道中ひとやすみ
【18】
荒野に吹く乾いた風が頬から水分をさらっていくのがわかる。均されていない砂利道は足への疲労を確実に蓄積させていった。
街を出て一時間ほどが経った。おそらくまだ五キロも歩いていないだろう。だが心身には歩いた距離に不相応な重度の疲労が溜まっていた。
俺はれっきとした高校生だ。五キロ歩いた程度で根を上げるような体力はしていない。だがすれ違う人々の傷ついた体や、ボロボロになった装備が嫌でも目に入る。それを見るたびに俺は実感する。
──俺がいるのは今までのような平和な世界ではないんだ。いつモンスターに襲われてもおかしくはない。
現に俺はもうこの世界でドラゴンに襲われている。あの時は幸運にも無傷でその場をしのぐことができた。だが次も無事に済むなどという保証はどこにもない。
それに襲ってくるのがモンスターだけとは限らない。また盗賊に襲われるかもしれない。
以前にドラゴンや盗賊に襲われた時、俺はこの世界についてほとんどのことを知らなかった。だからこそ目の前で起こったことに対してその場で考えることしかしなかった。
だが今は違う。この世界に潜んでいる危険が元いた世界のそれとは段違いであることを事前の知識として知っている。
そして今、その危険がすぐ近くにあることを目の当たりにした。
その緊張感からくる疲労は、単に肉体を動かしただけのそれとは比べ物にならないものだった。
「どこかで少し休みますか?」
俺の疲労を慮ってくれたのか、セフィアが心配そうな顔で言った。
「そうだな。確かにちょっと疲れた。休めそうな場所があればそこで休憩しよう」
「ではあの岩の近くで休みましょう」
そう言うとセフィアは見慣れないコケが群生している岩を指差した。そのコケは毒々しくも見える濃い緑色をしており、植物の少ないこの荒野においてかなり異彩を放っていた。
「何だあの岩についている植物は?」
「あれはヴェルデゴケと言って魔物の嫌がる匂いを発している珍しいコケなんです。人間は匂いを感じないため、よく群生場所を休憩地とするんです」
「へぇ〜、それじゃあの岩のところで休もうか」
「はい」
俺たちは岩の近くで荷物を降ろし腰を下ろした。魔物に襲われることがないと言うことが認識できたことによって無意識のうちに強張っていた身体から一気に力が抜ける。それに伴い今まで感じたことのないような疲労感に襲われた。
「まだ、次の街まで半分くらいしか来ていないって言うのにこんなに疲れてちゃ話にならないな。セフィアは疲れてないのか?」
まだケロリとしているセフィアの顔色を伺いながら、俺は問いかける。
「この辺はまだ、モンスターが弱い地域なので大丈夫です。爽真さんもそんなに心配する必要ありませんよ」
セフィアはそう言って街を出発した時と変わらない笑顔をこちらに向ける。
「本当か? すれ違う人たちは結構モンスターに苦戦しているみたいだったけど」
「あれは戦闘初心者さんです。正直な話、彼らがドラゴンと遭遇してしまえば生きて帰ってこられることはないでしょう」
セフィアは平然とした顔で言い切った。
──さらっと恐ろしいことを言うな。
「そのドラゴンを一度は退けている爽真さんならこんなところの敵に負けたりはしません! 大丈夫ですよ!」
セフィアはそう言うが正直なところもう一度ドラゴンと遭遇してしまったら俺一人では絶対に勝てないだろう。
セフィア曰く、茶色いドラゴンと対峙した際に出現したドーム状のバリアのような魔法。それを使用したのは俺らしいが発動させた記憶が全くない。それを知ったのちもう一度できないかと何度か試してみたが一度としてうまくいかなかったのだ。
「なんども言うが、俺はあの時魔法を発動させた意識はないんだ。次に同じことが起こった時、同じ結果になるとは思えない」
「ですがあのドラゴンは私を追って来ていただけでこの地域のモンスターではありません。本来、この地域で出現するモンスターなら今の爽真さんのステータスでも十分倒せます」
「あのドラゴンがもう一度襲ってくることはないのか?」
冷静に考えてみればそうだ。あの茶色いドラゴンはセフィアがわずかに発する白竜族の匂いを嗅ぎつけてやって来たらしい。ならば今も茶色いドラゴンに襲われる危険はさっていないと言うことになる。
ドラゴンに襲われた時の記憶が蘇り、俺の背筋に戦慄を走る。
「それは大丈夫だと思います。残っている茶色いドラゴンは一匹のみです。あの時は私が疲弊しきっていたためにやられそうになっていましたが、今の私なら一対一でやり合えばまず負けることはありません。第一、体調が万全な白竜族に一体で挑んでくる生物なんてこの世には黒竜族くらいしかいませんから」
セフィアはさらっと言ってのけた。さらっと自分がサシの勝負ならこの世で最強レベルに強いのだと言ってのけたのだ。
──まったく‥‥‥それをこの可愛い銀髪少女が言ってのけるのだから敵わないな。
逆にその世界最強クラスが俺のために尽くしてくれるとまで言ってくれたのだ。この奇跡と言ってもいい状況に俺はやはり感謝しなければいけない。
「‥‥‥そう言えばこのヴェルデゴケだっけ? これはセフィアの体には影響ないのか?」
今までセフィアが嫌がるそぶりを見せなかったから気づかなかったが、俺たちが今モンスターの危険にさらされていないのはこのモンスターの嫌がる匂いを発しているコケのおかげだ。だがセフィアはハーフとはいえ白竜族の血が混ざっている。コケの影響を受けていてもおかしくないはずなのだが。
「私なら大丈夫ですよ。匂いは少し感じますが白竜族にはほとんど効かないらしいので」
──白竜族強し。本当に敵わないな。
「そろそろ出発しますか?」
「そうだな」
俺は水を飲んでから膝に手をかけて立ち上がった。
「夕方までには次の街に着いていたいな」
「そうですね。大丈夫だとは思いますが、夜になれば出てくるモンスターも強くなります」
「それは勘弁だ。今ですらどこから襲われるかもわからない恐怖から緊張感マックスだっていうのに、これ以上になったら精神がまいっちまぜ」
「爽真さんはもっと自分の力を信じてください」
「んなこと言ったって俺まだ実戦経験ゼロだし」
「いざとなれば私が爽真さんを守りますから」
セフィアはまた嬉しそうな笑顔になってそう言った。
──そのセリフ‥‥‥側から見たら俺が言うべきのヤツだろ。
二つも年下の銀髪美少女に純粋な笑顔でそのセリフを言われ、俺は幾分かの後ろめたさを感じずににはいられない。
まぁとりあえずそれは置いといて。
「んじゃやばくなったら助けてくれ。だけど戦いになった時は俺もしっかり参戦する。レベルも上げなきゃいけないからな」
「わかりました」
「それじゃ出発するぞ!」
そういうと俺たちはまた目的地に向かって一歩ずつ歩みを進めて行った。
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