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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハッピーバースデー

作者: 不津

 頬に冷たい星が降る。

 しんしんと、しんしんと。


「どうして…!どうして、貴女が死ななきゃならないんだ!!」


 きみの濡れた碧の眼を、闇にあっても輝く金の髪を、私は仰向けに横たわったまま見上げた。


 ぱちり。

 瞬いた碧に押し出されて、塩辛い星がまたひとつ。


「きみは、なみだまでつめたいなあ」


 そして、涙まで美しい。

 きみは本当に美しいひとだった。


 他の誰が認めずとも、私は断言しよう。きみは、世界でいちばん美しい。私のせかいの一番は、唯一、永遠にきみだけのものだったよ。


 だから、ねえ、泣かないでおくれ。

 きみの涙は美しいけれど、その分、私の胸に真っ直ぐ刺さるのだ。


 言葉を贈るために息を吸うと、みっともなくむせ返った。慌てて顔をそむけ、汚らしい音と共にいくらかの血を吐き出す。きみにかかりはしなかっただろうか。


 血の気が失せたきみの唇から、断末魔じみた叫びが上がる。


 未だに血が怖いようだ。きみと私が勇者様ご一行の一員になって久しいが、それでもきみに戦いは似合わない。


 私が傷つく度、自分の身が痛むように泣いてくれた。

 回復をしても癒えぬ傷が私の体に増える度、熱を持つ肌を冷たい手のひらで労わってくれた。


 盾を持ち、敵の攻撃を最前線で受け止めることこそが、騎士としての私の役目だ。傷つくのは当然。

 そう割り切れないことがきみの優しさであり、弱さだった。


 きっときみは、魔導師になるには優しすぎたのだ。

 魔王討伐の命が下されるほど魔導師の才能があったことは、きみにとって不幸なことだったのかも知れない。


 しかし、涙を流しながらも戦い続けたきみの姿は、美しかった。

 そんなきみを、私はずっと愛していたよ。

 口に出したことは、ついぞなかったけれど。


 視界が閉じる。私のせかいが終わっていく。

 終わるせかいにひとつだけ、自分勝手な願を掛けて。



 神様の教え通り、来世なんてものがあるのなら。


 願わくば次の世は、きみにやさしい世界でありますように。











「てっきり死んだと思ったのだけれど」


 どうやら死に損なったみたいだねえ。


 全身を包帯に覆われ、固いベッドに横たわりながら、彼女はそう言って笑った。


 くぐもってはいるものの、以前と変わらない、優しい笑い声。

 僕も何とか口端を吊り上げながら、細心の注意をはらって彼女の手に頬を寄せた。


「僕は、そう簡単に貴女を死なせないよ」

「ふふ…。神様にケンカでも売ったのかな」

「よく分かったね」


 驚いて、思わず彼女の顔を見る。隙間なく包帯を巻いてあるから、ちらりとも中身は見えなかったけれど。


「魔導師とはいえ、僕は戦闘特化だからね。回復を神に祈るより、神を踏みにじる方が向いてるんだ」

「踏みにじってしまったのか」

「うん。踏みにじっちゃった」

「では、一緒に謝りに行かなければね」


 くすくす笑う彼女の声が、彼女と僕しかいない静かな広間に小さく響く。

 久しく聞いていなかったそれを聞いて、ようやく実感した。


 彼女は生きている。

 生きて、笑って、僕の側にいる。


 ああ、ようやく。


 ようやく、ようやく彼女が、僕の元に帰ってきてくれた!


「きみはまた、泣いているのかな」


 感覚は未だ繋げていないはずなのに、彼女はすぐに僕の涙を察知した。


 きっと彼女にとって、僕はひどく泣き虫な男だろう。彼女が傷つく度に、みっともなく泣いていたから。

 「騎士の傷は勲章だよ」と彼女は笑っていたけど、彼女が傷つくくらいなら世界なんて滅べばいい。


「泣いてたら、慰めてくれる?」

「そうしたいけど……怪我のせいかな、体が動かない」

「ああ。ひどい状態だったからね…」


 あの最終決戦は、誰も彼も死力を尽くしてようやく勝利をもぎ取れたんだ。その中でも、魔王の攻撃から僕らを守っていた彼女の傷は深かった。


 それこそ、死んでしまうくらいに。


「そんなにひどかったのか…」

「うん。あの肉袋共がいなかったら、どうなってたか分からないくらい」

「またそんな言い方して…。仲間だろう」

「仲間なんかじゃないよ」

「…ふふ。相変わらず、きみは照れ屋だなあ」


 仲間じゃない。

 確かに、かつては仲間だなんて誤解したこともあったけど、彼女の魂を魔王の封印なんぞに使おうとした奴等が僕の仲間であるはずがない。


 敵だ。

 敵は倒すべきだ。

 そして倒した敵をどうするかは、僕の自由だろう?


