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「ここが地界。」
目の前には大きな街が広がっている。
どうやら、街の入り口に着いたみたい。
できれば、城の中が良かったのに。
街のずっと奥に城が見える。
多分、あそこが目的地だ。
「ようこそ、いらっしゃいました。
ここが、地界マスターのおわします地界の中心、アレクサです。
地界の中心は、マスターが替わる度に変わります。
マスターのおわす街が地界の中心であり、その街の名も、その時のマスターの名と同じにしますのが習わしなのです。
とは言いましても、歴代のマスターは皆様、あの奥に見えます城を居城としていますので、この街の名が変わるだけではございますが。
もちろん、次のマスターが神流様となりました暁には、この街の名もまた神」
「断固拒否。
あの城にいるのね。」
右も左も暗闇の中をやって来た。
どれくらいかかったかは分からない。
けど、きっと時間はあまり無い。
急がないと。
「おいおい、何だよ。
よく、あんな所を通って来れたもんだ。」
「力ある者なら、それ程困難なものでもありません。
まぁ、時たま、闇に迷い混んで2度と現れなかったっという話も聞きますが。」
「そういうことは、前に言え。
必要なんだよ。
心の準備とか、諦める時間がよっ。
なぁ、帰りもあそこ通るのかよ。
俺は嫌だぞ、絶対に嫌だからなっっ。」
「母様、手を繋いでもいいですか。」
城崎がシドの背中で叫んだかと思えば、今は頭をかかえて、何やらブツブツ言っている。
いつの間にか人型に戻ったロキが耳まで真っ赤にして手を差し出してくる。
母様なんて言われても実感なんて無いけど、ここまで無邪気に好かれては邪険にも出来ない。
あいつに似ているって最初は思ったけど見た目だけだ。
今は、ロキを見ていると可愛くて優しい気持ちになる。
「そうだね。
ロキ、城まで案内してくれる?」
「はいっっ。」
「何ともいじましい。
良かったですね、ロキ様。
普段のロキ様を存じております私には、信じがたいお姿ですが、ロキ様にも御子様らしい御心がありましたのですね。」
瞬時に人型に戻ったシドが泣き真似を見せながら、ロキの攻撃をかわしている。
というか、龍から人型に戻る時は、一瞬で、おまけに服まで着てるんだ。
できれば龍になる時も、そんな感じであって欲しかった。
あれは、かなり生々しかった。
しばらくはグロい夢にうなされそうだ。
「んぎゃ、あ、あっちいぃぃぃぃ。」
シドの背中から落とされた城崎が地面に触れるや、跳び跳ねている。
足元を見ると、革靴が少しずつ赤くなってきている。
「地界の地面は、発熱しています。
おそらく何の力も持たない人間では、あと数分で足から発火し、燃え尽きてしまうでしょう。」
「だっ、かっ、らっ、そう言うことはもっと早く言えってぇの。
何とかしてくれよ。」
「何とかと言われましても、はてさて、どうしたらよいのでしょう。」
「呑気に考えてんじゃねぇっ。」
あ、何かできる気がする。
イメージして城崎の足元に形創る。
熱を通さない膜。
「?!熱く・・・ねぇ。
お嬢か?」
「城崎の足に膜を張ってみた・・・感じ?」
「感じ?って、お嬢、それは結界だ。
あぁ、何で使えるんだよ。
どこまでも規格外だな。」
フッ。
「あっちぃぃぃぃぃぃぃ。」
「次は無いわよ。」
「フーフーフー。
いきなり消すなよ。
せめて、予告しろよ。」
「したじゃない。」
「結界を消す前にも欲しかったなぁ。」
「さすが神流様。
地界最強と言われておりますマスターと神流様が戦えば、一体、どちらが勝者となられるのでしょう。
考えただけで涎が・・・」
変態だ。
あのふにゃふにゃに緩んだ姿が本性なんだろう。
礼儀正しい、落ち着いた感じ・・・何てぶ厚い面の皮だ。
似たことを考えていそうな、城崎と目が合う。
多分、私も城崎と同じくらいひきつった顔をしてるんだろうな。
一刻も早く帰りたい。
「ロキ、早く行きましょう。」
「あぁ、地界ってこんな奴ばっかなんかなぁ。
何で、俺、ここに来ちまったんかな。」
ロキと私の後を城崎が、ブツブツ言いながらついてくる。
一人言の多い奴だ。
私からしたら、こいつだって・・・同じ穴の狢だ。
シドは・・・両腕で身体を抱き締めて、何やらクナクネしている。
うん、ほっておこう。
ロキに連れられて、レンガ造りの道を真っ直ぐに進む。
この道は、城まで真っ直ぐに続いている。
この道から枝分かれしている道は、どれも小道で狭く曲がりくねっている。
おまけに道沿いに建てられている家々は、境目が分かりにくい程、密集している。
なんかごちゃごちゃした街だ。
でも家自体は、どの家も新しくて綺麗だ。
うん、ごちゃごちゃした不思議な街だ。
「人がいない?」
「いえ、おります。
アレクサの街には、全地界魔の3分の2が住んででおります。
残りの者達は、地界の広さに魅了された放浪者です。
ですが、今は神流様の御力に圧倒され、これから起こる戦いをどこからか固唾を飲んで、見守っているのです。」
「シド、戻ったの?」
「はい、大変失礼いたしました。
私ともあろう者が、取り乱しました。」
「見守ってるって要は、避難してるってことか。」
「どうでしょう。」
「だから話をしに来ただけだって。」
「母様、ここがトレス城です。
父様は、この城の奥にある玉座の間にいらっしゃると思います。」
「はい、ここ数日は、そこにこもって出てこられません。
おそらく、今もそこにおいででしょう。」
街から見てても大きそうだったが、近くで見ると予想したより大きい城だ。
さぞかし中には、たくさん人がいるのだろうと思いきや、誰もいない。
玄関というより大広間といった方が合ってる入り口を抜け、いくつもの部屋を通り抜けたが気配さえない。
どの部屋も天井が高く、採光のためか、大きな窓からは日が差し込み、かなり明るい。
けどあまりに静かなせいか、どこか物寂しい雰囲気を醸し出していて、私達は始終無言で進んだ。
かなり奥まで来たところで、何とも言えない邪念を感じる扉にたどり着く。
「こちらが玉座の間でございます。」
「何か、入りたくない。」
「そんな事を仰らずに、マスターも神流様がいらっしゃるのを心待ちにしております。」
「お嬢が来てるって気づいてるのか?」
「勿論でございます。
神流様がどこで、何をしてらっしゃるのか、マスターは全てご存じでございます。」
「うっわ、それって、何て言うか、お嬢?」
「・・・」
「母様、父様はずっと母様に会いたいと言っておられました。
父様に会えば、きっとこちらに残りたいと思ってくださると思います。」
「ロキ・・・あのね。」
こんなに私を慕ってくれる子を悲しませたくはない。
けど、私は人間。
ここは私の居るべき場所じゃない。
どう伝えたらいいのかな。
分からない。
「・・・開けるわ。」
ロキの必死な眼差しを避けて、扉を開くことに集中する。
扉は苦もなく開いた。
扉の先は、一面、真っ赤な薔薇で覆われ、風もないのに花びらがヒラヒラ舞っている。
足下には、白い絨毯が敷かれていて、中央奥の玉座まで続いている。
玉座には、どこぞの王族が式典で着そうな白いタキシードを着た変態。
その変態が両手を広げて近づいてくる。
「どんなに、この時を待ったことか。
マイ、スィートハニー。
さぁ、私達のバージンロードを挙げよう。」
バタン。
扉を静かに閉めて振り返る。
「ぶっは、無理、無理、無理。
何あれ、何がどうなったら、あぁなるんだ。
意味、意味が分からん。
はっ、あはっ、あはははははははははは。」
「最近、おかしい、おかしいと思ってはいましたが、まさか、あそこまで進行していたなんて。
あれが地界最強を誇るマスターなどと、誰が信じましょう。
以前のマスターは、何事にも無関心、冷酷無比なお方。
揉め事は全て力で押さえつけ、皆から恐れられておりました。
今は、脳にお花が咲いているではありませんか。
何ですか、あれは。
こうなったら、やはり神流様に一戦交えてもらい次のマスターに・・・・」
「バージンロードって何でしょう?」
「二人っきりで話したいの。
お、ね、が、い。」
「・・・分かりました。
我々は近くにおりますので、失礼します。」
ロキを引きずって、逃げるように去って行った2人を見送って、1つ深呼吸。
相手のペースに呑まれてはいけない。
奴のペースで話を進めたら負けだ。
冷静になるんだ。
うしっっっ。
目の前に広がる現実を受けとめるべく、扉を開いた。