ヤンデレ悪役令嬢フェリカ、自分を裏切り婚約破棄をしようとした王太子殿下を罠にかけてみることにしました。
『フェリカ、愛しているよ』
『結婚式は18歳になったらですわよね?』
『ああ、待っていてほしい』
この約束をしたのは1年前でした。
私はいとしいディーン様と誓い合い、魔法学園の庭でキスをしました。
はじめてのキス、はじめての恋。
婚約者という言葉だけに縛られた想いではないと誓ってくださいましたわよね?
両親が陛下と決めたこの婚約、裏があるなんて方もおられましたが……。
母が昔、陛下と何かあったのは聞いていました。だけど関係ないとディーン様は言ってくださいましたわ。
『フェリカの銀の髪はきれいだ』
『ありがとうございます』
いつもそういってそっと私の髪にディーン様の手が触れました。
しかし、それも1年前に庶民の一人が学園に転入してきて変わりました。
庶民であるアリスさんは屈託なく笑う人でした。それが新鮮だと誰かが言っていました。
しかし媚びたような笑い方は、私は嫌いでした。しかし私にかかわりがないようなら、別にどうでもよかったのです。しかしわざととしか思えないようにあの方の前で転び、手を差し出すディーン様に笑いかけたのです。
あれからディーン様は私を避けているようでした。
ずっとずっと愛しています。
幼い頃、父の後ろに隠れ、もじもじとしていた私に遊ぼうよと手を差し出してくれた少年。
ディーン様をあれから好きになってしまったのです。
フェリカと呼ぶ声も、その優しいまなざしも、笑顔も……意外に苛烈なその気性も愛おしい。
母が病気で亡くなった時、ずっと私の横で手を握っていてくださいましたわ。
あの時陛下が笑われたような気がしたのは気のせいだったのでしょうか?
いいえ、あの時の陛下の気持ちが私、少しだけわかるような気もしますの。
だって母はもう陛下を惑わせることがなくなったのですから。
母と陛下は昔恋に落ちたことがあるというのは聞いていましたもの。
母は陛下を裏切った。これも聞いていました。
しかし、私も同じことになるなんて思いませんでした。
裏切り者に鉄槌を。
中庭でキスをする二人を見てこう決めましたの。
私は愚かかもしれませんわね。
でもあの時からたぶん狂ってしまったのですわ。
幼い時の事を思い出すと、悲しみが溢れます。
花畑で私が作った花冠、すごく出来が悪かったのですが、幼いディーン様は笑って受け取ってくださいましたわよね?
小さな私がお母様を亡くして泣いていた時に、ずっと側についていてくださいましたわ。
『フェリカはいつも隠れて泣くよね』
隠れん坊しているの? みーつけたと私が屋敷の庭で泣いていると、ひょいっとディーン様は覗き込んで笑いました。
高いひまわりの背に隠れて私は泣いていましたわ。
ひまわり畑は我が家にありましたが、趣味が悪いとよくいわれていました。
夏の間に太陽に向かって咲く花はお母様のお気に入りでした。
『フェリカ、泣きたい時は泣けばいいよ』
あの時私を見つけてくれたのはディーン様ただ一人でしたわ。
『お母様は、悪い人だったとみんなが言うのですわ……』
『でもフェリカにとってはいいお母様なんだよね? 僕のお母様は僕が生まれてすぐ死んじゃったから……』
ディーン様のお母様は、王妃様は産後、すぐ病気になってお亡くなりになったですわ。
幼い私はそれを思い出して泣きやみ、ごめんなさいと謝ったのです。
『謝らなくてもいいよ。フェリカ、泣きたい時は泣けばいいし、誰がなんといってもフェリカのお母様はフェリカにとっては優しい人だったんだよね? だったら悪い人じゃないよ』
ああ、私はこの時、ディーン様にすがりついて泣いてしまったのですわ。
この時から恋が愛に多分変わったのです。
世界で一番愛しい人、ディーン様。
私にとってはあなた以外の人はどうでもよかったのですわ。
寂しい時、悲しい時、いつも側にいてくださいましたわよね?