「皆はどうしている?きみも、無事なのか?」

「僕は無事だよ」

「…まさか、……皆、は」

「……体が動くようになったら、一緒に墓でも作ろうか」


 息をのむような音がした。

 呼吸が必要なくなっても、咄嗟の反応は生前のものが出るんだなあ。


「そんな…そんな…!」


 嘆く彼女の指先に口づける。

 包帯越しに、甘い肉の香りがした。


「貴女が生きている限り、奴等が本当に死ぬことはないよ」


 奴等は余すところなく、彼女の血肉になった。彼女が生きている限り、奴等も生きていると言えるだろう。

 彼女はもう死なせないから、実質、未来永劫生き続けることになる。


「…ああ…、…ああ、そうだな。…悲しんでばかりいられない。皆の分も、生きなくては…」

「そうだね。僕と一緒に生きよう」

「はっ、魔王は!?魔王はどうなった!倒せたのか!?封印する方法は見つかったのか!?」


 僕のプロポーズはあっさり流される。うん、そうだよね。彼女はいつもこうだった。


 彼女は魔王の復活を危惧している。高位の魔族は、どれだけ体力を削っても時間をかければ復活すると伝わっているから。それを防ぐために僕らは、魔王城を目指すと共に魔王を封印する方法も探していた。


 ずっと、探していたんだ。


「ちゃんと封印したよ。方法は、勇者が知ってた」


 勇者。あの野郎、強い人間の魂が封印の核になること、ずっと黙ってやがった。聖女もグルだ。


 あいつらは、彼女が死ぬのを待ってたんだ。


 騎士は味方を庇って、敵の攻撃を受ける。盾も防御魔法もあるが、それでも他の奴以上に危うい。

 だから聖女はいつも真っ先に彼女に回復魔法をかけていたのに、あの最終決戦だけは違った。回復されなかった彼女は、傷ついて傷ついて、そして死んだ。いや、殺された。


 彼女を殺したのは魔王じゃない。

 あの腐った肉袋どもだ。


 どうしてと叫んだ。

 恨み一つこぼさず死にゆく彼女に。役目を果たさなかった聖女に。回復を指示しなかった勇者に。


 彼女の呼吸が止まるころ、その答えを知った。


「この世界を、守りたいんだ…!」


 そう言って、僕と彼女に近づいてきた勇者と聖女。

 奴等の眼球は、僕と同じように涙でぐちゃぐちゃしていた。きっと、葛藤した末の選択だったんだろうな。


 僕へ、彼女へ伸ばされる勇者の腕を見ながら、僕は思っていた。今まで幾度となく思ってきたことを、改めて。


 ああ、魔導師でよかった。



 涙で視界が狭まっていても、敵を殺す術がある。



 血肉は彼女のために必要だったけど、魂はいらなかった。だから、ついでに魔王を封印しておいたんだ。彼女が、魔王の封印を望んでいたからね。

 一人分あればいい魂を倍使ったから、天地がひっくり返っても解けないと思う。奴等の魂は永遠に、転生も消滅もできず封印に囚われたまま。元は彼女にしようとしてたことだ、自分がそうなっても文句はないだろう。


「ああ……私たちは、勝ったのか。世界を、守れたのか…」

「そうだよ。もう戦わなくていいんだ」


 もし敵が現れても、僕らが戦う必要はない。僕の配下が、適当に殺すだろう。

 そう思って答えると、彼女が力なく笑った。


「きみは戦いが嫌いな、優しい子だね」


 戦い自体は嫌いじゃない。敵を殺すのは好きだ。彼女が傷つくのが嫌なだけ。

 けれど、彼女がそう言うのなら、きっと僕は優しいんだろう。


「きみが戦わずに済む世界になったのなら、よかった」

「うん。貴女も、もう戦わないでね」

「分かった。どちらにしろ、動かない体では戦えないからね」


 まだ作りかけだから、肉がうまく定着してないんだ。包帯を少しでも緩めたら、ぐちゃぐちゃに崩れてしまうだろう。定着させるのは、肉も魂も難しくて、今まで何度も失敗した。奴等の肉が合わないのかと思って、今回は色々混ぜてみたんだけど。


「…少し、眠くなってきた」

「えっ!?だめ!だめだよ、寝ないで!寝たら死んじゃう!」

「ふふ…。死なないよ。少し、…眠る、だけ…」

「だめだってば!!……ああ…」


 肉の器からふわりと浮かぶ、シャボン玉のような魂を、牙で傷つけないよう慎重に飲み込んだ。

 僕の腹をじわじわと焼く、魂の高潔さが愛おしい。


「また失敗しちゃった」


 吸収してしまわないよう厳重に呪をかけつつ、彼女の魂が収まった腹をさする。


 長年、彼女の蘇生を試みるうちに、僕の肉体はゆるやかに変化していった。

 魔王城という、主がいなくなってもなお濃い障気が残る場所に居続けたせいだろう。僕は徐々に、魔族に近くなっていった。今じゃ、僕を王と崇める配下も少なくない。


 魔王を封じる方法が実在することを知ってから、僕は不思議に思っていた。


 封印されたはずの魔王が、なぜ何度も現れるのか。


 封印する方法が伝わっているということは、かつてそれを使って魔王を封印した人間がいたはずだ。しかし、僕らはまた魔王を倒しに旅をする破目になった。封印しても甦るなら、ただ倒すのと変わらない。倒した後、甦りを阻止するための封印だったはずだ。それだけが、腑に落ちなかった。


 けれど、僕が魔族に王と呼ばれるようになって分かった。


 単純な話だ。

 魔王をどれだけ封印しても、次の魔王が現れ続けるというだけ。

 その時一番強い魔族が、魔王と呼ばれるだけなんだ。



 僕は魔王になるつもりはない。

 彼女に嫌われてしまうから。


 僕はただ、彼女さえいてくれたらいいんだ。

 いつものように笑って、側にいてほしい。

 彼女が傷つくことのない、このやさしい世界の中で。


「愛しているよ」

 貴女だけを、永遠に。



 僕は、今日も彼女を造り続ける。

 いつか来る、彼女が生まれ直す日まで。

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