レーネに全てを話しました
翌日、わたしは自分の教室に入ると、せきにつく。頬杖をつくと、レーネがやってくるのを待った。彼女がやってきたのは遅刻ギリギリの時間だった。席に座ろうとしたレーネは顔を引きつらせながら、会釈した。
わたしも会釈はするが、彼女がどこかで見せた笑顔が引っかかった。
どこで見たのか、その答えはすぐにわかった。あのレーネのケーキを奪った翌日だ。だが、わたしは何も彼女にした記憶はないし、ただ虫の居所が悪かったのかもしれない。
だが、わたしがそう片づけても、レーネの態度は今までとは違う、どこか他人行儀なものだった。
昼休み、昼食を食べ終わったレーネは立ち上がった。
「クルトのところにいくの? だったらわたしも」
今日から二人に勉強を教えることになっていたのだ。主に昼休みで余裕があれば放課後も勉強することになっていた。
「わたしは今日はいいよ。また今度ね」
わたしは驚きを露わにレーネを見た。
彼女は何を考えているのだろう。彼女のことはある程度分かると思っていただけにわたしは驚きを隠せなかった。
「クラウディアはわたしに何か隠していることあるよね」
「隠していること?」
ダミアンのことだろうか。もしかすると、ドロテーやペトラのことをしったのかもしれない。
だが、結論を早急に出すのはいけない。昨日の出来事を含めてレーネに話そうと決めたのだ。
彼女と一緒に人気のない中庭まで行く。そこで息を吐いた。
「ダミアンにプレゼント送らないほうがいいと思うの」
レーネは驚きを露わにわたしを見た。彼女は唇を結ぶと、軽く手を握った。
まずは結論を最後にもっていきあやふやになってはこまる。だから、わたしは先に結論を彼女に伝えたのだ。
「どうして?」
「ダミアンは」
わたしはこの前の出来事を彼女に語ろうとした。
だが、わたしの言葉をレーネの声が打ち消した。
「クラウディアはダミアンのことが好きなの?」
レーネは唇を噛み、わたしを見た。
彼女はそっと唇を噛んだ。
わたしにはその彼女の様子に覚えがあった。レーネが、クラウディアを自分の恋路を邪魔する人間だと認識するシーンだからだ。
彼女はショックで打ちひしがれ、どうしようか悩む。
クラウディアがダミアンのことを好きじゃないかと考えながら。
「好きじゃないよ。好みじゃない」
わたしはそうはっきりと言い放った。だが、心を過ぎった記憶がわたしの語尾を上ずらせた。
わたしは明らかに動揺した。
今、そういう言葉を言い出せば、それは好きを肯定しているようなものだ。
「そうだね。分かっているよ」
失望したような目でわたしを見ていた。
わたしとダミアンの間にはいろいろあった。彼と顔を合わせたくないほど。
だが、一連の流れを知らないレーネは親友が嘘をついたと思い、胸を痛めているのだ。ここまで隠してきた自分の浅はかさに胸を痛めるしかなかった。
「本当に好きじゃないの。わたしはダミアンと仲が良くないのは知っているでしょう。この前だって彼の時計を壊してしまって、多額のお金を請求されて。そのお金だって法外な額で」
レーネはわたしをきっと見据えた。
「何の話? そんなによくダミアンと会っていたの?」
「会っていたというか学校に行く途中だよ。レーネがダミアンが時計をしていないと言っていた前の日の話なの」
「じゃあ、なぜダミアンの時計を壊したの?」
「それはわたしとダミアンが喧嘩したから」
「仲がいいから、クラウディアはダミアンが好きだから喧嘩したんでしょう?」
レーネの中にはわたしとダミアンが仲がいいという前提がすでにあるのだろう。わたしの言い方がまずかったのかもしれないが、彼女はもう聞く耳を持たなかった。なぜダミアンに反発心を持ったのか、その根本を語ってしまえば楽になれる。その脳裏を過ぎった決意がわたしの重い口を開かせた。
この学校にはいってずっと親友だった彼女なら、わたしの気持ちを理解してくれるはずだという淡い期待をのせて。
「わたし、この前、レーネがダミアンに告白すると言った日に、ダミアンがほかの女の子と一緒にいるのを見たの。その子、ダミアンの彼女だと言っていた」
「彼女?」
レーネは顔を引きつらせてわたしを見た。
「ダミアンは他にも付き合っている人がいるの。二股かけていたんだよ。ダミアンに彼女がいるというだけならまだ言えた。でも、どうしても言い出せなかったの。ごめんなさい」
わたしは彼女がどう反応をするか、彼女をどう慰めようかを考えていた。
だが、聞こえていたのはわたしの予想外の、いや正確にはあらかじめ予測していた言葉だったのだ。
「何を言っているの?」
彼女は口元を歪めた。いつも微笑んでいた瞳には蔑みの色が露わになっていた。
「見損なったよ。嘘つき」
わたしのこれから言おうと考えていた言葉が一気に吹き飛んだ。
「クラウディアがそんな嘘をつくとは思わなかった。そこまでしてわたしとダミアンの仲を引き裂きたいの? クラウディアがダミアンを好きだと認めてくれれば、わたしだって二人で頑張ろうと言えたのに」
「引き裂くってそんなこと」
ゲームのレーネはそこまで言わなかった。だが、それは独白の中にあったセリフ。
今までクラウディアに対して感じていた疑惑が一気に強まった状態だろう。
きっと早い段階で話をしていても、彼女の判断は変わらなかっただろう。
分かっていたのに現実はわたしの心を引き裂いていった。
「友達だと思っていたのに。もうわたしに話しかけないで」
彼女はそういうと、そのままかけ去っていった。
わたしは今まで何をしてきたのだろう。こうなるのが分かっていた。それが嫌で、その現実を心のどこかで認めたくなくて、ずっとずるずるとほかの道を模索していた。結局すべて無駄なことでしかなかったのに。こんなことなら、話をして彼女との友情関係なんて終わらせてしまえばよかったのだ。
「自業自得だよね」
わたしは自嘲的な笑みを浮かべた。




