ラブドール
いい加減に桜の一枚でも咲いてくれ。そんな寒い新年度、4月の初日。彼女は髪を切って登校してきていた。
肩甲骨まで伸びていた彼女の美しいブロンド。あの美しさを初めて目の当たりにしたときは痺れたものだが、今はうなじを意識させるほどバッサリと切り落とされていた。朝、目にした時とは違った艶めかしさを湛える彼女の姿に僕は少々慌てる。
彼女の美しさは細かく説明するまでもない。というか、僕の説明で彼女にタグをつけてしまうことがかえってその価値を損なわせてしまわないか不安なのだ。実際は瑕疵どころか、触れた事実すら残せないほど圧倒的なのだけれど。
―つまり、彼女の本質は自律的に普遍性を獲得するものであり、僕はそのうなじの白さがより多くの視線を集めてしまうことが気が気ではなかったのだ。
僕と彼女は特別だ。新旧までの春休みには毎日会っていた。というのも彼女はずっと僕の部屋にいたのだ。
田舎の家の長男だった僕は、後を継げと迫る親を振り切り、家から遠く離れた進学校で憧れだった一人暮らしを始めていた。変化が訪れたのは入学から一年が過ぎたころのことだ。
彼女―直美との馴れ初めはよく覚えていない。初めて会ったのは高等学校に進学してからだという事は確かだが、そうして気が付いたら今は一緒に寝起きを共にしている。始めこそ憧れだった一人暮らしを手放すことに惜しい気持ちもあったが、すぐに2人のほうが幸せだと気が付いた。
「今日は学校でひときわ目立っていたじゃないか」
僕の声がワンルームに低く響く。ソファであおむけになっている彼女にまたがり、少しずつ体重を預けていく。冷えた空気の室内に彼女の気配が満ちてきて、触れた手のひらからよりも僕の心のほうが早く彼女のぬくもりを感じる。しばらくすると僕の耳にだけ福音は届く。
―私も目立つのはすきじゃないのだけどね
彼女からはそう確かに答えが返ってきた。
なんとなく可笑しく感じて、僕は彼女のいささか白すぎる肌に手を滑らせる。そのまま胸に顔を埋めて、手は背に回す。そこで豊かに蓄えられた彼女の長いブロンドの手触りを確認する。もうなくなってしまったその手触りを。しばらく頬で彼女を感じていると冷たい彼女に体温を奪われて、まろやかに睡魔がやってくる。
「明日は君の髪を切ってやらないとな,,,」
そんな風に思いながら眠りに落ちた。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました




