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女の復讐方法

作者: 早田将也


「次の目標は……こいつだ」

地下室の薄暗い部屋。

ここは我々の組織のアジト。

ボスは机の引き出しから、新たな標的の写真と行動や趣向を書き記した資料を私の前にバサッと投げ渡した。

ボスが標的の資料を投げ渡すときは総じて機嫌が悪い。

組織の誰かがヘマでもやらかしたのだろうか?

私は黙って投げ渡された資料をパラパラめくる。

今回の標的は女。年齢は不詳。

写真うつりが悪いが、彫りが深く端整な美しい顔立ちをしているように見える。

私にはその顔にどこか見覚えがあった。

しかし、いくら頭をひねっても思い出せない。

資料を読み進めていくうちに私は少々動揺した。

ふつうこの業界の標的の資料は事細かに説明されているのだが、女に対する情報があまりにも少ない。

おそらく、女が外国育ちか、よほど優れたスパイかだ。

「何故、この女を消すのです?」

私はうっかり質問してしまう。

ボスの前で質問は極力避けなければならない。

この組織の掟は下の者は黙って命令を直ちに実行に移すことが重要だからだ。

ボスは私を射抜くような眼で一瞥する。

どなられる。

私は直立不動のままボスの恫喝に備えた。

しかし、二人の間には沈黙が流れるだけで、ボスの雷は聞こえてこない。

「……こいつに若林が殺されたと竹下と武田が言ったんだ」

ボスは長い沈黙を破り、低い声で短く伝えた。

竹下と武田は組織の人間で、私の弟分にあたる。

「……そうですか」

私は残念そうにつぶやく。

若林というのは私の兄貴分であり、組織のボスに次ぐリーダー的な存在だ。

若林は小柄な体格でありながら、恐るべき身体能力の持ち主である上、あらゆる武術の心得があった。

敵対する組織の人間10人をたった一人で倒したという伝説も残っている。

また、肉体だけでなく、頭の回転も顔もよかった。

したがって女にひどくモテたが、兄貴は女に興味は持たなかった。

私は兄貴の顔を思い浮かべようとしたが、はっきりと思い出せない。

不思議なことに兄貴の人相は、目を離すと忘れてしまう顔だった。

ボスが言うには、一瞬一瞬の表情を変化し続ければ、相手に顔の印象を残さないことが可能だそうだ。

そんな兄貴がこの女に殺された……。

ありえない。

「……竹下と武田はどう話しているのですか?」

“若林は公園で倒れていた。近所を散歩していた爺さんが見つけたが、もうその時には、こと切れていたそうだ。死因は後頭部を強く打ったことによる脳挫傷だ。そこにその女が居合わせた。その女が殺してないにしても、通報しなかったからには何か理由があるはずだ。もしかしたら、敵対する組織の差し金かもしれない”

「そのことを組織の人間の全員に言いふらした。まったくめんどうなことしやがって……」

実は若林の兄貴を殺したのはボスから極秘に命令を受けた私だからだ。

ボスはボスの溺愛する妻の“心”を奪った若林が許せなかったし、組織のナンバー3である私はナンバー2の若林の存在が邪魔だった。

ボスもそれだけの理由で若林を始末したと、組織の人間に言えるはずもない。

だから、数日前、ひとけのない公園で私がひっそりと殺した。

あの時、確かに私が後ろから石で殴り殺したのだ。

「女が若林を殺して無いのは間違いないのだけどな……。このままでは組織の人間に示しがつかない。お前は女が若林とどう関係があるのか調べ、最終的には組織の皆の前で処刑しろ」

「はい、必ず成功させてみます」

私は組織のアジトを後にして、早速、女の目撃情報がある地域に赴いた。

女は老人たちが多く住む地域に夜1人歩いている姿を目撃されている。

名前、年齢は不詳。

それ以外は、いたって普通の女だ。

私は人通りが少なくなる時を狙った。

日も落ちて辺りが薄暗くなる時刻。

あの女が一人で通りを歩いている。

周りには誰もいない。

チャンスだ。

私の手にはスタンガンを握りしめている。

このスタンガンは組織が独自に改良を重ね、威力を増大させたものだ。

これを当てられたものは、たとえ馬でも気絶するほどの威力がある。

成人女性ではひとたまりもないだろう。

私はそっと後ろから駆け寄り、女の背部にスタンガンを突き出す。

バリバリという音が周囲に一瞬だけ響いた。

周りに人もいなかったので大丈夫だろう。

女はその場に倒れ、気絶する……かと思いきや、女はその場に直立したままだった。

立ったまま気絶してしまったのだろうか?

私は確認しようと女の前に回る。

女は視線をまっすぐ向けたまま目を開けている。

やはり気絶したのかとほっとする。

顔に見覚えがあったため、しみじみと見つめていると、女の開いていた黒目がギョロっと私を見つめる。

「っつ、うわ~!」

私は一瞬パニックになりながらも、もう一度女の体にスタンガンを突き出す。

今度こそ確実に……

「何するのよ。」

安心しかけた私にまたもや衝撃的な事態が起こる。

わたしが実験的にこのスタンガンを受けたときは、3日間気絶し、全快するにも幾日も寝込んだ記憶がある。

なのに、この女、一度ならず、二度も受けた上にぴんぴんしている。

体がゴムでできているのだろうか?

いや、しかしスタンガンがダメとなったら、残るは男の力を見せるしかあるまい。

私は渾身の力を籠め、相手の腹めがけて正拳突きを放った。

兄貴直伝の強力なパンチだ。これは大の大人でも……。

しかし、女は倒れない。

いや、当たっていない。

ものすごい運動神経で私の猛攻を余裕の表情でよけ続けている。

武術の心得があるに違いない。

それにしても何という体の動きだろう。

ヒラリとかわし続け、かすりもしない

女の周りだけ無重力になったかのようだ。

焦りと、恐怖により全身から汗が噴き出る。

私はこの場は逃げた方が賢明なような気がして、猛攻をやめ、脱兎のごとく逃げ去った。

いや、冷静な判断ではない。

私はとんでもない化け物と相対しているみたいで怖くなったのだ。


「……それで貴様は逃げかえってきたということだな……」

「いえ……はい。申し訳ありませんでした」

私は作戦失敗の報告と今後の指示をもらうためアジトに帰ってきた。

そして事の展開をボスに報告したのだが……

「この大ばか者があっ!!!」

ボスは机の上にあった物を次々に投げつけてきた。

私は直立不動のままその猛攻に耐える。

ボスの怒りもごもっともではあるが、私の身にもなってもらいたい。

あの化け物相手にどうすれば屈服させることができただろうか?

まあ、そうはいっても、あの女に相対する前の私にも油断はあったのは認める。

そして、女一人くらい自分だけでも大丈夫だという自信もあった。

だが、実際は私がかなう相手ではなかった。

さて、ボスはこの後どんな作戦を言い出すことやら……

「……おい!!」

「はい!なんでしょうか?」

「あの女は敵対する組織が雇った傭兵かもしれん。あと数人連れて行っても構わん。手段は問わない。……殺せ」

「はっ、承知しました。では失礼します」

退室しようとした私に、ボスは声をかける。

「……待て。私も行こう。どういうやつなのかこの目で見てみたい」

やれやれ。

ボスは大人しくしておいてくれた方が、こちらとしては気が楽なんだけど……

「とにかく、このアジトにある武器を集めるんだ」

こうして10人ほどの精鋭とアジト内にある強力な重火器を集め、再び女の元に向かった。

そしてボスも装備を万端にして私たちについてきた。

私達は車に乗り込み暗殺に向かう。

もしかしたら、先ほどの奇襲で逃げているかもしれないと心配していた。

しかし、その心配は杞憂だった。

女は相変わらずその地域にいた。

先ほどの場所とそう離れていない。

よほどの自信家か、馬鹿なのか。

女が人通りの少ない狭い路地に入る。

ボスが率いる組織の人間は車を止め、女の前と後ろに立ちはだかる。

逃げられないように挟み撃ちにしようと考えたからだ。

女は無表情のまま私たちの行動を見守っている。

逃げようともしなければ、身構える様子もない。

やはり、ただ者ではない。

「おい、てめ―が若林をやったやつは?」

ボスは女の前に立ち、質問を投げかける。

セリフを事前に考えていたのだろうか?

