クルトへのプレゼントを買いました
わたしはレーネに連れられ、小物などの雑貨類を扱っているお店に入った。
レーネは黒の財布を手に取り、わたしに見せた。
「昨日、クルトが使っていた財布、わたしが三年前にあげたものなんだ。まだ使ってくれているとは思わなくてびっくりしたの。だから、新しいのをあげようかなと思って。結構古くなっていたもの」
昨日、レーネが嬉しそうにしていたのは、そういう事情があったのかもしれない。
「でも、財布って一言で言ってもいろいろあるんだね。こうして実物を見ると迷ってしまう」
彼女は他の財布を手に取ると、じっと見つめた。
「時間があるからゆっくり選ぶといいよ」
「ありがとう。できるだけ早く選ぶよ」
わたしはレーナを見ているとほほえましくなり、その場を離れた。きっとわたしがいないほうがクルトへのプレゼントを選びやすいと考えたのだ。
店の中を泳いでいたわたしの視線は時計売り場で止まった。そこに時計の修理を受け付けると記されていたためだ。
あのお金の請求を無視し、真実を語ればどれほどの人がわたしを信じてくれるんだろう。
必死にクルトへのプレゼントを選ぶレーネが信じるのは恐らくわたしではなくダミアンだ。だから、誰もがわたしを信じてくれるとは思わない。有名だからこそ、敵も少なくないのだ。
時計売り場をざっと見渡していたわたしはある一点で釘付けになり、思わずショーウィンドウに駆け寄った。わたしが見つけたのはダミアンのしていた時計と同一と思われるものだ。その額はあの修理の金額に比べると桁が一つか二つ足りないのではないかと思われるほどだった。それにこの素材の時計の修理費用がそこまでかさむことはあるのだろうか。
わたしがお店の人に聞いてみようとしたとき、ショーウィンドウにもう一つ影がかかった。財布を手にしたレーネが不思議そうな顔をして立っていたのだ。
「クラウディア、どうしたの? 時計がほしいの?」
「いや、なんでもないの」
わたしの指先をちらりとみたレーネの目がきらりと輝いた。
「これ、ダミアンのしている時計だ。こんなところで売っていたんだ。全然気づかなかった。意外に手ごろな価格なんだね」
レーネは食い入るように時計を見る。その彼女の動きが止まった。
「そういえば、今日ダミアンがいつもしている時計をしていなかったね。どうしたんだろう」
「そんなのよく気付くね」
「それは気づくよ。毎日見ているんだもの」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「時計してなかったってことは調子が悪いのかな。だったらダミアンに時計を送ろうかな。ちょうど安くなっているみたいだし。決めた」
わたしはその言葉に焦りを露わにした。
何でそう来るんだろう。わたしはアドバイスも何もしていないのに。
「ただ忘れただけかもよ」
「なら、明日してこなかったらこれを買おうかな。少し高いけど、同じ時計のほうがダミアンもいいよね」
わたしの脳裏にあの請求書が蘇えった。
レーネから時計をもらえばダミアンはわたしへの請求書をどうするんだろう。構わず、請求するのだろうか。それとももういいと覆すのだろうか。
「クルトの誕生日プレゼントは?」
レーネは手にしていた財布を差し出した。
「これにするよ」
レーネは屈託のない笑顔を浮かべた。
ダミアンとクルトだったら、絶対に後者のほうがいいのに、何であんな男に惚れるんだろう。
わたしには正直理解できなかった。
だが、レーネの恋をどうこう指摘する前に、わたしのことを考えなければならないことは嫌というほど分かっていた。
わたしはプレゼントを買い終わり、彼女と途中で別れた。わたしは彼女が遠ざかっていくのを待ち、踵を返した。目的地はさっきのお店だ。レーネに知られれば彼女も好意から付き添ってくれると分かっていたため、彼女とひとまず別れてからお店に戻り、あの時計のことを聞こうとしたのだ。
店の中に入ると、時計売り場まで行った。そして、ダミアンが持っていたのと思しき時計を指さした。
「この時計の修理を頼みたいんですが、いかほどになりますか?」
お店の男性はちらりと時計を見る。
「実物を見ないとどうとも」
「例えばパーツがすべて壊れていた場合はどうなるのでしょうか?」
「それだったら新しいものを買ったほうが安いけど、破損状況次第だけど全部変えても2、3万エーガってところだね」
「ありがとうございました」
ダミアンの請求額はやはり高すぎだ。彼はこの三十倍もの額をわたしに請求してきたのだから。この話をしても彼が聞く耳を持ってくれるとは思わない。だからこそ、ダミアンが時計を修理に出したという時計屋を訪ねようと考えたのだ。
北通りの隅にある場所で幸い歩いていけない距離ではなかった。
住所だけでたどりつけるのかという不安はあったが、幸いすぐに店は見つかった。少し入り組んだ場所にある、骨とう品やの隣に古ぼけた時計屋がある。店の中をのぞき込むと、客の姿はどこにもいないようだ。
店の中に入ると、小太りで小柄な男性がこちらをちらりと見た。彼は慌ててカウンターから飛び出してきた。
「わたし、クラウディア=ブラントといいます。お話があってきました」
わたしは深々と頭を下げた。
「ブラント家のお嬢様で。今日は何用で」
彼は手を地面と平行にすると、手をすりあわせながらわたしに近寄ってきた。
人の好さそうな笑顔にほっと胸をなでおろす。彼なら話を分かってくれるかもしれない、と。
「ダミアン=ヘットナーが昨日、ここに時計を持ってきませんでしたか? その時計のことで相談が」
男性の表情が一変する。
「申し訳ないね。そのことは誰にも話をしないように言われているんだ」
「あの時計はわたしが壊してしまったんです」
「そうか」
「あの修理費用は高すぎませんか?」
「いや、とりあえずすまない。帰ってくれないか?」
男性は唇を引き締めた。
「修理費用は必要であれば払います。ただ、どこの修理にどんな手間がかかって、その金額になるのかを教えてください。ダミアンは教えてくれなくて埒があきません」
だが、男性は帰ってくれ、詳しく話せないと繰り返すばかりで言って譲らない。
しばらく押し問答を続けていると、お店の扉から小柄な少女が入ってきた。彼女はわたしと男性を見て目をぱちくりさせる。
「お父さん、お客様が来たの? 久々だね」
「ピーア、奥に行ってなさい」
「はい。お仕事の邪魔したらだめだもんね」
彼女は愛想のよい笑みを浮かべると、カウンターの中に入っていった。
わたしは彼の娘の前でこの話をするのが気が引け、そのまま店を後にしてしまった。
家に帰るとカミラが心配そうにダミアンのことを聞いてきたが、わたしは彼女に心配をかけさせまいと何もなかったとだけ告げた。
 




