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王女様に助けられました

 翌日、わたしは昼休みにダミアンに目くばせをする。彼と目が合ったのを確認して、レーネに図書室に行ってくると声をかけ教室を後にしたのだ。


 教室を出て、図書館へ行く続く廊下の途中で足を止めた。

 結局、ダミアンを説得するしかないのだろう。


 すぐにダミアンがわたしのところまでやってきた。


「答えは決まった?」


 彼の余裕の見える表情にいらだちを覚えながらも淡々と言葉を紡ぐ。


「やはりこの金額は無理よ。この五分の一までなら払えなくもない」


 わたしは彼にカマをかけることにしたのだ。

 ダミアンはわたしを舐めるように見た。


「クラウディア様がこの程度のお金を持っていないとも思えないんだけどな。そもそも修理費用を充当できないんだけど」

「新しい同じ時計を買うわ。それに加えて何かをあなたに贈る。それじゃダメなの?」

「俺はあの時計がいいんだよ」


 ダミアンは見積書を取りだすと、そう勝ち誇った笑みを浮かべた。

 彼は分かっているのだ。このままいけばわたしが折れる、と。

 正直、この程度のお金で面倒ごとを引き起こされたくない。

 そう思ったとき、澄んだ声が耳に届いた。


「どうかされましたか?」


 その言葉とともに会わられたのは金髪の愛らしい女性。ヘレナ王女だ。彼女はこちらに来ると、にっこりとほほ笑んだ。


 ダミアンは魂を抜かれたように、彼女をじっと見つめている。

 わたしは彼女と面識があるが、ダミアンは初対面だったのだろう。もっとも遠くから目にする機会はあっただろうが、彼が見惚れるのも分からなくはない。それほど彼女は幼いのにも関わらず美しく、独特の雰囲気を兼ね備えていた。


 わたしは嫌がらせの意味を込めて、王女に事情を説明することにした。

 わたしを脅迫したダミアンに対するささやかな抵抗だ。


「わたしが彼の時計を壊してしまったので、その修理代の話をしていたんです」

「修理代? それは大変ですね」


 ダミアンはわたしに差し出そうとした見積書をさっと隠した。

 ヘレナ様はちらりと視線を送るが、深く追求はしなかった。


「そうですね。とても高額で、困っていて」


 わたしは口元に手を当てると目を伏せ、具体的な金額を告げた。

 王女様はそんなにと驚きの声をあげると目を丸め、ダミアンを見た。彼女はこうした学校に通っているだけあって、それがどのくらいのお金か分かっているのだろう。

 ダミアンが顔を引きつらせるのが分かった。


「お店によって修理費用が高額なところもあるでしょうし……。どのような時計をなさっていたんですか?」


 王女様は驚いたようにダミアンを見る。


「時計は修理屋のほうに預けていて、今持っていません」

「そうなんですか」


 王女は不安そうな目でダミアンを見ている。


「ただ、いくらクラウディア様でも、その金額はなかなか出せるものでもないでしょう。それに二人の今後にも問題が出てくると思います。わたしのお父様が古くから懇意にしている時計屋があって、よければそちらを紹介しましょうか。その修理費用をクラウディア様に請求するということで。腕が確かで価格も良心的なお店です」


 王家直属のお店というわけか。彼女のいう良心的な価格というのがいかほどかは分からないが、ダミアンのぼったくりの時計屋よりはどう考えてもマシだろう。あの店の仕事を奪ってしまうのは気が引けるが、正直あの金額はおかしすぎた。


「でも」


 ダミアンは顔を引きつらせた。

 クラウディアから金をせしめようと思った予定が狂ったからかもしれない。

 ここは先手必勝だ。


「わたしはそれでかまいませんよ。ダミアンさえよければ」

「ディーターさんは腕も確かで、安心して預けられると思いますよ。お城にある時計台も昨年修理してくださったんです。きっとよくしてくださいますよ」


 王女様はきらきらとした目でダミアンを見つめている。

 ダミアンが一瞬わたしを睨んだ。


「分かりました。そうしましょう。ありがとうございます。ヘレナ様」

「よかった。では、今度の休みの日にお店の前で待ち合わせましょう」


 そうヘレナ王女は美しい笑みを浮かべた。

 ダミアンはヘレナ王女と待ち合わせの約束を交わすと、そのまま教室に戻っていった。

 ヘレナ王女はわたしを見て、頭を深々と下げた。


「大変な会話をしている気がして割り込んでしまい、申し訳ありません」

「そんなこと。すごく助かりました」

「いえ、クラウディア様のお役にたてたのなら、なりよりです」


 ヘレナ王女はそういうと愛らしい笑みを浮かべていた。完璧な女性というのは彼女のことを言うのだろう。

 女性というにはまだ若すぎる気がするけれど。

 今回は彼女に助けられた。


「何かお礼をさせてください」

「お礼なんて。わたしはこの前お勉強を教えてもらいましたし、そんなの必要ありません」

「それでも。わたしの精一杯の気持ちです」


 わたしは王女に感謝の気持ちを伝えたくてそう口にした。


「どういったものでもよろしいのでしょうか」


 王女様は遠慮がちにわたしに話しかけた。


「わたしにできることなら」

「もしよろしければ、わたしをクラウディア様の家に連れて行ってください。でも、家の人には内緒で」


 家に連れていくのはまあいい。お父様もお母様も普通に彼女を受け入れてくれるだろう。だが、それを秘匿する意味が分からなかったのだ。彼女は身元もはっきりしているし、両親に彼女を連れていくといっても反対するとは思えない。


「なぜ?」

「どうしてもです。お願いします」


 彼女はそう困ったような笑みを浮かべていた。

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