ああ、だからこそ貴方の裏切りがこんなにも悲しいのですわ。
それだけがとても悲しいのですわ。
こつこつという足音とともに現れた人影を見て、私は追憶をやめて頭をあげました。
「さて、フェリーシカ、カーディス。そなたの願いとは何か?」
「……罪人へ鉄槌を」
「さて罪人とは?」
「王太子殿下、ディーン・アルトウェイズです」
私は玉座に腰掛けた男性を前に頭を上げました。
厳しい顔つきの王、陛下はふうとため息をつかれます。
「その罪とは?」
「婚約者である、私、公爵令嬢、フェリーシカ・カーディスを裏切り、庶民、アリスと恋とやらに落ち、不義をはたらいたことです」
「ふむ、それで望みは?」
「あの方の生命を、あの方のすべてを、あの方の……」
「すべてを手に入れたい、それほど愛している」
陛下が歌うように語り、ふうとまたため息をつかれました。
私の望みはただひとつだけ、あの人の心でした。でも心がない今は体だけでも構いません。
「あれは愚かだ。そしてお前も愚かだ。フェリーシカ」
「ええ」
「なら、その愚かさに殉じてみせよ。お前の望みを叶えてやろう」
怠惰は罪、ただ何もない牢獄で王をするのは退屈、この方はそう仰られたことがあります。王太子殿下はこの方の怖さをご存じない。
幸せですこと。
「殺すか?」
「いいえ」
「なら、どうする?」
「薬で意思を殺し、体だけを手に入れるのもいいかもしれませんわね」
「そうか」
「しかしそれは愚か者のすることです」
私はふわりと銀の髪をなびかせ、陛下の目を見ます。
厳しい青の目はあの人と同じ目の色です。
「私はあの人のすべてを手に入れます」
「どうする?」
「ベアトリーチェ、私のベアトリーチェ、お前のすべてを愛していた……」
「ほう、それを吟じるか」
「ええ」
陛下の初恋は、裏切りに消え、私の初恋も裏切りに消えました。
麗しき乙女ベアトリーチェは、陛下を裏切り、公爵と……その二人の子が私。
「どうしてベアトリーチェを求めなかったのですか?」
「何もかもどうでもよくなったのでな」
「私は……」
「好きにせよ。お前の望みを叶えよう」
この人の心はたぶんもう死んでいる。
母がこの人を裏切ってから……。
似たもの同士かもしれません、私たちは。
空ろな目で私を見る陛下、私は死んだ母が愚かだったとは思います。
だが、今は私はこの人のたった一人の息子に裏切られた愚かな女です。
「恋焦がれるほど苦しいのです」
「どうする?」
「そうですわね、あの人の信じるものを砕きましょう」
「アリスか?」
「アリスさんにはもっと素晴らしい男性をあてがいましょう。誘惑に勝てますかしら?」
「お前もベアトリーチェによく似ている」
「光栄ですわ」
私を憎んで、私を殺してくださいますでしょうか?
ああ、それもいいかもしれませんわね。
陛下、私はあの人の大切なものを砕きます。
でも知らない振りをしていてください。
私が笑うと、陛下も少しだけおかしげに笑われました。
ああ、あの人は私を殺してくださいますでしょうか?
憎んでくださればいいですわ。
私を愛しているといったその口で、ほかの女に愛を語り。
私との婚約破棄を考えたあなたが愚かだと思い知らせてあげます。
私は陛下にゆっくりと私の計画を語ると、陛下は少し愉しげに笑われたのでした。
「……ここは?」
暗い中佇む私を見て、いとしいあの人は目をゆっくりとあけました。
中々良い光景です。
計画を練ってきましたが、中々実行にうつせなかったのが残念でしたわ。
「フェリカ?」
「はい、おはようございます。お目覚めですか? ディーン様?」
私が笑いながらりんごをむいていると、ベッドから起き上がりディーン様は目をぱちぱちさせます。
相変わらずかわいい反応をされますわね。
「私は……」
「私という婚約者がありながら、お忍びでいとしいアリスさんのところに行かれようとするなんて駄目ですわよ」
クスクスと笑うと起き上がろうとするディーン様、いけませんわ。まだ薬の効果は切れてませんわよ。
「これは!」
じゃらりとした鎖で手足をベッドにつながれているのを見て驚くディーン様、その反応が最高ですわね。
薬で意識を失わせたのは失敗かと思いましたが、これもこれでいいですわ。
「フェリカ、一体!」
「うふふ、ディーン様、これは陛下もご存知のことですのよ。ここは私たちの愛の巣です」
私はりんごをむきおわり立ち上がりました。そしてはいと差し出すと、ぱしんと私の手をディーン様が払いのけました。ああ、その目を見るとドキドキします。
昔、私の目を見て優しくキスをしてくださいましたわよね? ほんの1年前のあの日は遠いです。
「ここは一体どこなんだ! 君は!」
「……あなたは私という婚約者がありながら、浮気をされていました。これがひとつ」
罪状を読み上げる私を見て、恐れるように身を引くディーン様、あら、青い目に少し恐怖が浮かんでいますが私は怒っておりませんわよ?
