03
ダンジョンを作り、次は蒼愛ちゃん達がダンジョン攻略を目的とするように仕向けることにした。
今回は検証も兼ね、蒼愛ちゃん達に直接会ってみることとする。
私が直接話し、どうにか蒼愛ちゃんにダンジョン最奥まで行く目的を与える。
これが上手くいった場合、この世界は完全に私の書いた世界だという仮説が崩壊してより愉快なことになる。
小説とは現実である。
から、現実は小説よりも希なりに戻るということで、後の展開が予想できなくなる。つまり、楽しい。
さてさてでは行こうか。今、蒼愛ちゃん達はレストランで蒼愛ちゃんの能力について話している。もっとも、能力というのもおこがましいというか、おぞましいものなんだけれど。
あぁ、これをネタにすればいいのか。蒼愛ちゃんが自分の能力について知ろうとするのは誰の目から見ても当たり前のことだし大した矛盾点も無い。
私という最大の矛盾点が存在してしまってるわけだけど。
思わぬ収穫があった。
ベンチに座って一通り今後の予定を立てたあと、蒼愛ちゃん達が居るであろうレストランへ向かう途中にまたユウズシャクイと出会った。
ユウズは私のことを一切覚えていなかった。まるで初対面の女をナンパするように話しかけ、肩に手を回してきたのだ。
結局すり抜けるので意味は無いのだが。
しかしどうしようか。
このままでは私は蒼愛ちゃん達と会い、ダンジョン攻略へ促したとしても私が離れたら忘れられてしまう。
それでは話が進まない。
小説家なのだから書けという話だが、私の小説は全て不定期更新だ。しばらく書かないでいることだってあるし小説から距離を置くことだってある。
書き置きを残して、果たして攻略に向かってくれるかな。
基本的に素直なフェイスちゃんでもイタズラか何かだと思って処理してしまいそうだけど…
まぁそれも一興ということで。別にこの物語の目的はダンジョン攻略だけではない。最終目標は決めているけどそこまでの道のりはまだ全然決めていないし、この世界にはまだまだ空白が多い。
『処女たる由縁』
これが今から入るレストランの店名。何を血迷ってこんな名前を付けたのか2年前の私を問い詰めたいところではあるけれど時間は有限。いや、書くのをやめれば有限ではなくなるんだけどその場合どうなるのかさっぱり分からないから不自然に物語の進行を止める訳には行かない。
というかまぁ、止め方が分からないんだけど。
私はコーヒーとサンドイッチを注文し、それらをのせたトレーを持ちながら蒼愛ちゃんとフェイスちゃんを探す。
フェイスちゃんの特徴は白い肌と尖った耳だから気づきにくいけど、蒼愛ちゃんなら分かりやすい。この世界で白衣を羽織って手錠をかけてる女の子なんて蒼愛ちゃんくらいしか居ない。
軽く見回すとすぐにそれらしき姿を発見した。何か二人で話しているようで、蒼愛ちゃんの能力について話し合っていた。
どうやらフェイスちゃんは蒼愛ちゃんの能力を念動力の応用か何かだと思っているようだ。
ここらで話に介入することにする。
「蒼愛ちゃんのそれは念動力なんていういいものじゃないよ。それはもっと悪質、凶悪で、とても不幸なものだよ」
蒼愛ちゃんとフェイスちゃんは突然話しかけて来た私にいかにも驚いて何か言いたげな表情をする。
「あなた、なに?」
蒼愛ちゃんは私に『誰?』ではなく『なに?』と聞いてきた。
「そう聞いてくれるのは名前を聞かれるよりよっぽどありがたいんだけどさ、私もちゃんとは分かってないんだよね。とりあえず言えるのは私は小説家。作者さんとでも呼んでよ」
私の言葉に蒼愛ちゃんは不満そうな顔を浮かべる。
「聞きたいのはそんなことじゃない。あなた、何者?」
何者、と聞かれてもねぇ。
「フェイスちゃん、君は何者かと聞かれたらなんて答える?」
「な、なんで私の名前知ってるの!?」
「なんでと聞かれても…あぁ。こう言えばいいかな?