棒読みになっていて、芝居くさい。

「……」

女は黙ったまま、ボスの顔を見つめている。

「……黙っているってことは認めたと考えていいんだな?」

「……」

ボスは重火器の安全バーを取り外し、撃つ用意をした。

どうやら本気のようだ。

女一人のためにここまで徹底的にやるとは、やはりボスは非情で残忍な人間だ。

しかし、だからこそボスなのだろう。

近隣の住民に目撃されないように、仲間が煙幕を張る。

女の姿は煙に包まれた。

「野郎ども!撃ち殺せ」

ダダダダダダッ。

ボスを含めた私たちはいっせいに手に持っていた拳銃やマシンガンをぶっ放す。

重火器は火を放ち、女に向かって一直線にとんでいく。

白い硝煙と血しぶきがあたり一面に舞い、狭い路地は一瞬にして地獄と化す。

銃声と共に、ドサという人が倒れた音が聞こえてくる。

あの女でもここまでの重火器の威力の前では、無力だったに違いない。

ドサドサドサドサ。

おや?

倒れたのは女だけではないのか?

女がいる前方からのみならず、横でも人が倒れる音が聞こえる。

私は横を見てみると、どういうわけか、組織の皆、地面に倒れている。

視界が晴れた時に見たのは倒れている組織の人間と平然と立っている女。

そして、息も絶え絶えのボスの姿だった。

女は傷どころか、衣服汚れすらない。

何故、女は倒れないのだ。

そしてなぜ組織の人間とボスは銃弾を受けているのだ?

「……お前は何者なんだ?」

私は女に話しかける。

「……」

女は黙ったままだったが、その目は憎悪に燃えた目をしていた。

すると驚くべきことが起こる。

目の前にいた女の姿が消えた。

辺りを見渡してみるも、女の姿はどこにもない。

すると、自分の右腕に違和感をもつ。

自分の意思で、腕が動かせない。

それどころか、今度は指先が勝手に動き始める。

指先の自由が奪われたかと思うと、今度は腕も自分の意志とは関係なく動き始める。

私はパニックに陥る。

私の右腕が私の意思に反し、銃口を自らの頭に向けた。

何者かが私の右腕を操っているようだった。

私は訳も分からず、慌てて左腕で右腕の動きを抑える。

「どうだ?今の気持ちは?」

左腕が右腕に触れたとたん、若林兄貴の声が聞こえた。

何故、兄貴の声が聞こえるのだ?

兄貴は確実にこの手で殺した。

「なんで兄貴の声が……?」

「……お前の体を乗っ取らせてもらったよ」

「なんだって!?」

私は先ほどの情景を思い出す。

当たらない弾。

銃弾に倒れていた仲間。

そうか。

皆、操られ、仲間同士で撃ち合ったのか。

ということは、女の正体は……。

ズドン。

ひらめいたところで、耳元で銃声が鳴り響く。

右手が引き金を引いたのだ。

幸い当たらなかったが、私は一瞬耳元で鳴り響く爆音にひるんでしまった。

右腕はその一瞬を逃さない。

すかさず、再び頭に銃口を向け、引き金を引いた。


「……どこまでも腐ったやつらだったぜ。」

再び姿を現した女は倒れている男たちを見下ろしながら、1人呟く。

「こういう復讐方法があるなんて、思いもよらなかった。死んでから霊になって復讐するなんてね。死んだら元の性別に戻ってしまったけど……。私が若林だって知ったら、組織のみんなはどんな顔するかしら?実は兄貴だって慕っていた人が、男になりたかった女だって知ったら……ボスもとんだ勘違いをしてくれたわ。女である私がボスの妻と関係をもてるわけない」

女はボスに止めを刺すと、地獄へと向かっていった。


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