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幼馴染はわたしによく好きだと言います

「そういえば、先ほど、お嬢様が大事にされている植物が芽を出していましたよ」

「本当?」


 わたしはフランツの言葉に驚き、立ち上がる。

 お父様から託された植物の種だ。

 なんでもこの植物は父親の知り合いからもらったものらしい。絶滅危惧種に相当するらしく、父親が種を持ち帰り、栽培することにしたそうだ。

 それをわたしとフランツが任されたのだ。


「ええ、本当はそれを伝えようと思ってこの部屋に来たんですから」

「今から見てきます」


 わたしの言葉に呼応するようにドアがノックされる。わたしが返事をすると、長身で端正な顔立ちをした、銀髪の男性が顔を覗かせた。

 わたしのお父様で、名をアレックスという。


「クラウディア、君にあげたいものが」


 彼はわたしの部屋にフランツとカミラがいるのに気付いたのか、目を見張る。


「フランツとカミラもいたのか。ちょうどよかった。お土産にケーキを買ってきたんだよ。夕食もそろそろみたいだし、一緒に食べよう。食堂で待っているよ」


 カミラはその言葉に驚き、窓辺に視線を写した。

 もう辺りはすっかり闇に包まれ始めている。


「申し訳ございません。すっかり話し込んでしまって」

「いいんだよ。フランツもカミラも家の手伝いをしてくれるより、こうしてクラウディアと仲良くしてくれたほうが数倍嬉しいんだ。これからもクラウディアを頼むよ」


 お父様は優しい笑みを浮かべると、部屋を出て行った。

 わたしのおじいさまはいくつもの会社を経営している。日本でいえば、総合商社の社長的な存在だろうか。お父様はそんなおじいさまを補佐する役割を担っているのだ。各々はお父様のひいおじいさまが起こした会社で、お父様は自分が受け継いだ会社を潰さないようにとだけ心がけているようだ。そのためとても忙しい人で、極力毎日帰ってくるものの、深夜に帰ってきて夜が明ける間に家を出ることが少なくなく、顔を合わせるのは三日ぶりだ。


 その性格は穏やかで、あまり人を使うのは向いていないのではないかと言われることも少なくない。だが、彼の人柄の良さは人を魅了し、彼の周りにはおのずと人が集まってくるのだ。


 今でこそ当たり前のようにカミラやフランツがこの家に出入りしているが、当時はなぜか反対意見も少なくなかったようだ。わたしには分からない大人の世界の決まりがあるのだろう。


 わたしたちは食堂に行くと、あいた席に座る。

 食堂にいたのはお父様とお母様の二人だ。

 お母様はわたしたちを見ると、さっそくパンを焼きに台所に消えて行った。それにカミラが付き添うようにして後を追う。


 三人も台所に行っても邪魔になるだけなので、わたしは自分の席に座る。

 お父様の正面の席だ。その隣にフランツが腰を下ろした。


「クラウディアもフランツも何か変わったことはなかったかい?」

「特に」


 ありませんと否定の言葉を綴ろうとしたわたしはさっきのフランツの話を思い出す。


「この前、お父様が持って帰ってきた植物が芽を出したの」

「そうか。よかった。あれはかなり珍しい植物なんだよ。クラウディアたちに頼んでよかったよ」


 お父様は嬉しそうに目を細める。

 わたしはお父様に褒められて照れてしまった。


「どんな色でどんな形の葉だった?」

「持ってきます。わたしもまだ見ていないし、見たほうが早いでしょう」

「もう辺りも暗い。明日でも構わないよ」

「でも、お父様は朝早いでしょう。なら、今のうちに持ってきます」


 わたしが立ち上がると、フランツもほぼ同時に立ち上がった。


「僕もついていきます」


 その言葉にお父様はにこやかに微笑んだ。

 わたしとフランツが仲良くしていて、ほほえましいと思っているのだろう。

 フランツが自分が持ってくると言わないのは、わたしをよく分かっているが故のことだろうか。


 だが、たかだか庭だ。この家に泥棒が入ることはほとんどない。

 入っても、わたしが捕まえてみせるけれど。


「わざわざついてこなくてよかったのに」


 わたしは玄関までついてきたフランツを見て、苦笑いを浮かべた。

 彼はわたしよりも玄関先に行くと、ドアを開けた。

 月明かりの優しい光が家の中に差し込んでくる。

 わたしは家の外に出る。

 フランツはドアを閉めると、わたしの隣まできて、並んで歩きはじめた。


「何をおっしゃいます。クラウディア様が出かけるときは、どこにでもお供しますよ。深夜だろうと、争いの中でだろうと」


 わたしはドキッとしてフランツを見た。

 だが、その表情はいつもと変わらない。

 そんな彼の表情を崩したくなって、わたしは意地悪を言うことにした。


「それって愛の告白みたいね」


 だが、フランツは意外そうな顔をしただけで、驚いた表情を滲ませることは皆無だ。


「クラウディア様にはいつも気持ちを伝えているじゃないですか。その気持ちが伝わっていなかったんですか?」

「冗談ぽくね。あれを本気の告白だと思う人がいたら見てみたいわ」


 フランツは口元に手を当て、笑みを浮かべた。


「僕はあなたのそういうところが好きですよ」

「ありがとう」


 わたしはそう笑顔で返した。

 わたしたちは家から少し離れた場所にある植木鉢を見つける。

 わたしはその植木鉢を手に取ろうとすると、フランツがそれを制した。

 彼はそれをひょいと持ち上げる。


「これくらい僕が代わりますよ。あとで手を洗わないといけないでしょう」

「どちらにせよ洗ったほうが良いと思うけどね。外に出ちゃったもの」


 わたしは大げさに肩をすくめると、フランツと一緒に家に戻ることにした。

 その時、わたしの足元でがざがさと草の擦れる音がする。そこから金色の瞳をしたネコが顔を覗かせたのだ。


「どこかから迷い込んだのね」


 だが、その足から血が出ているのに気付いた。

 どこかでひっかけてけがをしてしまったのだろうか。

 わたしは足に触れると、回復呪文を詠唱した。ネコの怪我が瞬く間にふさがっていく。

 ネコは喉を鳴らすと、わたしに体をこすりつけてくる。


 顔をあげると、フランツは優しく微笑んでいた。


「本当にクラウディア様はお優しいですね」

「これくらいは当然よ。治せる力があるんだから、使わない手はないわ」


 回復魔法は割と珍しい魔法だ。使える人も限られている。

 この家でも学校内でもそれが使えるのは教師を含めてもわたしくらいで、だからこそおばさまもわたしに一目置いているのだろう。

 寿命に直結する怪我以外は瞬く間に治癒できる。

 それで報酬をもらっている人もいるが、わたしは家が裕福なためか、そうしたものには興味がない。


「あなたのそういうところはすごく好きですよ」


 彼の好きは幼馴染としての好きであり、そこに他意がないのは分かっている。

 だから、わたしはフランツに幼馴染として忠告してあげることにした。


「好きという言葉は軽々しくは使わないほうがいいわ。いつ、どこで勘違いされるか分からないもの」


 眉目秀麗な彼に言われると、真に受けて舞い上がってしまう人もいるだろう。

 そうなっても仕方ないのだから。

 わたしという物わかりの良い幼馴染がいることを感謝してほしいくらいだ。


「大丈夫ですよ。そんなことはクラウディア様にしか言いません」


 彼はそう言うと、微笑んでいた。


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