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彼女に頼みごとをしました

 わたしは深呼吸をすると、天を仰いだ。昨日のフランツはやけにわたしを好きだと連呼していた気がする。まるでお酒にでも酔っていたみたい。もっとも、わたしと同じ年の彼はお酒は飲めないし、彼が飲んでないことは分かっている。

 わたしにしか言わないというのは、わたし相手であれば冗談で収まるとでも考えたのだろう。


 フランツのことはおいておいて、今はレーネのことを一番に考えないといけない。

 わたしがしようとしているのは余計なお節介以外の何物でもないだろう。わたし自身も勇気がいる。だが、このままのレーネを放ってはおけなかったのだ。


 ダミアンに彼女がいるのなら、レーネを諦めさせないといけないのだ。そうでなければレーネがもっと傷つくことになる。この世界では重婚は認められていないし、複数の女性と付き合う男と一緒にいて幸せになれるとは思えない。


「わたし、婚約するかもしれない」


 背後から見知らぬ生徒の会話が聞こえた。

 結婚について考えていたため、無意識にそうした会話を拾ってしまったのだろう。


 十五、十六で婚約というのはこの世界では決して珍しくはない。幼いころから婚約者が決められている友人もわたしの身近にいた。だから、この国で指折りの資産家の令嬢であるわたしに婚約者がいないことを知った人は驚きを露わにしたのだ。


 お父様は婚約という形ではなく、わたしの判断で自分に相応しい相手を選んでほしいと思っているのだろう。


 それにお父様は気にしているのだ。かつての友人が望まない結婚をして、不幸になったことを。きっと同じ目に自分の娘を遭わせたくないのだろう。


「誰と?」

「お父様の会社の人と。いい人だとは思うけど、婚約と言われると臆しちゃうよね」

「その気持ちはわかるよ……」


 少女の言葉が唐突に途切れたが、少しの間をおいて言葉が続けられた。


「あそこにいるの、クラウディア様じゃない?」

「本当だ。ご挨拶してこようか」


 婚約の話はどこへやら、二人の少女は小走りにわたしの傍に駆け寄ってきた。

 彼女たちはわたしの目の前に来ると、頭を下げた。

 わたしも足を止め、彼女たちにあいさつをした。


 国で指折りの資産家の令嬢だからか、自分で言うのもなんだが才女として名高いからか、わたしの顔はかなりの数の生徒に知られている。

 だからこそ、わたしはいろいろな噂の的になっている。

 いい意味もあれば悪い意味でも。


 特に的になるのが恋愛に関してだ。

 わたしは今まで恋人がいたこともない。自由に恋愛をしていいと言っているお父様の方針で、婚約者もいない。だが、わたしは恋愛に縁はなかった。わたしを好きらしいという噂を耳にすることがあるが、実際に誰かから告白されたことはない。


 前世で日本に住んでいた時もそうだ。わたしはゲームに夢中で、あまり現実の異性には興味がわかなかった。大学の二年のときに事故でなくなるまで、恋人というものとは無縁だった。


 クラウディアとしてどうなるかは分からないが、それは先の話だ。


 まずはダミアンとレーネのことを何より優先させないといけない。

 この世界のダミアンは本当に甘恋のダミアンなのだろうか。ダミアンのルートを選んだ場合、困難を乗り越えてレーネと結ばれるはずだが、いろいろと突っ込みどころがありすぎる。


「おはよう」


 聞きなれた声に、顔が引きつるのを自覚しながら、わたしは振り返った。

 そこにはダミアンとドロテーが立っていたのだ。


 付き合いを隠している二人は、友人として一緒に登下校をしているといったところだろうか。

 ドロテーの言った通りであれば、ダミアンもドロテーもかなりの役者だ。ドロテーには昨日、愛しそうにダミアンを語った様子は微塵も感じられない。


 クラウディアがなぜダミアンを責めたのか今ならわかる。

 わたしは文句を飲み込み、笑顔で挨拶をした。


「今日は遅いね。いつもクラウディアは早めに学校に来ている印象だったけど」

「今日はいつもより起きるのが遅かったの」


 わたしはダミアンの日常会話に笑顔で答えた。


「勉強でもしていた? さすがだね。クラウディアは」


 ダミアンはにこやかに語りかける。

 その言葉にドロテーがわずかに頬を引きつらせた。


 嫉妬だろうか。彼女を自称する相手の前でほかの女性を褒めるのはいただけなかったのだろう。自称というのはドロテーに対して失礼だが、まだ信じられないわたしはそう思ってしまっていた。