私は、君たちの生みの親だよ」
二人とも信じられないという顔を露骨にする。
「私は悪魔とエルフのハーフ!人間の親なんて居ない!」
「私も。親は両方とも私が殺したって、研究者の人が言ってた」
「産みの親じゃないってば。産みじゃなくて、生み。男に抱かれたわけでも、お腹を痛めたわけでもないけど、頭を抱えて、腕を痛めて生んだ私の子だよ。一人目は蒼愛ちゃんで二人目はフェイスちゃん」
「なんだか、この世界が小説みたいな言い方だね?」
「フェイスちゃん正解。そう、ここは小説だよ。私はその作者さん。
この街もヤヤの森も、ダンジョンも何もかも、ほとんどは私が作ったものだよ。多分ね」
これを聞き二人は「多分?」と言いながら首を傾げる。
「この世界に来たのは今日だからね、まだ試してないことが多いんだよ。蒼愛ちゃん達との接触も、その試したいことの一つだしね」
そう言いながら私はメモにペンを走らせてからサンドイッチを口に押し込む。
「私はそろそろ行くよ。ごめんね、二人の邪魔をして。
目的が無いなら私からひとつ提案。ダンジョンの最下層を目指したらいいよ。そこで、蒼愛ちゃんの秘密は明かされる。
100層じゃないよ、200層。まぁ今話していることは全部忘れちゃうから無意味かもしれないけどさ。
じゃあね、私の愛しい娘たち。君らの終わりはゆるふわグダグダのハッピーエンドであることを祈ってるよ」
最後に私はメモを一枚ちぎり、蒼愛ちゃんに握らせてから店から出る。
メモの内容は、
『全ての秘密はダンジョンにあり。二人で協力して頑張ること』
さてさて、これでしばらくは休めるかな。
私がこれから向かうのはダンジョンの201層。窓も入り口も無い最奥のさらに下の隙間。
私はそこで別の小説を書きながら蒼愛ちゃん達が偶然やってくるのをひたすらに待つ。
201層はこの小説の外側に作る。
そうすれば、そこの居るものは全て現実のものとなる。今この世界にいる現実は私だけ。それだからこの世界の住民から私に接触することは出来ない。私からすることはできるみたいだけど、それはまぁキャラ設定を弄るのと変わらない。書き留めないから現実から小説に引き戻されるだけで。
ダンジョンの設定は変わらず200層までだから、200層と201層の間の壁は現実と小説の壁となる。
蒼愛ちゃん達来れるのかな…
ま、そこは私の運次第ということでいいかな。
そんなことよりもその部屋の内装を決めよう。
一時的に201階層まで作った後にその設定を捨てればそこは見た目、機能そのままに現実のものとなる。…はず。
小説を手書きで書くのだからどれだけ使っても無くならない紙の束は必要だ。それから机と本棚。せっかくだから現代では見られないような異世界的なものにしたい。
宙に浮き、部屋中をゆっくりと回り続ける本棚たち。
どれだけ散らかしても散らかしきれない大きな机。
一時間程度眠るだけで疲れが無くなる大型ベッド。
あとはまぁ、普通に現代にあるような冷蔵庫とかトイレ、キッチンも必要かな。
うんうん、なんだか考えるだけで楽しくなってきた。
どんだけ大きな部屋になるのかなこれ…
まぁいっか。元の世界の私の部屋はそんなに広くないうえにそんなに快適じゃなかったからね、これくらいの贅沢は許してもらわなくっちゃ。
私は人気のない夜道を歩きながらこれらの内容をメモに事細かに書き記す。
ドンッ!
さながらながらスマホのように下に目線を向けながら歩いていると、彼女に何かがぶつかった。
本来、この世界のものは彼女から一方的な接触しか出来ないはずなのに…