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運命には抗うことができませんでした

 わたしは気が進まないながらも、学校の門を潜り抜けた。学園祭の二日目。昨日、ダミアンとトラブルを起こしてしまったため、何となく気まずかったのだ。


 授業とは違い個人行動が多くなるとは思うが、全く顔を合わせないのは難しいだろう。

 だが、昇降口に入った時、何人かの生徒と目があった。わたしが会釈しようとしたが、各々の生徒がわたしから目をそらしたのだ。


 昨日のダミアンとの一件が周囲に知られたのだろうか。だが、わたしが周りから避けられるような行動は一切取っていないはずだ。


 わたしの知っていることで現実になっていないこと。それはダミアンがクラウディアに暴力を振ったというデマをクラウディアが流したこと。彼に腕を掴まれはしたが、昨日のこともフランツの手前、大事にはしないようにしようと決めていたため現実には起こりえない。そうした火消しも、昨日先生たちがあのシーンを目撃してしまった幾人かの生徒にしていたようだ。だから、何も避けられる理由はないはずなのに。


 そのとき、辺りがざわついた。


「クラウディア」


 名前を呼ばれて振り返ると叔母様が立っていたのだ。彼女は眉間にしわをよせ、何かを深く考えているようだ。


「あなたに話があるの。学長室まで来てほしい」

「分かったわ」


 わたしは叔母様と一緒に学長室に行った。

 するとそこにはヘレナ王女とロミーさんの姿があった。


 ヘレナ王女はわたしの姿を見るや否や、わたしに駆け寄ってきた。


「クラウディア様、申し訳ありません。わたしのせいで」

「まずは落ち着きなさい。まだこの子は事情を知らないのよ」


 事情が分からないわたしは、ヘレナ王女の隣に座ることになった。


「昨日のことだけど、クラウディアとダミアンが喧嘩をしていたと噂が流れているようなの」


 喧嘩と言われるのは微妙だが、言い争いをしていたのは間違いなかった。


「言い争いはしたから、否定はしないけど」

「言いにくいのだけど、あなたがダミアンに失恋して、それを逆恨みしたとか。噂を止めるのはわたしたちには難しいし、あまり火消しをすると、ヘレナ様たちのことが周囲に知れ渡る可能性があるから対処に困っていて」


 わたしは顔を引きつらせた。もともとクラウディアがダミアンに失恋したことになっていた。その二人が争っていれば、そう勘違いする人がいてもおかしくはなかった。


 一国の王女が一般人を攻撃したなど、やすやすと噂にはできない。フランツをダミアンが侮辱したのもだ。恐らく、フランツが王子だということを伏せるように指示が出ていたのだろう。そうなればわたしとダミアンが言い争いをしていたということが残り、それは噂の本題となったのかもしれない。あのときは深く考えていなかったが、本当によくできていると苦笑いを浮かべた。クラウディアとして正しく生きようとも結局運命には抗えないのだ、と。


 王女は目を見張る。


「やはりわたしが本当のことを言います。クラウディア様をこんな酷い目に遭わせるなんて考えられません」


「ヘレナ様、気になさらないでください」


 一国の王女が王子を侮辱されたとはいえ、一般人を攻撃しようとしたなどあってはならない。

 だからこそ、クラウディアとダミアンのトラブルとして片づけようとしたのだろう。そして、甘恋のクラウディアはそれを受け入れたのだ。それが最良だと思ったから。わたしも同じだ。


 わたしの身近な人が信じてくれればそれでいい。


「そんな。クラウディア様に迷惑をかけてしまうなんて」

「わたしはそれでいいんです。きっとそれがすんなりと落ち着くから。それにわたしは幸せだからいいんです」


「本当にクラウディア様は素敵な方ですね。お兄様が王に相応しいと思いますが、クラウディア様も王妃に相応しい方だと思います。わたしもあなたのような方になりたいです」


「そんな。わたしは未熟で至らないところもたくさんあります」

「わたしはあなたほど素敵な方に今まであったことがありません。そんなクラウディア様だからこそ、お兄様に相応しいと思ったんです。あなたにはわたしのお姉さまになってほしいと本心から思っています」


 満面の笑みで語られ、わたしは恥ずかしくなってきた。


 わたしはヘレナ王女と一緒に学長室の外に出た。

 そして、彼女と別れ、自分の教室に向かうことにした。


 教室に向かいかけたわたしに影がかかる。顔をあげるとドロテーが立っていたのだ。

 そういえばドロテーは妙な勘違いをしていたんだっけ。

 もう否定するのも面倒だけれど。


「どうかしたの?」

「わたし、昨日のクラウディアとダミアンのやり取りを見ていたんだ」


 わたしは顔を引きつらせる。

 二股のことや、いろいろ彼女の胸を痛める話になっていたはずだ。


「ドロテー」

「ありがとう。クラウディアがいなければわたしは気づかなかった。今はまだつらいけど、ダミアンのことはきっぱり諦めるよ。わたしもどこかで分かっていたんだ。ダミアンにとってわたしは他愛ない存在に過ぎないと」


 彼女はきっと唇を噛んだ。

 ドロテーはダミアンと別れる決意を固めたようだ。

 これでダミアンはフリーだ。これからレーネと付き合っても問題はない。


 物語は大筋では変わらない。脇役として扱われてきたわたしたちの未来が、笑顔で満ちているかも分からない。けれど、幸せになれる。そう願いたかったのだ。


「ダミアンとわたしが付き合っているという噂はどこから流れたんだろう」

「わたしがきいたのは、茶色の髪の、可愛い感じの女の子だった。でも、この学校の子じゃなかったわ」


 わたしはその人物の特徴を詳しく聞く。そして、一人だけ思いつく人がいた。

 同時にわたしはショックを受けていた。なぜなら、彼女に対して悪い印象は持っていなかったから。


 わたしはその日の学校の帰りに北通りに行くことにした。目的地はペトラの家だ。

 わたしは花が彩るその家のドアをノックした。

 すぐにペトラが顔を覗かせた。彼女はわたしを見ておもむろに顔を引きつらせた。


「あなたに話があるの」

「わたしには話をすることなんてありません」


 ペトラはドアを閉めようとした。わたしはどのドアを掴んだ。


「あなたが、わたしがダミアンに失恋したという噂を流したの?」


 ペトラはびくりと肩を震わせた。彼女の動きが止まる。その彼女の目から大粒の涙が零れ落ちた。


「クラウディア様はなんでも持っていて悔しくて。だから」


 彼女の気持ちはなんとなくだがわかる。

 フランツにああいう形で振られて、その恨みがわたしに届いたのだろう。

 これ以上誰かを責めるのも嫌だった。わたしの親しい人たちが信じてくれればそれでいい。そう言った気持ちは嘘ではないのだから。


「もう構いません。でも、あなたのためにこういうことはやめたほうがいいわ」


 わたしはそういうとドアに触れる手を離し、ペトラに深々と頭を下げた。そして、家に帰ることにした。


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