少女1中
「キミの言い訳は、全て聞かせていただいた」
十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力の豊聡耳 神子ではあるけれど、今はそれどころではないようだ。
なぜなら今は十人の話よりも、とある一人の長い長い言い訳を聞き続けていたからである。
亡霊の言い訳は希薄であるゆえに、装着しているヘッドホンにも、そんなに響かないらしいが長くもなれば塵も積もればである。
「やってやんよ! が口癖のお前が、やってやんよ! な目に遭うとはな。まあ、因果応報ではあるが」
その見知った亡霊に向かい、神子はそのように半ば説教気味に励ました。
蘇我 屠自古。
足は二股に別れた幽霊足をはためかせ、終えた言い訳が恥ずかしくなったのか照れ笑いを浮かべている様。
それは仏教を巡る昔の争いから仏教嫌いになった彼女らしさに溢れている。
☆
「いやはや、程度の能力の使い道をあれほどに間違えたことは、後にも先にも今回だけでありたいと思います」
いつになく余りに畏まって言うので、神子は屠自古を更に励ます必要に迫られた。
「まあ、いいじゃないか。何事も順応と考える私に仕えている限りは、そう自分を責めることもないだろう。もっと生活を楽しみなよ」
まあ、神子のもう一人の門徒である物部 布都の旧時代的な態度を思えば、屠自古の気も幾らかは晴れるのは確かだ。
「太子様~!」
噂をすれば影とは言うが、噂をしない内からやって来たのがその布都だ。
「太子様。もしかして待っていらした……のですか?」
しかしこんな聞き方を布都がする時はよっぽど布都の勘違いだ。
「いや。というか、どうしてそう思った?」
「……え?」
そしてこのように、今度も彼女の勘違いなのである。
☆
しかし同時に神子は、屠自古の言い訳の件は布都には伏せておいた方が良さそうだと判断し、話題を変える事にした。
「時に布都。幻想郷はいつもと変わりないだろうか?」
すると表情をきっと険しくした布都だが、こんな時にこんな顔をするのは返事の内容に関わりない。
つまり、いつものことだ。
「太子様、我は何も見てませぬぞ。仮にあれを見たことを言ってしまっては、幻想郷にとんでもない異変が起きていることを暴露するに等しいのです」
あれ、と言う分かりやすく漏らした解と、異変という耳慣れた言葉だけで、神子も屠自古もふうっと息を吐くしかないのは自明だ。
「まあそう焦るな、バ解仙」
例によって神子は尸解仙という、仙人を表す言葉をもじって布都に軽口を叩いた。
「バ、バカではありませぬ。我は尸解仙ですぞ」
真に受けて怒り出すのも、何事も単純に考えがちな布都にとっては日常茶飯事。
「やれやれ。太子様はバカでなくバ解仙と言ったのですよ」
屠自古の常識人ぶる様がこんな形で発揮されるのも別段、珍しいことでもない。
☆
あれとは何なのかを隠そうとはするのだが、器用な世渡りを不得手とする布都は隠し事も苦手なために、程なく異変について話し始めた。
まず、あれ、というのはゆっくりな雷であったらしい。
「ゆっくりな雷……ふむ、さっぱり心当たりがない」
雷と言えば屠自古の持つ〈雷を操る程度の能力〉に注目せざるを得ない。
しかしゆっくりな雷、すなわち雷がゆっくりと落ちるという話など、如何に亡霊が放つ雷だとしても、神子は聞いた試しがない。
(となると、言い訳の件とは関係はなさそうだ)
そして異変とは、幻想郷に落ちるそのゆっくりな雷のせいで空に無数の雷が落ち切ることなく浮かび続け、住人たちの生活の邪魔になっているというものらしいのだ。
「なるほどな。報告してくれたんだから、偉いぞ」
しかし神子は布都にそうは言いつつも、自らが異変の原因を探るために幻想郷を飛び回らなければならないかも知れないと思うと、少しだけ気が重くなった。
☆
