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見知らぬ女性と親しげにしていました

 わたしたちは北通りに到着すると、短く息を吐いた。

 家からここまで歩いて三十分ほどだ。

 北通りに行く交通手段は主に車だが、わたしもフランツも免許を持っていないので歩いてきたのだ。

 ここに来るまで、わたしもフランツも一言も言葉を交わさなかった。

 彼は額に手を垂直に当てると辺りを見渡した。


「まずはお嬢様の用事を済ませましょうか。何をなさりたいのでしょうか?」

「わたしの用事はいいのよ。あなたは自分の用事をすませて、先に帰ってください」


 ベルタはいつもここで調味料を購入する。だから、彼の用事も同じだと思ったのだ。

 お店はこの場所の目と鼻の先にある。

 去っていこうとしたわたしの手をフランツが掴む。


「ドーリスさまから頼まれましたので、それは無理なお願いです」


 ここにくるまで一言もというのは大げさすぎた。わたしは何度か彼についてこなくていいと言い放ったのだ。

 だが、彼は頑なにそう答え、わざわざここまでついてきたのだ。


「だったら、ここで三十分後に待ち合わせましょう」

「そんなに僕についてきてほしくないのでしょうか?」

「そうですね」


 断言したわたしの言葉に、彼はわたしを頭のてっぺんから足先まで舐めるようにして見つめた。

 彼は口元を歪め、わたしの顔を覗きこんでくる。


「まさか男と密会とでも?」


 一瞬言葉に詰まる。

 フランツの言う密会と、わたしの今からしようとしていることは当然違う。


「わたしがここで何をしようが、あなたには関係ないでしょう」

「そうでもありませんよ。お嬢様に近づく男がいたら、報告してほしいとは言われています。自由恋愛を許可してはいても、変な相手につかまるのを見過ごせないでしょう」

「分かっているわよ。それにわたしは恋愛はしないと決めているの。レーネの恋が叶うまではね」


 わたしはその言葉に思わず口を押えた。

 今のは失言だ。


「レーネ? ああ、あの可愛らしいご友人ですね」

「可愛らしいって、あなたまさかレーネを狙っているの?」

「まさか。僕はもっと元気な方が好きですよ。木に登って転落してしまうほどの野性味に溢れた方がね」


 彼はわたしを見て笑みを浮かべた。

 わたしの顔がかっと赤くなる。

 彼が言っているのはわたしのことだ。

 わたしは幼いころに木から転落して、怪我をしたことがある。そのとき、彼に助けられ、軽傷で済んだことがあった。彼と過ごした年数に比例するように、思い出もそれなりに多い。


「料理をしていて、フライパンで火を起こしている方とか」

「人の恥ずかしい思い出を蒸し返すのはやめてください」


 わたしは頬を膨らませて彼を睨んだ。


「わたしの恋愛じゃないの。だから邪魔しないで。あなたもそれなら文句はないでしょう。あと、レーネには言わないで」

「クラウディア様」


 彼の返事を聞く前に澄んだ子供の声がわたしの耳に届く。振り返ると黒髪の少女がこちらにかけて着たのだ。彼女はわたしの足に抱き付いてきた。


「久しぶり」


 わたしは彼女が離れたタイミングを見計らい、腰をかがめた。


「バルバラ、久しぶりだね。元気だった?」

「元気だよ。買い物にでも来たの」

「買い物に来たのは、こっちかな」


 わたしはフランツを指さした。

 バルバラはフランツを見て、遠慮がちに目を伏せる。

 バルバラは今からフランツが行くはずのお店の店主の娘だ。


「この人、誰?」

「わたしの知り合い。ベルタの代わりに調味料を買いにきたの。彼を案内してあげてよ」

「いいけど、お姉ちゃんは?」

「知り合いに会いに来ただけ。すぐに店に行くよ」

「分かった」


 バルバラはフランツを見てにっこりと笑う。そして、彼を先導するように歩き出した。

 子供を利用したみたいで心が痛いが、結果的にはそれでいいはずだと言い聞かせた。


「三十分ほどで戻ってくるから、お店で待っていて」

「分かりましたが、一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」


 子ども扱いをするかのような言い方にムッとして、彼を睨んだ。

 彼はそんなわたしを見て、まるで子供でも見るような目で見つめる。


「お兄ちゃん?」

「じゃ、またね」


 わたしはそう笑みを浮かべると、ダミアンの家に行くことにした。

 ダミアンの家は北通りの一角にある、割と大きな家だ。一度、近くを通りかかったことがあるため、無事にたどり着く自信はある。だが、問題は彼の家が北通りに入って十分以上離れた場所にあることだ。フランツのあの物言いだと、少しでも遅れるとわたしを迷子だと判断しかね、迎えにきてしまいそうだ。


 彼にいう言葉はレーネが話があると言っていた。それだけでいいだろう。

 何をと聞かれても、明日になればわかると断言してしまえばそれでいいはずだ。


 信号を渡り、自然の豊かな公園の前を通りかかる。何気なくその公園の中に視線を走らせると、赤い髪で長身の男性が目に移る。それはまさしくダミアンだったのだ。


 こんなところで彼に会えるなんてラッキーだ。

 早めに用事を済ませて、待ち合わせ場所である店に行こう。

 わたしは意気揚々と公園の中に入る。


 だが、彼の姿が視界全体に入ってきたとき、彼が一人でないのに気付く。彼の隣には、いや隣というより彼と手をつないでいたのは、赤毛の可愛い感じの女の子だ。歳のころはわたしたちと同じか、年上くらいだろうか。彼女の頬は朱を塗りたくったかのように、赤く染まっている。

 彼には妹も姉もいない。そもそも身内と一緒でそんな顔はしないだろう。

 わたしは足音を殺し、物陰に隠れながら二人に近づいた。


「今日は付き合ってくれてありがとう。明日も誘っていい?」


 少女はダミアンにもたれかかるようにして、そう言葉を綴る。

 まるでそれは恋人同士の語らいだ。


「もちろん、君と一緒に行けるならどこにでもついていくよ」


 少女は嬉しそうに微笑んだ。

 盛り上がる二人とは対照的にわたしはその場に凍り付く。


 この様子を見ただけなら、ダミアンには意中の相手がいて、レーネが失恋しただけだと理解しただろう。だが、彼はレーネの恋人となるはずだった。少なくともわたしの知るゲームの中ではそうだ。


 これが乙女ゲームの中の世界というのがそもそもの勘違いだったのだろうか。そう考えれば納得はできるはず。だが、そうは思えなかったのは、ダミアンはレーネと話をしているとき本当に嬉しそうにしていて、彼女を可愛いと言ったり、それとなく好意を伝えていたのだ。


 どちらにせよ、ダミアンにほかに女がいたなんて。わたしはレーネの恋を応援すると言ってしまったのだ。

 くらくらしてきて、その場に倒れそうになる。


「クラウディア様」


 突然背後から腕を掴まれる。

 振り返ると、フランツが立っていたのだ。


「何であなたがここに」

「ついてきたんですよ。お嬢様を放置できないでしょう。あれは?」


 フランツの目が後方に移る。

 あそこにいるにはダミアンと見知らぬ女の子だ。


「あの男性に用事があったんですか? たしかお嬢様と同じ学校の」

「もう用事はいいの。だけど、今見たことは誰にも言わないで」


 わたしはフランツの腕を掴む。

 彼はいぶかしげな表情を浮かべながらも「分かりました」と返答した。



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