わたしの身になって考えてみると
わたしはあくびをかみ殺すと、コーヒーを口に運んだ。
昨晩はほとんど眠れなかった。
寝不足で頭がぐらぐらする。
わたしの体に人影がうつり、顔をあげるとフランツが立っていたのだ。
「大丈夫ですか? 目が充血されていますけど」
「大丈夫よ。昨日、眠れなかったの」
あの男のあの笑顔を思い出してね。
フランツはそうというと、わたしの隣に座ってきた。
長方形の長いテーブルだが、わたしの両親はかなりアバウトだ。誰がどこに座るという決まりはない。フランツはどうやらあのまま家に泊まったらしい。
彼は今までのように軽口をたたくのかと思いきや、何も言わずにわたしを家に送り届け、買い物に再び出かけたようだ。
わたしはまだ現実が理解できなかった。
だが、ダミアンが誰か知らない子と親し気に話をしていたのは事実で、レーネが告白したのなら、間違いなく失恋するだろう。
わたしは昨日、背中を押してしまったことを後悔した。
まずは今朝、レーネがダミアンを呼び出すはずだった場所に行って、事情を説明しないといけない。電話で話をすることも考えたが、電話口ではうまく説明しきる自信がなかった。相手の顔が見えないというのは厄介なことだ。
「朝食はどうなさいますか?」
そう尋ねてきたのはカミラだ。
「今日はいい」
「でも、何か食べないと」
「ごめんね。食欲がないの」
寝不足とストレスからか、空腹を全く感じなかったのだ。
「だったらこれを持って行ってください。昨日、わたしが作ったんです」
カミラはそういうと布の袋を差し出した。中を確認するとペーパーにくるまれたクッキーが入っている。
「ありがとう。カミラのクッキーはおいしいよね」
「まだたくさんありますから、帰宅後にでもどうぞ」
わたしはそれを笑顔で受け取り、学校に行く支度をはじめることにした。
家を出ると、ため息をついた。
ここまで気が重かったのは、この学校に入学して以来だ。わたしの通うミュスティカ魔術学園は創立百年を超えた名門校で、初等部から大学まで一貫した教育を受けることができる。そもそもこの学校に入らなければ、わたしはレーネと会うこともない。そのため、最初の段階で危難を避けようとしたのだ。
わたしの両親はミュスティカ魔術学園出身で、わたしがそこに行きたくないと行ったとき、驚きながらも好きにしたらいいと言ってくれたのだ。そのため、他の少し離れた学校への入学準備をしていたわけだが、そのまま自体はすんなりと進まなかった。
ミュスティカ魔術学園はわたしのおばさんが経営している学校だったのだ。そのおばさんがわたしの生まれ持っての魔法の才能を見込み、わたしにあの学校に入学するように懇願してきたのだ。親は断ってくれたようだが、おばさんは自分の学校の危機をわたしに訴えてきた。
その鬼気迫る様子に圧倒され、「はい」と言ってしまったわたしは今の学校に通うことになったのだ。
学年が上がる際にほかの学校へと移ろうとしたこともある。だが、おばさんが首を縦に振ってくれなかった。おばさんの想像以上の才能を秘めていたわたしを手放したくなかったそうで、そのまま高等学校へと進み、今に至ったのだ。
自業自得といえば自業自得だが、ある意味、もう定められた運命なのだろうと受け入れ、レーネの恋を応援しようとした矢先がこれだ。
わたしは頭を抱えた。
レーネを呼び出した公園に行くと、彼女の姿はベンチにある。唇を一文字で結び、膝の上でこぶしを握る様子から、彼女が緊張する気持ちが伺える。
わたしが公園の中に入ると、レーネが体をびくりと震わせた。
そして、戸惑いを露わにわたしを見る。
彼女はダミアンが来ると思っていたので当然だ。
わたしは彼女のところに行くと、頭を下げた。
「ごめんね。まだ言えてないの。昨日、ゲルタが熱を出して」
「そうなの? ゲルタさんは大丈夫?」
「今朝は大分よくなったみたい」
「よかった。告白の件は気にしないでね。やっぱり自分で頑張るよ。いろいろ迷惑をかけてごめんね。学校に行こうか」
「あの、レーネ」
わたしは学校に歩みかけた彼女を呼び止めた。
レーネは不思議そうに振り返る。
本当のことを言えばいい。
昨日、ダミアンが女の子と親し気にしていて言えなかったと。
だが、口まで出かかった言葉が引っ込んでしまった。
自分が好きな相手がほかの女の子と親しくしていたと知ったら、どうするだろう。間違いなくショックだし、立ち直れない。少なくともゲームをプレイしていたわたしはそうだったのだ。
「今日、告白するの?」
「どうしようかな。少し迷ってしまって。一気に気が抜けちゃった」
「ごめんね」
「クラウディアのせいじゃないの。もともとわたしが言わないといけなかったんだもん。負担をかけさせてごめんね。もう少し様子を見てからにするよ」
「そうだね」
わたしは彼女の言葉にあいまいに返事をした。
今日はこのままごまかしてしまおう。
ダミアンと彼女の関係を判明させるまでは。
それくらいなら彼女との関係の妨害にはならないはずだ。
「いいにおいがする」
レーネが鼻をくんくんさせる。わたしはその匂いの原因が何かすぐにわかった。
カミラから渡されたクッキー袋をレーネの前に差し出したのだ。中身を見せるとレーネが歓喜の言葉をあげた。
「これ?」
「これだ。どうしたの?」
「カミラが作ってくれたの。よかったらあとで一緒に食べようか」
「ありがとう。カミラさんは料理が上手だよね。わたしも見習わないと」
わたしとレーネはクッキーを分け合って食べることにした。
レーネはお腹が空いていたのか、それをあっさりと食べきってしまった。
彼女はうっとりとした顔をしている。
お菓子作りが好きな彼女は当然食べるのも好きなわけで。わたしたちはお互いの作ったお菓子を贈りあったり、お店でおいしいスイーツがあると聞けば一緒に店を訪れることもあった。フランツの言っていた失態は幼き日のことで、今となってはそうしたトラブルが起こることはない。
とにかく、カミラのつくるお菓子はその中でも格別だ。
今すぐにでもお店を開けそうなレベルだと思う。
「まだクッキーが家にあるんだ。よかったら食べにくる」
「行く。いいの?」
わたしは首を縦に振る。
あれ? 今の場面をどこかで見たような気がする。
そう思い、どこで見たのかすぐに思い出したのだ。
本来のゲームだと、告白しようとしたレーネをクラウディアが強引に遊びに誘う。
告白に迷いがあったレーネはクラウディアの誘いを受け、結果的に第一の妨害が成立する。
少し状況が似ているが、偶然の一致だと片づけることにした。