各々がこれからに対する決断を下しました
わたしはふとため息を吐いた。手にした書類をお母様が鞄に片づけた。
「いろいろとありがとうございました」
「こちらこそ。今から、クラスのほうに挨拶に行きましょうか」
わたしは叔母様の提案にうなづいた。
ダミアンとの一件はそういうことで、結末を迎え、ドロテーも彼とは別れたようだ。レーネがどうなったのかはわたしにはわからない。彼女とはあれ以来、会話をしていない。
ただ、レーネのことに構ってばかりはいられなかった。わたしには引っ越しの準備が待っていたのだ。必要最低限のものをすでにルトに送っている。だが、わたしの部屋はそのままでいつでも必要な時に戻ってこれるようになってはいる。それはフランツも同じだ。
わたしは昨日、学校の最終日を迎えた。引っ越しのことは、学校に通う生徒は王女様にしか伝えていなかった。、
ゲームの中ではクラウディアが何も言わずに学校を去っただけだ。それでもよかったが、叔母様に挨拶をしたほうがいいのではないかと促され、クラスメイトにはこうして伝える時間を作ってもらったのだ。
今は朝のホームルームの時間で、この時間ならということで話が進んだ。
教室に行くと、叔母様が先に中に入る。少しして彼女が顔を覗かせた。
わたしは彼女に連れられ、中に入った。
教卓まで来ると、わたしは深々と頭を下げた。
「急な話ですが、わたしはルトのほうに転居することになりました。まだこの学校に籍は残ってはいますが、向こうでしばらく暮らそうと考えています」
「そんな。家族で引っ越すの?」
ドロテーは立ち上がると、そう問いかけた。
「いえ。わたしだけよ。今まで仲良くしてくれてありがとう」
クラスメイトは困惑の色を滲ませていた。きっと何も言ってこないのは、ダミアンとのうわさを信じた人間が決して少なくはなかったのだろう。それくらいわきまえていた。
わたしは頭を深く下げると、先生にも挨拶をして、扉の近くで待っていてくれた叔母様のところに行く。
わたしは叔母様と一緒に教室を後にしようとした。だが、そのとき、背後から手を掴まれたのだ。
振り返り、わたしは目を見張った。
なぜなら、そうしたのはここ最近ずっと口を聞いていなかったレーネだったから。彼女の目には大粒の涙があふれていた。
「クラウディア、ごめんなさい」
彼女の唇から言葉が零れ落ちた。
「わたし、ずっと知らなくて。気付かなくて。昨日、クルトから聞いたの。あの人のこと」
教室という場所もあったが、彼女ははっきりと明言しなかった。だが、その言葉で何を言いたいのかは分かった。
「そう。よかった。よかったら、遊びに来てね。きっとフランツも歓迎してくれるわ」
彼女の目により多くの涙があふれた。こんなことなら今日まで学校に来て、彼女にも転校すると話をしたら、もっとゆっくり話ができる時間がとれたかもしれない。
「ありがとう。ごめんね」
わたしは「気にしないで」と言葉を綴った。
クルトの言葉を一発で信じたかはわからない。何度も説得したかもしれないし、他の人の協力を仰いだ可能性もある。
ダミアンを選ぶと思われていたルートで彼女の下した結論は予想外のものだった。こんな結末をわたしは知らない。今までにない結末を選んだ彼女がどうなるのか気がかりではある。だが、きっとレーネは大丈夫だろう。彼女を一番に思ってくれている幼馴染がいるのだから。
レーネは目を細めると、わたしの腕を解いた。
わたしはもう一度会釈をすると、待っていてくれた叔母様と一緒に教室を後にした。
その足で、学校の玄関まで行く。そこでお母様と待ち合わせをすることになっていたためだ。
玄関まで行くとお母様と合流した。
「今までありがとうございました」
わたしは叔母様に頭を下げる。
「いいのよ。でも、本当にこれでいいの? 原因はこちらにもあるのだけれど」
「はい。いいんです」
誰も見送りのない、寂しい旅立ちを叔母様なりに気にしているのだろう。
だが、わたしはもうこれでいい。レーネが理解してくれただけで満足だ。それだけ、あのクラウディアよりも幸せなのだから。
わたしはお母様と学校を出る。そして、駐車場で待っていてくれたベルタの車に乗り込んだ。
車が走り出し、わたしは何気なく学校に視線を向けた。
いろんなことがあった。だが、あの学校に入ってよかったと思う。
大事な友人にも出会えたし、わたし自身も本当のクラウディアを知ることができるから。
友人との別れは寂しい。だが、それ以上に寂しいのは家族との別れだ。
お父様、お母様、そしてわたしを変えてくれたカミラとの別れ。
会おうと思えばすぐに会える距離でもない。
車が家の前に停まり、わたしとお母様は車を降りて庭に入った。
そのとき、お母様がふっと目を細めた。
「クラウディアがこんなに早くこの家を出て行くなんてね」
お母様は寂しそうに微笑んだ。
「戻ってきますよ。たまには」
「ええ。それにフランツが一緒なら安心よね。それに」
彼女は言葉を切り、わたしを見た。
「そういえばカミラのことは聞いた?」
「カミラがどうかしたの?」
「本人から聞くといいわ。今頃大忙しだから」
わたしは彼女の本意が掴めず、首を傾げた。
玄関の扉を開けると、バッグを手にしたカミラと顔を合わせた。
その背後には大きな袋を手にしたフランツの姿があった。
「旅行にでも行くの?」
それにしてはかなり大きな荷物だ。一月ほどの大がかりな旅行に行くのではないかと思うほど。
「わたしもしばらくルトに行こうかなと思いまして。あそこはわたしの生まれ故郷でもあるのだから」
言われてみればそうだ。
カミラと出会い、わたしは変わった。
様々な悲しみが生まれ、こうしてクラウディアがクラウディアになる環境が整えていったと考えると皮肉なものだ。
フランツが悲しみを滲ませた。彼女の両親が死んだのは、自分の母親のせいかもしれないと考えたのだろう。
「なら、一緒に住みましょう。わたしの住む予定の家は空き部屋がたくさんあると聞くわ」
もともとフランツが住む予定だった家だが、お父様が作った家なので、そこでわたしたちが同居することになったのだ。
「そうですね。フランツ一人にクラウディア様を任せてはおけませんもの」
カミラはそう強気な笑みを浮かべた。
「またしばらく一緒だね」
わたしの言葉に、カミラは首を縦に振った。
わたしたちが出会うために多くの悲しみが彼女たちの心に刻み込まれた。けれど、悲しいことだけではない。そこには別の幸せがあることもまたクラウディアとして生きたわたしは知っていたのだ。




