フランツやカミラのことを詳しく聞くことになりました
紅茶の湯気が天井に立ち上るが、誰もそれに手をつけようとはしない。そこにいたのは王女様と、フランツ、叔母様、わたしの四人だ。ロミーさんは事態の収拾にあたっているのか、ここにはいない。
「フランツが第一王子だったのね。いえ、フランツ様が」
わたしが今まで知らなかったとはいえ、随分と失礼なことをしてしまった。わたしの両親は知っていたのだろうか。使用人のようなことを王子である彼にさせて。けれど、王子だとしたら本当の名前は違う。身分を隠すためにそう名乗っていたのだろうか。
フランツはわたしの肩を叩いた。
「それは僕が望んだんですよ。あなたのご両親は僕にそんなことはさせられないと何度もいってくださいました」
フランツはわたしの心を見透かしたかのように、そう微笑んだ。
叔母様は短く息を吐いた。
「王妃が亡くなってから、フランツをルト地区に住まわせようという計画があったの。王都から遠く離れた場所で、二度と王家に関わらせまいとね。けれど、クラウディアがフランツと一緒にいたいと願ったでしょう。特異な能力を持つあなたを敵に回すなど、王家の人間であっても避けたかったのよ。彼が王家の人間であることを伏せ、特別扱いしないことを条件に、ブラント家に引き取ることが許されたの。だから、あなたにも伏せておくことにしたのよ」
だからこそ、あのとき周りに人は困惑していたのだろう。
「時々家を空けていたのもその関係なの?」
「城に戻っていたのと、それなりの教育を受けさせるために。そもそも追放させたがったのは父なのに、今更それなりの教育を受けさせるなど、おかしな話ですね」
フランツは苦笑いを浮かべた。
ヘレナ王女は紅茶を口に含むと、微笑んだ。
「それはあまりにお兄様が優秀だからです。お城の人間はみな、言っています。お兄様こそが王位に就くべきだ、と。わたしもそう思います。お兄様こそ王に相応しいと」
「それはあなたの実の兄弟が王位につけないということなのよ」
「あんな人たちは王に向いてません。わたしの両親もです。自分たちの感情で動く人間に王位など勤まるわけもない」
王女様はきゅっと唇を噛んだ。
わたしには王族がどうなのかはよくわからない。だが、見ているからこそ何か感じることもあるのだろう。
「二人だってこれから変わる可能性はある。それに僕は王位には興味がないんだよ。今はどうやればもっと同じような教育を国民が受けられるのか、そのことのほうが重要だよ」
フランツは淡々と語った。
そうした考えこそが王位に相応しいと、王女は言いたいのだろう。
それにフランツが気づいているか定かではない。
「それを決めるのはあなたたちの父親だから、ここで論じても仕方のないことよ。それに今日、明日、王位につくわけでもないわ。あなたの父が王なのは、確定した事実なのだから」
「そうですね」
王女様は力なく頷いた。
今まで考えていたことがすっと腑に落ちる。彼が優秀だったり、フランツを特別扱いする人がいたりと。フランツは一般市民にはほとんど顔を知られていない。だからこそ、こうして自由に行動することが許されていたのだろう。そして、今までの話を総合すると、カミラの叔父さんは王妃の思い人であり、だからこそお父さんは事情を知っていて、カミラを引き取ったのだろう。
わたしが考えているよりも事情は複雑だった。
そして、フランツは全てを知ったうえで、ルトに行こうと考えているのだろう。
ヘレナ王女の目には涙が浮かんだ。
「お兄様はもうすぐルト地区に行かれるんですよね。もう今までのように会えなくなってしまいますね」
「今までみたいには会えなくなるけど、時間があれば会いに来るよ。ヘレナも来たらいい」
「はい」
彼女は浮かない表情で頷いていた。
「クラウディア様も寂しくなりますね」
「わたしもフランツと一緒にルトに行くことにしたの。今まで黙っていてごめんなさい」
その言葉にヘレナ王女は目を見張った。さっきまで泣いていたからか彼女の目がやけにキラキラしていた。
「では、お二人はついに婚姻を?」
そういえばヘレナ王女はお兄様とわたしが婚約しているというようなことを言っていた気がする。事実かどうか分からないが、彼女の中ではそうなっているのだろう。
「そういうわけじゃないよ。ただ、一緒に来てくれるらしい」
フランツは否定するが、王女の口元が緩んだ。彼女はうっとりとした表情で言葉を綴った。
「きっと二人の間に生まれた赤ちゃんはとても可愛いでしょうね」
わたしとフランツは困り顔でお互いを見合わせた。
「ルトで学校を作るなら、わたしもそこに通うことはできるのかしら」
「それは無理です。王が許しません」
その声はドアのほうから聞こえてきた。
どうやらロミーさんが戻ってきたようだ。
ヘレナ王女の提案をロミーさんはあっさりと否定した。
「でも、わたしはあきらめません。いずれお兄様と暮らしたいと思っているのですから」
何かがヘレナ王女に火をつけたのか、彼女はそう何か決意を込めた目を浮かべていた。
ロミーさんがわずかに顔を引きつらせていて、わたしとフランツは再び目を合わせるとどちらかともなく笑っていた。
わたしとフランツはヘレナ王女とともに家に帰されることになった。今日は叔母様から連絡を受けたベルタの送迎付きだ。ヘレナ王女のクラスの出し物は王女抜きで行うことが決定したらしい。ダミアンを傷つけなかったとはいえ、これ以上話題が広まるのを避けたかったのだろう。
王女様は練習の成果を発揮する機会を失ったものの、元気そうに、ロミーさんに連れられ帰っていった。
車に乗るとゲルタはフランツを見て目を細めた。
「クラウディア様にこれで隠し事をしなくてすんでよかったですね」
「ゲルタも知っていたの?」
ゲルタは首を縦に振った。
「もしかしてカミラもフランツが王子だと知っているの?」
「もちろんご存知です。このことは伏せておくように言われていたため、あくまで普通の人として接してはいましたが」
「それでかまいません。これから先はどうなるかわかりません。けれど、今の僕は王子ではなく、フランツ=ベルツなのですから。クラウディア様のお傍にいられたら、それで幸せです」
そうフランツは優しい笑みを浮かべてた。