ただ悲しいだけです。
「ここはどこだ!」
「そしてふたつめは、アリスさんが庶民だということ、なのに浮気相手を王太子妃にしようと画策したこと、これがふたつめ」
私は落とされたりんごを拾い上げ、しゃりっと食べます。あらおいしいですわ。
クスクスと笑うと、ディーン様は黙り込まれました。
「はいみっつめはアリスさんを私がいじめたといううその罪状を作り上げ、私を断罪しようとされていました。これがみっつ、はい陛下に私が報告しましたらいたくご立腹されて、私のこの案を受け入れてくれましたの」
「案?」
「はい、私たちの愛の巣で二人きりで過ごす計画ですわ」
りんごを食べ終え、私はナイフを取り出し、また次のりんごをむき始めます。
あら、ディーン様の目の前でやってみせましたら、その目が恐怖の色で染まってますわ。
「ここはどこだ!」
「はい、ここはうちの領地の片隅で、私たちの愛の巣として作った屋敷ですわ。その一室です。私たちはここで暫く過ごして愛をはぐくみます」
「私はいやだ! ここから出せ!」
「拒否いたしますわ」
クスっと笑いむきおわったりんごをあーんしてと食べさせてあげようとしましたら、また払いのけられてしまわれましたわ。
気性が強い人でしたが、この元気を保っていられるなんておしおき方法を考えなければいけませんわね。
「愛していますわディーン様」
「私はもう愛してはいない、愛してるのはアリスだけだ!」
「はい知っていますわ。でも人の心は変わりますわ。つり橋効果ってご存知ですか? ディーン様」
陛下は仕方ないといって苦笑されましたが、二人きりで人は過ごすと恋に落ちると言ったら了承してくださいましたわ。
「つり橋で男女が出会うと恋に落ちるらしいんですの。部屋で二人きりでいると恋に落ちるように」
「恋? フェリカ、気が狂ったのか!」
「まあ、もう狂っているのかもしれませんわね」
ずっと愛してきたディーン様をぽっと出てきた女に取られ、あげくのはてにディーン様が私との婚約破棄をするためにあらゆる工作をした。
それを知ったときに私の心は凍りつきましたの。
アリスさんは私に申し訳ないなどと言われていましたが、腹の奥なんてわかりません。
偶然、ディーン様の目の前で転ぶなんて芸当をする方ですから。
「私はフェリーシカ、あなた様の婚約者ですわ殿下、ディーン様。そうですわね、子供を作ってもいいですわ。二人の子なら……私に似たら銀髪ですわね。ディーン様に似たら金髪」
「……君は狂っている」
「あなたを愛するが故に」
私はそっとディーン様に近づき、冷たい唇にキスをしました。
がりっとディーン様が私の唇を噛みます。つうっと血が流れると心が高揚するのを感じましたわ。
「さぁ、今日の食事は何にしましょう? ディーン様」
「私をここから出せ!」
「アリスさんのところにおしのびで会いに行かれるのを知っているのは私と陛下のみ、さあ、あなたの不在は陛下がなんとかしてくださいますわ。二人きりで過ごしましょうね。公爵令嬢である私をないがしろにしたと陛下もお怒りでしたわよ?」
私が笑うと、ディーン様の顔が青くなります。とてもかわいらしい表情ですわ。
陛下を味方につけたというのはディーン様にとっては絶望の第一歩でしたか?
二人で過ごして、また恋に落ちるのですわ。
あなたがいなくなればアリスさんも諦めますわね。
愛していますわディーン様、誰よりもずっとずっと幼いころから私の生命よりも愛しておりますわ。
私がさぁ、よければ食事の支度をしましょうと笑うと、食事などいらんとあの人はいいます。
あら、厨房でとても美味しいしたたるレアのお肉を用意しましたのに。
お顔が青くなられていますわ。後、りんごの花言葉は裏切りといいますのよ。
あなたに相応しい果物ですわ。
食わんと言い張られるなら、あらなら食事なしに数日するのもいいかもしれませんわね。
私の心はアリスさんとディーン様が中庭でキスをするのを見てから、凍ってしまったのかもしれませんわ。
私はまた笑い、ディーン様に手を差し出し、愛していますわと囁いたのでした。