 わたしは適当に肯定をしておく。

 昨日は宿題以外はやっていない。

 二人に相談した後も、ドロテーとの会話が脳裏を過ぎりそれどころではなかったのだ。

 もてるながらも彼女がいないように見えたダミアンは、レーネ一筋だと思っていた。疑惑ならまだよかっただろう。だが、それが半分確定した段階で、冷静になれというのは難しい話だ。


「今度勉強を教えてよ。今の数学の内容に全くついていけなくてさ」

「いつでも聞いてくださいね」


 わたしはあくまで冷静に彼に返した。


「クラウディアは頭がよくてすごいよね。俺もクラウディアみたいに頭が良くなりたいよ」


 本当だと仮定すると、ふつふつと胸の奥からわきあがってくる気持ちはあるが、ここでトラブルを起こすのは性急すぎる。まだドロテーが嘘をついている可能性もある。


 わたしたちは他愛ない会話を交わし、学校に到着する。

 そして、昇降口に入ろうとしたドロテーを呼び止めた。


「ドロテー、少し相談したいことがあるの。いい?」

「いいけど」


 ドロテーが名残惜しそうにダミアンを見る。

 そんなドロテーの肩をダミアンガ軽くたたく。


「俺は先に教室に行っているよ。じゃあね」


 彼はそう言い残すと昇降口に消えて行った。


「ごめんね」

「いいの。どうかした?」

「まだ時間があるから、人気のない場所へといかない。昨日のことで話があって」


 ドロテーは何の話かすぐに分かったのか、頬を赤らめて「分かった」と告げた。


 わたしたちは中庭に来ると、足を止めた。

 昼休みは人でにぎわう中庭も、朝のホームルーム前にはあまり人気がない。

 わたしは早速話を切り出すことにした。


「ダミアンとの関係は順調?」

「おかげさまでというか、まだひと月だしね。彼、もてるから心配なんだ。昨日のこと、ごめんね」

「気にしていないわ。ただ、一つだけお願いがあるの」


 わたしの言葉に彼女は眉根を寄せる。


「わたしの友人で彼を好きな子がいるの」


 ドロテーはああと声を漏らした。


「その子がね、どうしても二人が付き合ってるのか、この目で確かめたいと言っていたの。ダミアンが好きならわかると思うんだ。聞いても信じられないという気持ちは」

「そうだよね。わたしもそうだと思う」


 ドロテーはあごに手を当て何かを真剣に考えていたようだ。


「恥ずかしいけど、今週末にデートをする予定なの。そのときに見たらいいよ。恋人に見えるか分からないけど」


 彼女は丁寧に待ち合わせ時間と場所を教えてくれた。わたしは二人の待ち合わせ時刻に彼女を連れていくと約束する。実際は一人で行っても構わないのだろうけど。


 わたしはお礼を言うと、ドロテーと一緒に教室に戻ることにした。

 教室に入ると、レーネがわたしのところに寄ってきた。


「今日はドロテーと一緒に来たの? 珍しいね」

「途中で会ってね」


 ダミアンはクラスメイトと親しそうに話している。ドロテーはそんな彼には目もくれず、テキストを取りだすと視線を走らせていた。


 わたしの無理な願いを聞き入れてくれたドロテーが嘘をついているとは思えない。

 ということは、やっぱり本当と考えるのが妥当なのだろうか。

 本当だったら、どうやってレーネを諦めさせよう。

 わたしは降りかかる難題にそっと唇を噛んだ。


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