自古とは違い、普段はどこにいるか分からない青娥の所業などを真剣に心配することほど、無駄な時間もない。
「なるほど。そう言いながらあなたこそが青娥……だな?」
「はあ? そんなワケないでしょ」
ようやく気絶から目覚めた布都は霊夢に食って掛かるも、にべもない。
と、その時、道場の壁から青娥がすり抜けて現れた。
☆
髪に挿しているかんざしで壁を切って、丸い穴を開け、その穴の中を通って壁の向こう側に侵入するという変わった壁抜けだが、青娥が壁に開けた穴は、いつの間にか穴が消えるという形で元に戻る。
「あらあら、思わぬ所で思わぬ巫女がいたものですね」
のんびりとした口調で自由きままを感じさせる口ぶりではあるが、知る者であるほど青娥のこの巧みな話術には油断しない。
「霊夢。あの青娥と霊夢殿、どちらかが青娥……なのだな?」
しつこいほどの布都の勘違い。
こうした癖こそがトラブルの元になるのだが、彼女にその自覚はないのだろう。
「だーかーら、私は私。どう見てもあの邪な感じこそ青娥だってば」
霊夢は格段に優しいわけではないが、仮にも巫女である立場上、博麗神社の信用のために誰かだけに親切にしないということが出来ない。
☆
「青娥。一体全体、こんなにタイミングよく現れるなんてあなたは何を企んでいるの?」
霊夢は青娥を邪仙でしかないと断定しているので、大抵はこのように威圧的に出るようにしている。
「あらあらあら、それは強い力を持つあなたの方ではなくて? さしずめ神霊廟に客足が伸びて神社の営みが厳しいのでしょ」
博麗神社が風前の灯なのは常日頃からの事実であるだけに、言い返しきれないのが霊夢の悩みではある。
たとえば神子にしてもそうだし他の神や仙人もそうだが、どんなに戦いにおいて強くともそれはそれ。
信仰や信用に関わるところでは、単に強いだけでは立ちいかないことも珍しくはないのだ。
つまりは博麗神社も、そこに仕える霊夢も例外ではないわけである。
☆
そして反対に、邪仙であっても常軌を逸する迷惑さえなければ押し通るという摩訶不思議なことにさえなる。
その結果が、青娥を黙認するという現実なのだ。
「芳香を連れ立って歩きたいほどね。本当、今どきの巫女はすぐにアピールするんだから」
青娥はそう言うが、こればかりは強がりだ。
宮古 芳香という忠実な死体に防腐の呪を施したのが青娥なのは確かだが、命蓮寺の墓地を守る芳香が神霊廟に来ることなど、まずあり得ない。
「やれやれ。厄介な巫女に厄介な仙人。これは波乱の予感しかないですね。私は奥にいますから、何かあれば呼んでください」
屠自古はぴしゃりとそう告げて、神霊廟の中に入ってしまった。
入り口には布都と青娥、そして霊夢が残ったのである。
☆
「あ、そうだ。青娥なら異変のことを知っているかしら?」
思い出したように、しかも態度をころっと変えて霊夢は青娥に異変について尋ねた。
「あらあら。また異変なのね? 全く、どうしてこうも平和主義者の私を不愉快にさせることがなくならないのかしら」
平和主義者、というのは口から出任せだ。
しかしだからと言って青娥は単に純粋すぎるゆえに、子どものように他意もなくこんな嘘を言うのは珍しいことでもない。
「我も異変については口から足が出るほど知りたいですぞ」
「それを言うならノドから手が出るほど、ね」
布都に雷を放つ屠自古がいないので、代わりに霊夢が指摘する役に回ったが、やはり息の合った二人でもないので平凡なやり取りだ。
☆
しかし結局、異変について知ることは特にないばかりか、態度でも分かるようにゆっくりな雷の異変を知らない青娥はやがてこのぐだぐたした時間に飽きたのか、しれっとどこかに行ってしまった。
「つまり青娥が全ての元凶……だな?」
「なんでよ。まあ気持ちは分かるけど、もしそうだとしても、証拠が無さすぎるわね」
布都と霊夢がそうして異変についてあれこれ論じていると、神子が帰ってきた。
「おっ、巫女じゃないか。こんな所で油を売っていて大丈夫か?」
油を売っているわけでなくても油を売っているように見えるという難点をずばり言われた霊夢ではあるが、ここは神霊廟の主を立てるべく我慢と決めたらしい。