知恵を借りることにしたのですが……
わたしの鼻に香ばしいかおりが届く。
三人分のコーヒーカップを持ったカミラが立っていたのだ。
ここはわたしの部屋。カミラがわたしにコーヒーを入れてくれたのだ。
「ありがとうと言いたいところだけど、何で三人分なの?」
「だって」
カミラの視線がドアにうつる。ドアのところにはフランクの姿がある。
彼の手にはクッキーが盛られたお皿の乗ったプレートが握られている。
「お嬢様がお腹が空いたかと思いまして」
彼はわたしの部屋にためらいもなく入ってくる。
少しくらいは気を遣えばいいのに。
そんな気持ちに反発するかのように、わたしの隣に座った。
今日、衝撃の一言を聞いたわたしは帰ってすぐたまりかねてカミラに相談をすることにしたのだ。
わたし一人で抱え込むにはあまりに衝撃的過ぎた。
そして、話を聞き終えたカミラは困ったように微笑み、飲み物を入れてくれることになったのだ。
「先ほどの話だけど、それは二人と同時に付き合っていると思います」
「そうだよね。やっぱりそうだよね」
「先ほどの話?」
不思議そうな顔をしたフランツを流し見したカミラはわたしをみる。
フランツに言っていいのか迷っているのだろう。
だから、わたしはフランツに誰にも言わないように口止めしたうえで、今日の出来事を伝えた。
彼がそうした約束を破らないのは知っている。
「では、最低二股ということですね」
フランツはコーヒーを飲みながら、そうあっさりと告げた。
「最低って」
「そういうタイプが二人だけとは限らないでしょう。四、五人一緒に付き合っていてもおかしくないと思います。女性に人気があるなら尚更」
その可能性はドロテーの告白を聞いたときに覚悟はしていた。
だが、人から言われると心が感じる重さが全く違う。
四、五人。考えて目の前がくらくらしてきた。
わたしの憧れていたダミアンに疑惑でさえ、そんな話が挙がることさえ信じられない。
「その人って、あの北通りに行ったとき、公園で女性の方としたしげにしていた人ですか」
フランツは得意げに微笑んだ。
「何でわかるの?」
「お嬢様の顔を見ていればわかります。それにお嬢様が言ってましたよね。レーネ様の思い人だと」
わたしとしたことが迂闊だった。
普通なら軽くやり過ごしそうなことなのに。
フランツが頭の回転がよいのもあると思うが、失敗だ。
「お嬢様はその相手のことをやけに気にされているんですね」
「当然よ。レーネの好きな人だもの」
それにダミアンが好きで、何度も何度もダミアンのルートをプレイしたくらいだ。
今は好きとは違うけれど。
主人公に言い寄ってきて、それでほかの女の子と付き合ってましたなど、受け入れがたい。
前の彼女というなら、ともかく、レーネにアプローチと思しきことをしている段階でほかに彼女がいたなどあっていいわけがない。
ダミアンを信じると仮定すると、わたしの脳裏にある考えが過ぎる。
いや、まさか。
だが、ダミアンとドロテーのどっちを信じるかだ。
今の状態では素直に言葉に出せずに、ありのままを二人に伝えたのだ。
「可能性だけど、ドロテーが嘘をついている可能性はあるのかな」
フランツはわたしを冷めた目で見る。
「どうでしょう。ゼロと断言することはできませんが、なぜクラウディア様がそこまで気にされるのでしょうか。ご友人に言ってしまえばいいでしょう。彼女だと名乗る女性がいる、と」
「それは分かっています」
だが、あれだけ彼を恋しいと語る友人にそう告げるべきなのだろうか。
わたしには分からなかった。
「嘘をわざわざついてどうするんですか? そんな無意味なことをしてもどうしょうもありませんよ。いずればれることでしょう」
カミラはクッキーを食べながら不思議そうな顔をする。
「他の女を寄せ付けないためとか」
「そこまでする男ほどのなんでしょうか。なんかぱっとしないイメージですけどね」
カミラは眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をした。
「そうだと思うよ」
少なくともわたしには彼にそこまでこだわる理由が分からなくもない。かっこよくて勉強も運動もそこそこで友人も多い。もっとも女の子と二人きりでいた彼を目撃するまでの話だ。
今は何かくすんだような、もやもやとしたような言葉では言い表しがたい気持ちを彼に対して抱いていた。
「まるであなたが彼に好意を持っているみたいですね」
フランツはくすりと笑う。
「そうなんですか?」
「違います。わたしは彼を好きにはなりません」
わたしはそうフランツに言い放った。
彼はわたしに冷たいが、ダミアンの話題になるとその冷たさが増している気がする。
「だったら誰を好きになるんですか?」
「今はそういう話をしているわけじゃなくて」
「フランツも、クラウディア様も落ち着いてください。クラウディア様はドロテーさんとダミアンという男性が付き合っているのが信じがたいんですよね。だったら、彼がドロテーさんとデートをする姿を目撃してしまえばいいんじゃないですか? クラウディア様の話によれば、二人は何らかの形でデートをしているみたいですし」
そうカミラは言葉を綴る。
「でも、どうやって。ずっと二人を付け回すの?」
「ずっとだと面倒そうですね。本人に頼めばいいんじゃないですか? 二人がデートをしている姿を見せてほしい、と」
「そんなもの見せたい人もないわ。恥ずかしいじゃない」
とんでもないことを言い出したカミラの言葉を否定する。
カミラは頭が良い女性だとは思うし、わたしの相談に乗ってくれる。
だが、彼女の提案は恋愛の解決策というよりは、ただ忠実に物事の解決策を導いているようだ。
恋愛はもっとデリケートなものなのに。
わたしがフランツを見ると、彼はにこやかに微笑んだ。
「そうでもないんじゃないですか? 秘密にしているのなら、尚更ね。手っ取り早いでしょう」
カミラだけではなく、フランツも同じなのかもしれない。
そもそも二人は恋愛に興味がないんだろうか。
カミラもフランツもそうした恋愛の話は一切聞いたことはない。
カミラはあごに手を当てて頷いていた。
「久々に意見が合いましたね。聞いてみるだけ聞いてみたらどうですか? ダメならほかの方法を考えましょう」
カミラはそう口にするが、わたしは複雑だ。
「でも、人のデートをしている姿を見たいなんて。なぜ見たいかと理由を聞かれたらどうするの?」
「ありのままを答えればよいじゃないですか。簡単ですよ。ご友人がその男性に恋をしていて、彼女がいるなら諦めさせようと思うとでも言ってしまえばいい」
「なるほど」
カミラは手を叩く。
確かに理由にはなるが、そんなものなんだろうか。
「具体的に誰かを言わなくても大丈夫かな」
「大丈夫でしょう。それにお嬢様の言葉に嘘はないでしょう? その人も相手の名前を聞いてくることがあっても、答えなくても見せてくれると思いますよ。自分の恋人を好きな相手とデートする姿を見せるなんて、優越感に浸れるでしょう」
「それって微妙だね」
「相手が好きなら、そんなものではないでしょうか? それにお嬢様はデートをしていたと、話題の本質に触れていないのに関係を話したのは誰かに言いたいという気持ちがあったという現れだと思いますよ」
そうフランツは締めくくる。
なんとなく気持ちは分からなくもない。
だが、どうしても甘恋の影響からかダミアンを庇ってしまうわたしにはよい案が思いつくはずもなく、二人の言葉を実践してみようと思った。
彼が女生徒に人気があるのは不幸中の幸いだ。
うまくいくかは分からないが、言い方によってはドロテーの不快感を仰いでしまうため、それだけは気を付けようと心に決めた。