「そうだ。屠自古は何か分かるか? お前が持つ、程度の能力に似た使い道があれば……あっ」
言ってしまってから神子は気付いた。
そんな聞き方では、屠自古を疑っていると言っているようなものだからだ。
「またですか? この間だって、太子様は私を疑って壊れた灯籠だのひびの入った皿だのおっしゃいましたな。あの時だってよく見れば、全て元から変わった形の灯籠に、元からひびのような繊細な模様の皿だったでございましょう」
短気な屠自古でなくともそうした事ですぐに怒り出すのは、もっともだ。
だからか、多少ケンカっぱやくとも常識を弁えている屠自古には、太子という目上でありながらも日頃から頭が上がらない神子だ。
「はっはっ。ま、まあそんな事もあったかな……っと、いけないいけない。今日はマイカーを車検に出して来ると決めてたんだった。二人とも、留守は任せたからな」
そう言うなり、まるで責め立てた屠自古から逃げるように、神子は外出のため立ち去った。
☆
「太子様……」
屠自古は単に、仕えているからというだけの理由で神子と関わるわけではない。
言うなれば、心から神子を尊敬しているのだ。むしろ崇拝と言っても良い。
「ラッセーラッ!」
なんとも言えない〈風水を操る程度の能力〉しか持たない布都に珍妙な掛け声を飛ばされた屠自古。
さらに適当な理由で草むしりから掃除まで、いいように使われる日常が始まるわけだが、屠自古には苦ではない。
過去の因縁が発端とはいえ幽霊のまま復活しないのも、出来ないというよりは、むしろ壊れやすい人の体の不便さを幾度となく見てきたからに他ならない。
「屠自古。お前がそんな奴隷みたいだから太子はああなのだ。早く我から卒業し、一人前の亡霊になるのだぞ」
このように、布都の言い分は大層めちゃくちゃだ。しかし、
「うん。やってやんよ!」
と、屠自古は変に素直なために従ってしまうのだ。
☆
一方、マイカーを実際に人間の里で車検に出した神子。
聖人であり仙人であり神でもある彼女はその特権を存分に振るいつつ、先日、住まいにして道場でもある神霊廟に招いた仮弟子の人間たちに、無料セミナーを開いていた。
「なるほど。つまり信じる者は、やはり救われるわけですね!」
「神子さま、マジ神子さま!」
セミナーの参加者の反応も、このように上々だ。
というか、仙界に引きこもっていては信仰が得られないことに気付いて以来、神子は積極的に人里に降り立ち、勧誘にならない程度に布教しているのだ。
(ふう。なんだか異変なんて嘘みたいだな)
人里に来るまでは、ゆっくりな雷に当たらないように神経を尖らせてマイカーを運転しなければならず、途中で「そもそも仙界の力を借りたワープで事足りる」と閃くまで神子は本当に難儀した。
しかしいざ人里に来てみればどこかの神か仙人が対応したらしく、そんなに雷がなくて安心なのだ。
☆
ただ、セミナーに来る仮弟子が弟子でなく仮弟子なのには理由がある。
それは何も神霊廟に限った話ではないが、修行が余りに厳しすぎて、ネを上げる人間が続出してしまうというものだ。
(まあ、最近は以前より人が強くなってきたから楽しいけどな)
やはり神や仙人の力を身に付けるのは、憧れだけでは難しいということではある。
しかしだからといって厳しさしか知らないと、人間は信仰すら恐怖して何もしなくなったり、堕落したりする。
つまり神にも責任があるというのが幻想入りした神々の世知辛さなのだ。
「はい。じゃあ今日もありがとステッカーあるから、お友だちにも配ってあげてね~」
ありがとステッカー。
信仰してくれる感謝を、適応第一の神子なりに解釈した結果として生まれた信仰グッズだ。
「おお、今日はサーバル・タイガーと戯れる神子さまだ」
「やったな。今日はまさかのレア回だ」
そう。
たまにレアなデザインのステッカーを混ぜるという、どこぞのチョコ菓子もびっくりのからくりまで万全だ。